隆子の三姉妹(後編)
大人の雰囲気を持っていながら、ウブなところのある洋子は、初対面の男性には好印象であった。しかし、減算法に伴って付き合っていくうちに、次第に点数がなくなってしまう。男女の付き合いにまで発展する点数ではないということだ。
男女の付き合いへの閾値とはどれほどのものなのだろう? ここまでは許せるという境界線のようなものがあるのだろうが、洋子はその線を逸脱してしまっているのだろうか。
洋子は中学時代にも結構モテていたような気がする。だが男性との付き合いはタブーだと自分に言い聞かせていた。別に理由があったわけではない。しいて言えば、恋愛が怖かったというのが、一番近かったのかも知れない。
洋子のことを好きになった男の子は最初は洋子に対して憧れのような目で見ていたのだが、ある時、突然変なものでも見るような視線に変わってしまう。次第にその視線も感じなくなるのだが、なぜ急にそんな意識を男性が持つのか不思議だった。
――私が変な意識をしてしまうのかしら?
と考えたが、どうしても、そんな感覚はない。
確かに自分が意識しないところで相手がどう感じるか分からないところがある。そう思うと洋子は、自分が怖くなった時期があった。その時に恋愛が怖くなったのだが、どうして男の子の視線が急に変わってしまったのか、しばらくすると分かってきた。どうやら、由美が関係しているようだ。由美があることないこと相手の男性に吹き込んでいる節がある。もちろん、相手の男性はそんなことは言わない。もし悟られると、自分が洋子を好きになってしまったこと、そして、人から言われたことを信じて、毛嫌いしてしまうこと。こんなことを人には知られたくない。しかも当事者の相手には絶対に知られたくない。自分だけで抱え込んでいるのも辛いのに、それ以上抱え込むことは嫌だった。
洋子が本当に怖かったのは恋愛に対してではない。由美がどうして自分の悪口を洋子のことを気にしている男性に言うのか、その理由が分からないだけに怖かった。
その頃はまだ、由美が洋子に対して優位性を持っているなどという意識はなかった。どちらかというと、洋子ほどではないか、一人でいることが好きな女の子で、誰かといるとしても、それは隆子と一緒の時がほとんどだったからだ。
だが、洋子は気付いていなかった。由美にとって、洋子のそばにいる時間が隆子ほどではないが、結構占めているということを。洋子にその意識がないことで、由美に何らかの疑問を植え付け、まるで洋子が由美を遠ざけているような意識を与えてしまったのかも知れない。
由美は、洋子のことが嫌いではない。洋子のようで勝手に恐怖を感じ、優位性を相手に与えるきっかけを作っているに過ぎない。
由美にとって、洋子への優位性など、別になくてもいいのだ。最近になって洋子もそのことに気付き始めた。
そうなると、洋子の中で由美の存在は次第に大きくなっていく。隆二とのベッドの中で、思わず由美の名前を口にしてしまうのもそのせいだろう。
しかし、この期に及んでも、洋子は自分が由美に対してどう思っているのか、ハッキリと分かっていない。それは、自分にとって由美に対しての気持ちの中で認めたくないところが大部分を占めているからであった。
由美の方は、自分の意識が洋子に大部分向いていることは分かっていた。
ある時期までは、洋子に対してよりも、隆子に対して向いている気持ちの方が強かった。ある時期とは、隆子がゆかり先輩に走った時である。由美は女の直感でそれを察した。まだ子供と言ってもいいくらいの時期なのに、勘の鋭さは三姉妹の中でも群を抜いていた。
由美は隆子への視線に嫌悪感が現れた。
隆子にも分かっていたはずだ。だが、知らないふりをしていた。
――まさか由美が――
という思いがあったからだろう。
それはまるで洋子が由美によって感じさせられた気持ちに似ている。そういう意味では作為的であっても、そうでないにしても、結局由美は相手に嫌悪感を与える宿命のようなものを持っているのかも知れない。
由美は、誰かを意識していなければ我慢できない性格だった。隆子に対して嫌悪感を感じたことで、その目は今度は洋子に向けられることになる。
由美からすれば、隆子の方がよほど、親近感があった。一つ上の姉であるはずなのに、洋子に対して相当な距離を感じるし、歩み寄ろうとしても、なかなか近づくことができない。それは、由美のせいではなく、洋子の方で平行線を意識しているためのことだということを、由美には容易に理解できるものではなかった。
洋子を意識するようになった由美にとって、本当に分かりにくい相手であることを示唆していたのは、あまりにも男性に対して不器用だったことだ。洋子が孤独が好きなタイプだということは分かっていた。分かっていたが、絶えず誰かを求める性格ではないかとも感じていた。もっとも、洋子自身は否定するに違いないが、自分のまわりに誰かがいないと我慢できない由美には痛いほど洋子の気持ちが分かった。分かった上で、洋子を見つめようとしても、結局分からないところが膨らむ結果になってしまう。
一つの綻びが、致命的になりかねないことは決して少なくない。洋子にはそんな危険性が孕んでいるように由美には見えていた。
もし、自分が姉であれば、洋子に対して、腫れ物に障るような接し方をするだろう。だが、妹の立場では、却ってぎこちなくなってしまう。洋子のような女性に対しての接し方がどれほど難しいか、由美には分かっていたが、それでも接しなければいけない気持ちは由美の中で一つのジレンマを形成していたのである。
この時、由美は漠然としてだが、
――私は本当に洋子姉ちゃんと血が繋がっているのかしら?
と、考えるようになった。隆子と洋子もあまり似ているようには思えない。そう思った時、洋子だけが姉妹の中で血が繋がっていないのではないかと思うのだった。
実は、洋子と由美の血が繋がっていないのではないかという疑問は、以前から隆子にはあった。だが、それは姉妹の中で本当に血が繋がっていないとすれば、洋子ではなく由美だという思いだった。
隆子と洋子の血が繋がっている証拠は、輸血してもらったことがあったのでハッキリとしている。となれば、疑念が湧くものだとすれば、由美と洋子の間のことである。
――由美は私たちの妹のはずだけど――
隆子が物心ついた頃から由美は自分たちと一緒に育っていたはずだ。疑う余地などないはずなのに……。
どこまで隆子が由美に対して知っているのかと言われればハッキリとは言えないが、由美が何となく洋子に対して血の繋がりに疑問を持っていることに気付いていた。それの考えを否定できるだけの根拠らしいものが少しでもあれば、説得もできるかも知れないが、少しでも反論されれば、それに対してどう答えていいのか、隆子にはその術がまったく思いつかない。三人とも、もう大人なのだから、余計なことを言わなくても、自分の考えで解決できると思うしかないのだと、隆子はそう思うしかなかった。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次