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隆子の三姉妹(後編)

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 隆子と一緒にいた時期、そして他の誰かと一緒にいた時期、そして一人でいた時期と、ゆかり先輩は、明確に区別していただろう。ゆかり先輩はそんな性格の持ち主だった。
 毎日を一日一日の積み重ねとして、
「昨日より今日。今日より明日」
 という、一般的な考え方であるのとは別に。
「終わってしまった一日は、もう戻ってこない」
 という考えを持っているのも事実だった。
 つまりは、過去を振り返ることなく、後ろを見ないという発想によるものなのだろうが、それが、猪突猛進のような、
「とにかく前を見る」
 という考えとも違っている。
 同じ一日に対して、複数の考えが渦巻いている。しかもその発想は、一足す一は二という発想とも違っていて、前を見ているという発想は同じなのに、テンションの違いは明らかな発想であるのは不思議なものだった。
「ゆかり先輩は二重人格なんじゃないか?」
 と感じたことはなかったが、あとから聞く話のほとんどは、隆子の知っているゆかりではない。それは、ゆかりが途中からまったく違う人間になってしまったということなのか、ゆかりを変える何かを隆子が与えたというのか、それとも、ゆかりの中にある何かが、初めてその時に顔を出したということなのか、そのどれにしても、隆子と別れてから、こんな形での再会になるまで、まったく想像もしていなかったゆかりがそこにはいたということなのかも知れない。元々、心中など、隆子が知っているはずのゆかりからは、想像できるはずもないことだった。
 だが、ゆかりが二重人格だったというような話がどこからも聞くことができなかった。心中をしたという話を聞いて誰もが驚愕の表情を浮かべた。隆子があっけにとられた時のような表情をする人はほとんどいなかった。それだけ隆子の驚きが想像を絶するものだったと言えるのだろうが、本当にそれだけだろうか。
 ゆかり先輩は、隆子と一緒にいる時も、隆子と別れてからも、さほど友達が多かったわけでもない。
 ただ、何か人を惹きつけるところがあった。今まで知り合いが少なくとも何とかやってこれたのは、その仁徳によるものだったのかも知れない。
 ゆかり先輩と知り合う前の隆子は、男性に興味を持つ普通の女の子だった。男性ばかりを見てきたのだが、男性の中には女性っぽい考えの人も中にはいた。女性っぽいからと言って、か弱いだとか、ジメジメした性格だというわけではない。人への気の遣い方が、繊細だったり、弱弱しく見えるところを感じる男性のことだった。
 人に気を遣うことをさりげなくできる人が男性だと思っているので、どこかぎこちなさがあるところが見えれば、それは女性っぽいと考えてしまう。また弱弱しく見えるところも実際には、なるべく隠そうとしているのだろうが、却って目立ってしまうことで、感じるものだった。強さをさりげない素振りに求めてしまうからなのかも知れない。
 その感覚に至ったのは、由美を見ていて感じたことだった。女性っぽさの基準を由美の中に見ていたことで、それまで女性らしさを感じる女性がまわりにいなかったからだ。
 そんな由美に対して同じような意識を持っていた女性が他にもいたことを、隆子は知らなかった。他ならぬゆかり先輩である。ゆかり先輩は、由美の中に女性っぽさを感じていた。
 しかし、由美の中に感じたのは、「女性っぽさ」であって、「女性らしさ」ではない。その感覚は隆子に類似していた。やはり、ゆかり先輩と隆子は、同じ目線で女性を見ることができる女性のようだ。
 同じ目線の高さから見ていると言える。しかし、ゆかり先輩と隆子の間には、超えることのできない大きな壁があった。それは目線の高さの違いも含まれている。もっとも同じような性格の人間を、そこまで求めるだろうか。お互いに自分にないものを求めることから求め合うという共通の時間を持つことができたのだ。
 由美のことを隆子が考えていると、以前から由美の後ろに誰かの存在を感じることがあるのを気にしていた。それがまさかゆかり先輩のことだったなど、想像もしていなかったと思っていた。しかし、ここでゆかり先輩の日記帳を見つけ、そしてゆかり先輩には自分以外にも全幅の信頼を置いている人がいることを知ると、そこに由美の影を感じずにはいられなかった。
「ゆかり先輩の後ろに誰かを感じると、今度はそれが由美だということに気付くまで、そんなに時間が掛からなかった気がする」
 と、隆子は感じていた。
 ゆかり先輩の日記を見ていると、夢の中に感じたもう一人の自分が、自分に何か恐怖を与えていることを序実に物語っているような文章だった、
 今まで気付かなかったが、ゆかり先輩の文章は人を惹きつける魅力を持っている。言い換えれば人を洗脳することができるほどだ。
 ゆかり先輩は口数の少ない方だったが、それだけいろいろなことを考えていたということでもあり、考えていたことは声にして表に出すよりも、同じ表に出すにしても、文章にする方が上手であった。
 そんなゆかり先輩から、別れた時にもらった最後の手紙を思い出していた。あの時、隆子自身、自分の中で整理が付いていなかったこともあり、どう感じたのかも覚えていない。
 あの時は、なぜ別れたのか理由がハッキリしていないと思っていたが、何でも分かるつもりでいたはずのゆかり先輩が急に分からなくなったからだ。
 遠くに感じたと言った方が正解かも知れない。
 最初は、ゆかり先輩が男に走ったのではないかと思った。男性と親しく話をしているのを見かけたからだ。その時は相手が二人の男性だった。ファミレスの窓際だったこともあって、公共の面前であり、別におかしなわけれもない。むしろ男女が普通に会話しているだけで、こちらの方が自然と言えば自然だ。それを異様な雰囲気に感じたのは、その次の日からゆかり先輩の雰囲気が変わってしまったからである。
 かと言って、今までよりよそよそしくなったわけでも、男に走ったように見えるわけではなかった。状況判断だけで男に走ったと思っただけで、男に走ったにしてはおかしな雰囲気だったので、隆子はゆかりの雰囲気が変わったと思ったのだ。
 おかしかったのは、隆子の方だったのかも知れない。
 その気持ちを猜疑心というのだということに気が付いてもいなかった。猜疑心から嫉妬に走るのは、別におかしなことではない。猜疑心を感じずに、嫉妬に走ったように一足飛びで考えてしまったことで、ゆかり先輩と自分が遠ざかっていく理由がハッキリしないと思っていたのだ。
 嫉妬の方が猜疑心よりも、感情としては汚いのではないかと思ったが。猜疑心というのは、密かに自分の中に常駐しているものだという意識がある。嫉妬心は、猜疑心が呼び起こすものであり、猜疑心の存在を意識していないのに、嫉妬心だけを感じてしまうというのは、信管のない爆弾を爆発させるようなものではないだろうか。
 ただ、隆子には猜疑心がちゃんとあった。
 実はゆかりに対しても猜疑心を感じていたのだ。あまりにもその後の嫉妬心の方が強すぎて、猜疑心への意識がなくなってしまっていたのだ。そのことがゆかりと別れる原因になってしまったのだとすれば、後悔しても今さら遅いが、後悔だけしか、隆子には残らない。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次