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隆子の三姉妹(後編)

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 隆子はこの店に来てマスターと話をしていると、いつの間にか、自分の中で発想が膨らんできて、過去に封印した記憶を解き放つようになっていた。洋子はマスターと話をするというよりも、一人になって、自分の空間を作ることを目的としていた。
 孤独な空間が、必ずしも寂しいというわけではない。孤独でも寂しさを伴わない孤独もある。寂しさは感情であって、振り払おうと思えばできなくもない。しかし孤独は環境なので、振り払うことはできない。自分がそこから立ち去るしかないのだ。
 洋子は、ずっと無趣味だった。芸術的なことには、まったく興味を示すことはなく、現実的なところがあるくせに、一人になりたいと思うのは、その現実から逃げ出すためであった。
 矛盾した考えであるのは分かっていたが、孤独が好きだという方が強いのか、それとも人ごみの中が嫌だという思うの方が強いのか、まわりから見ても、自分の中でも無表情、無感情な自分がどうして生まれたのかを考えていると、一つ一つの矛盾がそこには存在していたように思える。
 洋子は、自分を歪んだ性格だと思っている。決して他の人と同じではないという自負のようなものがあり、それを当然のように思っていた。不器用なところがあるのは、その考えが影響しているのだが、本人はそれでもいいと思っている。
 洋子は店に入ってから、話をしようとは思わなかった。マスターが話しかけてくれたら話をしてもいいと思っている程度で、息詰まる雰囲気の空気が、店内に充満していた。
 だが、マスターはそれでもニコニコしている。洋子の気持ちを分かっていて、それで少し悪戯でもしてみようと思っているのか、絶対に笑顔を崩さない気持ちを持っているようだった。
――本当にこの二人は姉妹なのだろうか?
 と、それぞれの性格を思い浮かべてみたが、考えてみれば連れてきたのは由美だった。由美も分かりにくい性格の女の子だが、同じ分かりにくい性格でも、洋子とは正反対だ。二人を並べて比較してみたい気分になっていたが、並べることが難しいことは、マスターも重々承知していた。
 由美の場合は、一口で表現すれば、小悪魔というところであろうか? 手を出すと最初は甘えてくれるところが何ともくすぐったさを感じるが、次第に見ているだけで恐怖を感じるようになる。それはきっと男にとって、自分の中にある異常性欲に気付かされるからなのかも知れない。
 では、洋子の場合はどうなのだろう? 洋子には一口で表現できる言葉は見つからない。しいていえば、伝説の「雪女」のような雰囲気が付きまとっている。手を出す時に気付かないのは由美の場合と変わりはないが、次第に気付いてくる由美とは違い、最後まで気付くことはない。気付いた時には身体が凍り付いてしまっていて、相手に恐怖を与える暇を与えないのではないだろうか。そういう意味では、由美に対してよりも恐ろしい。洋子には由美にはない大人の魅力と妖艶さが備わっているのだ。
 由美を好きになる男性は、洋子のことは眼中にない、洋子を好きになる男性は由美のことが眼中にない。姉妹で一緒にいることはあっても、一人の男性を相手に二人が一緒に存在することはなかったであろう。由美にしても洋子にしても、二人の好みの男性もまったく違っている。
 洋子の場合は、好きな相手の雰囲気は変わらないが。由美は今までに何度も自分の好きな男性のタイプが変わっている。基本的に好きになる相手が変わるというのはあまり考えられないが、由美の場合は好きになった男性から嫌われたり、そっぽを向かれると、それまでタイプだったはずなのに、アッサリと自分のタイプを変えてしまう。
 由美は相手があってこその自分の好みのタイプなのだが、由美の場合は、あくまでも自分中心である。どんなに格好のいい男であっても、自分に対して興味を持たなかったり、邪険にする相手は、由美には用はないのだった。
――まるで水と油みたいだわ――
 二人が共通して相手に感じていることだったはずなのに、なぜ洋子は肝心な時に由美の名前を口にしたりしたのだろう。自分でもよく分かっていないが、由美を必要以上に意識するのは、今まで感じたことのない相手が自分に対して持っている優位性を恐れている証拠なのかも知れない。
――優位性って何なのかしら?
 洋子は自分が姉の隆子に対して優位性を持っていること、姉がそれを意識していることに気付いてはいるが、さほど強く感じているわけではない。それは自分が由美に感じている思うほど大きなものだとは思っていないからだ。
 三姉妹の中でそれぞれ優位性を持っていることで、うまい具合に均衡が保たれているのを一番意識しているのは、洋子だった。三姉妹の中で姉も妹も持っているのは洋子だけである。立場的な意味でも一番理解しやすい位置にいると言ってもいいだろう。
――三姉妹だから成立するんだわ――
 これが二人姉妹だったら、一方通行の優位性だけでは、主従関係でしかありえない。二人姉妹を見ていて、主従関係を見つけることができなければ、二人の間に優位性は存在しないということだ。
――もし、他の人が私たち三姉妹を見たら、容易にそれぞれの優位性を見抜くことができるのだろうか?
 洋子は、難しいのではないかと思った。洋子と由美の関係であっても、それぞれに並列して見ることが難しいのに、三人を見るということが果たしてできるだろうか? ただ、逆に三人だから見えるという考え方もできる。だが、その可能性は限りなく低いのではないかと洋子は感じていた。
――やはり三姉妹の中にいない限り、簡単に分かる関係ではないんだわ――
 と、洋子は考えた。
 洋子が隆二と知り合ったのは、そんな三姉妹の優位性について考えていた頃だった。
――付き合いはじめてから、隆二は私に対しての気持ちが大きくなってくれていることはあっても、しぼんでいくことはないだろう――
 と思っていたが、確かに気持ちの大きさはその通りかも知れない。しかし、徐々に遠ざかろうと隆二が考えていることを洋子は気付いていない。踵を返してしまっているのであれば、気付くのだろうが、こちらを向いたまま、摺り足で後ずさりしているのだから、洋子には彼が遠ざかっているという意識はなかった。
 洋子が不器用に見えるのは、相手の気持ちを分かろうとしないからであった。本人は分かろうと努力をしているのだが、実際には違うところを見ていることで、すれ違うことも少なくない。それを平行線だという意識があるのであれば、このままでは交わることはないと自覚するのだが、平行線という意識もないので、結果的に分かろうとしているようには見えないのだ。
 努力はしていても、謙虚ではない。それは洋子の根本的な性格から来ているもので、自分の中で勝手に「平行線」を作ってしまうのだ。洋子が気付かない平行線というのは、自分の中で勝手に平行線を作ってしまうので、それを平行線だという意識がなければ、永遠に気付かないままである。
 確かに今まで彼氏ができなかったのは、平行線を男性が感じるからであろう。洋子にとって彼氏ができるということは、
「平行線の払拭」
 と言ってもよかった。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次