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隆子の三姉妹(後編)

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「悔いを残すというのは、こんな気持ちなんだわ」
 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
 唇を血が出てくるほど噛み締めてしまいそうになる。途中まで力を入れると、本当に血が出てくるまで噛んでしまわないと、自分の気持ちが許せないほどになっていくのだ。そんな思いをしたのは、後にも先にもその時だけだった。
「ゆかり先輩も同じような思いをどこかでしていたのかも知れない」
 死を選ぶくらいなので、それくらいの気持ちになっても不思議はない。
 だが、その相手は一体誰なのだろう?
 ゆかり先輩と心中した信二との間には、恋人同士だったという形跡はないという。由美との関係もなかっただろう。もしあったとすれば、ゆかりが入院している時、駆け付けてくるのが普通であろう。
 では、ゆかりが死を選んだ理由がどこにあるのか分からないではないか。そのカギを握るのが日記なのかも知れない。
「まさか、本当に死んでしまいたいほどの理由が、その時のゆかりにはなかったのかも知れない」
 日記の中で気になるのは、もう一人の自分に怯えているところであった。
 ゆかりが、目に見えない何かに怯えるようなタイプだとは知らなかったが、考えてみれば、
「男と付き合うよりも女性を選ぶのは、それだけ自分に近い人を探そうとする気持ちの表れなのかも知れない」
 と感じた。もう一人の自分といっても、それは本当に自分ではなく、
――顔かたちが似ているだけで、まったく違う人間――
 そう思いたいがために、同性である女性ばかりを気にしていたのだと思うと、その気持ちは分からなくもない。ゆかり先輩の他人への感情は、自分自身の中にあるものへの恐怖の払拭から始まったものなのだ。
 そんなゆかり先輩の恐怖への払拭を一体誰が知っていたというのだろう? この日記帳をここに隠した人は最初から分かっていたというのだろうか? 分かっていて自殺するのを止められなかったのか、それとも自殺すると分かっていて、止めようともしなかったのか、隆子の想像は留まるところを知らない。
 隆子にとって、別れたといっても、ゆかりが気になる相手であることに違いはない。ゆかり先輩のことを思い出すと、
――自分に猜疑心があったら、どうなっていたのだろう?
 と思う。
 猜疑心というのは、あまりいいイメージではない。嫉妬にしても、憎悪にしても、相手に対してよからぬ感情は、すべてが猜疑心から生まれるもので、しかもその愛疑心は相手がどうであれ、すべては自分から発せられるものであり、一種のわがままな性格が形になったものだと言っても過言ではない。
 今から思えば、自分がどうして猜疑心を持たないようになったのか、分かるような気がする。
「好きな人から疑われたくはない」
 つまりは、自分がされて嫌なことは、相手にもしたくないという気持ちが強く、当たり前のこととして本能的に感じてしまったため、無意識に猜疑心を感じないようになったため、どうして猜疑心を持てなかったのか、自分で気付かなかった。要するに感覚がマヒしていたということなのかも知れない。
 ゆかりはそのことを悟っていたのかも知れない。
 相手のことを気遣うということに、日ごろから疑問を感じていた隆子だったが、それも相手の身になってみるということを先に考えることで、気遣うということとの間にあるギャップがどうしても、疑問を抱かせるのだった。
 ゆかりはそのことに気付いていたので、隆子との別れを、
「仕方のないことだわ」
 と思い、納得したのかも知れない。
 その後のゆかりは、隆子にとって、遠い存在になってしまった。
 遠い存在だからこそ、今まで気付かなかったゆかりの大きさに気付いたという一面も、この別れにはあった。
 遠くに感じると、どうしても小さく見えてくるものだが、大きさは変わらなかった。変わらないということは、大きな存在として、いまだに隆子の中で君臨していた証拠であった。
 隆子がゆかり先輩の墓参りをしているなど、死を目の前にした時、ゆかり先輩は想像できたであろうか? しかも、この日記を見られるなどということなど、まったく考えていなかったに違いない。
 それでも隆子はこの日記の中から、ゆかり先輩が、隆子に対して何か言いたいことを書き残しているのではないかという一縷の望みのようなものを探してみることにした。
 日記から滲み出てくるゆかり先輩の考えは、怯えばかりで、隆子はおろか、他の誰にもメッセージめいたものを書き遺している様子はない。やはり死のうとまで思ったのだから、他のことを考えられないほどの苦しみを、自分の中だけに抱えこんで、二進も三進も行かない状態に自分を追い込んでいたのかも知れない。
 ゆかり先輩の日記をここに置いた人は、隆子にこれを読んでもらおうという意識があったのだろうか? 相手が隆子ではないにしても、誰かがここに置いておけば読むかも知れないという希望的観測から置いておいた可能背が強い。
 日記を隆子は穴が空くほど何度も何度も読み返し、結局、書いた本人が何を言いたいのか、そして、これを自分に読ませようとした人の本心がどこにあるのか分からないまま、元の位置に戻しておくしかなかったのだ。
 日記は今も、最初に見つけた、墓石の前の引き出しの中にあるはずだ。あれを置いた人が持って行かない限り、誰かが気が付いたとしても、持っていくようなことはしないだろう。それは死者に対しての冒涜に繋がるのではないかと思うからで、持って行かないということは、それだけ本人との関係は深いものではなかったということを自覚している人に違いない。

 肝心の日記を墓石の前の引き出しに隠した由美の方は、この日記を見つけるのは隆子だろうということは分かっていた。
 ゆかりは、以前に自分以外の女性と一緒にいたことを教えてくれたが、最後までそれが誰か教えてくれなかった。よほどそれを知ってしまうと由美が大きなショックを受けると思ったに違いない。それでもゆかりの中で由美と一種にいたことに対して幸せだったと思ってくれていたのを思うと、死んでしまったゆかりだったが、不幸な死に方ではなかったのだと思うと、幾分か救われた気がした。
 由美の中には、ゆかりの死に対しての責任が多分にあるのだと思わずにはいられなかったからだ。
 由美は自尊心の強い女だ。姉妹の中では末っ子になるので、その感情が生まれるまでには時間が掛かった。どうしても、姉二人の個性が強すぎるので、自分が入り込む余地はないと思えてならなかったが、一歩表に出ると、今度は逆に姉妹の中で揉まれてきたことが由美にとっては財産になるのだった。
 由美は、ゆかりと知り合うまでに、男性と付き合ったことはなかった。それだけに、頭の中では、
「女同士なんて、何て不潔なのかしら」
 と、思い込んでいた。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次