隆子の三姉妹(後編)
しかし、それは交わることのないものだった。考え方の進み具合が違っているのか、先を行く隆二を追いかけているかのようだった。
しかし、裕也が隆二の話の後に口を開いた言葉として、
「俺は兄さんのような考えに行きつくことがないような気がするな」
と言った。
「でも、同じ路線で考えているんだろう?」
「そうなんだけど、たぶん、お互いに見ているのは、違うところじゃないかって思うんだ。確かに方向性は同じなのだろうが、兄貴が行きつくであろう場所を俺は見えていないような気がするんだ」
隆二はそれを聞くと、裕也が途中までを見ていて、そして、その先を自分が見ているのではないかと思うようになった。
その途中にブランクがあるかも知れないが、それを全体を総括して見ているのが兄だったのではないだろうか。いくら兄弟二人がムキになったところで、今まで兄の信二に適うことはなかったことを思えば、そう考えるのが一番自然な気がしていた。
弟二人とも、兄に対して全幅の信頼を置いているのも当然のことであった。
そんな兄が本当に自殺しようとした。しかも女性を道連れにである。お互いに死を意識するだけの理由はあったに違いないが、果たして二人が一緒に死ななければいけない必然性がどこにあったというのだろう。
隆二は、兄の病状の傍らで感じたことを、思い出していたのだ。
そして、自分たち三兄弟と同じことが洋子たち三姉妹にも言えるのではないかと思うようになっていた。由美が途中まで、そこから洋子が受け継いで、さらに全体を隆子が見つめている。そんな関係を考えると、由美が本当は自分たちと血が繋がっているというのも信憑性に欠けてきた。
さらに三兄弟が三姉妹との距離を縮めたのは、ゆかりの死が大きな影響を及ぼしているような気がしていた。
――まさか、ゆかりは僕たち兄弟と、血が繋がっているのでは?
そう思うと、兄がゆかりを道連れにしようとした理由も分からなくはない。
兄は血の繋がりのあるゆかりを愛していた。しかし血の繋がりがあることを知っているのは兄の方だけで、ゆかりは何も知らなかった。しかし、兄の態度から、ゆかりもそのうちに知るようになった。それも、兄を愛し始めてからのことだった。
「もっと早く言ってくれていれば、苦しまずにすんだのに……」
と、ゆかりは悔しがっていた。
そんな時に知り合った由美に、ゆかりは惹かれたのだ。
何と、ゆかりと関係を持ったのは、由美の方が最初だったのだ。
レズビアンに目覚めたゆかりを見て、さぞや信二はショックだっただろう。
「俺が悪いんだ」
そんな時にバチが当たったのか、信二は病気になった。
あろうことか、ゆかりも同じだという。
ただ、それはゆかりの方便で、病気ではなかったのだが、死にたいという気持ちは強かった。
それも信二のゆかりに対しての罪滅ぼしのつもりだったのかも知れない。心中というよりは、ゆかりが引きこんだのだ。それでも信二は甘んじて受け入れたことで、心中が成立する。死に切れなかったことに対して信二の方がショックが大きかったのは、そういうことだったのだ。
そのことを最初に悟ったのは。由美だった。
由美は信二のことは知らなかったが、裕也を見ていて、引き込まれやすい性格であることは見て取れた。兄が心中したと聞いた時、間違いなく引き込まれたと思った。
しかも、相手がゆかりだというではないか。ゆかりの性格もよく分かっている。由美が最初に気付くのは必然のことだった。
由美が気付くと、由美といつも一緒にいる裕也も何となくだが、分かってくる。二人の間にあまり隠し事がないことが功を奏したのかも知れない。
由美の発想の行きつく先を洋子は見つめている。洋子は由美が怖かった。自分のすぐ後ろにいる気がするからだ。それもゆかりと関係したことで、女でありながら、女の感性とは違った感覚を持つことができるようになった。
由美は自分が男だったのではないかと思うようになっていた。だからといって、相手が女のような男性を好むわけではない。どちらかというと男らしい男に惹かれる。裕也にはそれがあった。
男らしさとは、何も勇猛果敢なだけが男らしさではない。女性に対しての心遣いもキチンとでき、それをひけらかすことなく、すべてを自然にやってのけるような男性のことである。
他の女性がどんな男性に憧れるのかが、高校時代くらいまでは異常なほど気になっていた。
特に姉の隆子がどんな男性に惹かれるのかが気になったが、隆子を見ていて、それを悟らせない雰囲気があることに気が付いた時、
「この人に対して、あまり詮索しない方がいいのかも知れない」
と感じた。
それは、きっと自分とダブったところが多いと思ったからで、隆子を見ていると、自分の将来が見えてくるようで恐ろしかったのだ。
隆子がのちに自分と関係があったゆかりと関係を持つなど想像もできなかったのはそのせいでもあった。もし、これが洋子であれば、きっと早い段階で気付いていたのかも知れない。
由美や隆二がある程度の状況に気付き始めてた頃、やっと金縛りから解放された隆子は、つづら折れをもう一度昇り始めた。その先には洋子と由美が対峙しているということが隆子にも分かっていた気がしたからだ。自分が行ってどうなるものでもないのだろうが、少なくとも由美と洋子が絡んでいることは、自分によって繋ぎ合わせないといけないと思うのだった。
息が切れてはいるが、それほど疲れているような気はしなかった。額から汗が流れ落ちているが、暑いとは感じない。汗は心地よかったが、足の重たさは、いかんせんどうにもならなかった。
隆子が行ってみると、そこには会話はなく、全員が固まったように立ちすくんでいるところだった。
だが、よく見ていると、それぞれの人間が信じられないような速さでものを考えているように思えてならなかった。そのわりにその場を支配している雰囲気を持っているのが隆二のような気がしていたのは気のせいであろうか。
由美と裕也は、それぞれに自分のパートナーの方を気にしている。由美は裕也に信頼を得ようとし、裕也は由美から、今まで知らなかった部分を隆二に引き出してもらうことで、由美のすべてを知りたいと思っているようだ。
洋子に至っては、どうも心ここにあらずというべきであろうか、隆二の方を見てはいるが、何かの感情を持って見ているわけではない、
ただ、それは今に始まったわけでもなく、人と一緒にいても、どこか上の空の時が多かった。人の話を聞くことで、自分の中の何かを再発見しようとしているのか、考えていることとすれば、自分のことだと思えてならない。自分中心に見られがちだが、人にそんなことを感じさせないところが洋子の役得なのかも知れない。
そのくせ不器用なところは相変わらずで、上の空になりながら考えているくせに、結論が出せるわけではない、
――本当は、結論など見つけたいと思っていないのかも知れない――
と、洋子を見ていると、隆子は感じるのだった。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次