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隆子の三姉妹(後編)

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 だが、目の前にいるのは間違いない。目の前にいて見えないというのは、まったく知らない顔になって、目の前にいるということなのか、それとも、本当に見えていないというのかが分からない。最初の頃は、違う人の顔になっているような気がしていたが、考えていくうちに、本当に目の前にいないのではないかと思うようになっていった。
 そのうちに自分を探そうとしても、それは無理であることに気が付く。一旦気が付いてしまうと、無駄なことをするのをすぐに断念するのは、隆子の性格でもあった。
「私は、ゆかり先輩のことをずっと追いかけていたような気がしていたけど、本当は、目の前にいるはずの自分を探していたのかも知れないわ」
 それでは、永久に見つけることなどできっこない。
 それは、ゆかり先輩がこの世から消えてしまったことで分かりきっていることであった。もしゆかり先輩がこの世にいたとしても、隆子に自分を見つけ出すことなどできるわけがないからだ。
 今、ゆかり先輩と、信二の墓前にて、まるで一堂に会したかのように集まった当事者の面々を影から見ていると、その表情が全員無表情な理由が何となく分かってきた。
「あそこだけ、別世界になっているんだわ」
 その中に、見えないけど、隆子は自分もいるような気がして仕方がない。
 隆子は目の前にいる人を包んでいるバリアのようなものを感じていた。きっと、隆子でなければ、これが他の人が見ていたのであれば、見ることはできないに違いない。
 さらに、一人一人にもバリアのようなものが張り巡らされている。
「これ以上は、誰も私の中に入りこんでくることはできない」
 と言いたげだった。
 それはまさしく結界で、もし、この状況を見ることができる人がいるとすれば、結界の存在に気付くに違いない。
「おや?」
 隆子は、それぞれの人を見ていたが、そのうちの一人に結界が存在しないことに気がついた。
 それは意外なことに、由美であった。
 由美は、隆子が知っている限り、この中で一番自分中心に考える人であり、よく言えば、自分の世界をしっかりと持っている人だった。それなのに、自分だけ結界を持っていないというのはどういうことだろう?
 そう思いながら由美を見つめていると、そこにいる由美の顔が少しずつ変わってくるのを感じた。
「ああ」
 隆子は驚愕が、恐怖に変わっていくのを感じた。
 その顔はまさしく隆子本人の顔ではないか。無表情な顔に見覚えがある。今までに何度も鏡で見た顔だった。
 由美だから自分の顔を見たのか、それとも、この中で由美が一番隆子に似ているということから由美なのか、隆子は考えていた。
「やっぱり由美だからなのかも知れない。由美は私に何か言いたいことがあるんじゃないかしら?」
 と隆子は自分の顔になってしまった隆子を見つめていた。
 顔は隆子なのだが、隆子が見つめているその人は、由美でしかない。その意識に変わりはなかった。
 隆子にとって、由美を見ることは、今までにも何度かあったが、そういえば、由美の顔が逆光になっているのか、シルエットになって顔を確認できないことが何度もあったのを思い出していた。
 そう思って由美を見ていると、今度は、隆子の顔が、隠れている隆子に気が付いたのか、凝視されているのを感じた。
 目はカッと見開いて、唇は怪しく歪んでいる。まるで妖気を感じさせるその表情に、また金縛りに遭いそうになっているのに気付いた隆子だった。
 隆子は、夢を思い出した。
 今までに見た夢の中で何が一番怖い夢だったのかというのを意識したからである。
「そうだわ、今までに見た夢の中で一番怖いと感じたのは、夢の中にもう一人の自分が出てきた時のことだった」
 夢を見ている自分はあくまでも映像カメラのように客観的に見ているものだった。その中に主人公である自分が存在し、その自分に時々入り込んで、そこから見ることができるというのが、普通に見る夢だった。
 しかし、もう一人の自分というのは、映像の目になっている客観的に見ている自分と、主人公として夢を支配している自分とはまた別に、もう一人、夢の中に存在しているのである。
 その自分は、完全に自分ではない。最初こそ、主人公の自分に気付いていないのだが、不気味に何かを探している。それが主人公である自分だというのは、夢を見ていてすぐに分かった。
 主人公の自分は、最初からもう一人の自分の存在に気付いていて、何とか逃れようとするのだが、無理であった。
 映像の目になっている自分は恐怖に直視できないはずなのに、映像を映し出している以上、見ないわけにはいかない。もし、ここで止めてしまっては、夢と現実の狭間に嵌りこんで、永久に、そのまま夢の世界を彷徨ってしまう気がしていた。しかも、中途半端な状態になることは、分かっていて、死ぬことも生きることもできない。
 その時に「死」を意識して、覚悟を持たなければいけないことを自覚したような気がした。
 隆子は、心中しようとしたゆかりのことを少し不審に感じたことがあった。矛盾のようなものなのだが、最初はそれが何なのか分からなかった。
 それに気が付いたのは、この街でお世話になったおばあさんが亡くなった時で、その時と何かが違っていることに気が付いた。
 おばあさんも、年齢のせいもあってか、死を覚悟していたようで、キチンとした遺言を残していた。
「そうだわ。ゆかり先輩には遺言のようなものがないのよ」
 信二にも遺言がなかったということは聞いていた。心中と言っても覚悟の自殺である。遺言をしたためるのが普通ではないだろうか。
 ただ、後から分かったことだが、信二は兄弟たちには遺言を残していた。信二が三人兄弟の長男であることくらいは、隆子も知っていたのだ。
 ゆかりに遺言がないことは、誰もが不審に思っていたようだ。だが、それを口にする人は誰もいない。
「ゆかりさんらしいわ」
 と、他の人からは思われているに違いない。
 だが、隆子だけは、ゆかりに遺言がないのを気にしていた。ここに何度も足を運んだのも、実はゆかりの心境を知りたいと思ったからだ。墓参りしたからと言って、心境が分かるわけでもないだろうが、それでも来ないではいられなかったのだ。
 最初は毎月のように来ていた。最近はそこまで頻繁に来なくはなったが、それでも二か月に一度は来るようにしている。
 遺言というものまではなかったが、そこに、ゆかりの墓石の前に、蝋燭や線香を入れておくところがあるのだが、ふいにそこを開くと入っていたのだ。
「数か月前はなかったはずなのに」
 探し物がある時に、一度見たその場所になければ、二度と探すことはない。だから、隠すなら、一度調べられているところが一番いいと言われるが、まさにその通りだ。
 こんなところに一体誰が隠したのかも疑問であったが、日記があるというのも、誰かが持っていて、そして最近になってここに置いたということである。隆子は墓石のところしか探すところがない。ということは、その人もゆかりのまわりの人から見れば、影のような存在の人だったのかも知れないと思うと、その人のことを考え、他人のように思えない気がしていた。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次