隆子の三姉妹(後編)
お互いにどちらかが歩み寄らないと、共通点などないように思える気がするのだが、歩み寄ったとすれば、ゆかりの方ではないかと思えた。信二はいくら相手が女性であったとしても、考えを共有できる相手でなければ、歩み寄ってきた相手に対して受け入れる体勢を作ることができるのだが、自ら歩み寄ることはない。
裕也は、信二は本当は死にたかったわけではなく、ゆかりと付き合っている間に感覚がマヒしてしまって、死ぬことに対しての免疫ができたことで、死ぬことに対して「付き合わされた」のではないかと思うようになっていた。
由美は、裕也に対してまったく疑念を抱いていなかったわけではない。一緒にいる時に時々、上の空の時があったり、由美を遠くから見ようという意識を持っている時があることを知っていたからだ。
遠くから見ているというのは、別に裕也が後ずさりしているわけではない。なるべく視野を広げようという意識があることで、広い範囲の中で由美だけを見ようとすると、遠くから見ているように感じるからだ。
兄の墓参りに行こうと言われた時も、本当なら、
「何をいきなり」
と思うに違いなかったはずなのに、遠くから見てみると、何か裕也に考えがあってのことだろうと思うと、もし、その時裕也にその理由を聞いたとしても、決して答えが裕也の口から出てくるはずがないということは分かっていた。
裕也は、兄の墓の前で、由美の姉と、さらにはその洋子と付き合っている自分の兄と出くわした。裕也と隆二の会話は何もかも分かっているかのように由美にも洋子にも感じられたが、実際には何も分かっていない。そこの墓に眠っているのが自分たちの兄であるということ以外、洋子や由美とさほど違いなく事情をわきまえているのではないかと思っていた。
由美は急に裕也が遠い存在に感じられるようになっていた。二人きりの時は、姉の隆子や洋子よりも近い存在だと思っていたのにである。
それは、裕也を男性として見ているからなのか、それとも弟のように思えていたからなのか、洋子と出会ってしまってから思い起すようになると、本当にどちらなのか分からなくなっていた。確かに、裕也を弟のように感じた瞬間があった。それは一度だけだというわけではなく、何度かあった。それも、遠い間隔ではなく、ごく短い間に何度か感じたものだったはずだ。
由美は、洋子と墓前で出会ったことで、その前の道で他の誰かの視線を感じたことを今さらながらに思い出した。その視線は、一度意識してしまうと誰だったのかということは分かっている。姉の隆子だったのだということに間違いないだろう。
この場所に、主要な人物は何かに引き寄せられるように終結したのだ。確かに裕也と隆二の間で作為はあったのだろうが、そこに隆子が絡んでいるというのは、不思議に思われた。
いや、実は不思議でもなんでもない。隆二は隆二で裕也と同じように、兄のことを気にしていた。そしてゆかりのことを調べているうちに行きついたのが、隆子だった。
隆子にいきなり近づくわけにはいかないと思いながら妹の洋子に近づいた。すると隆二の中で、洋子と別れられないという思いがこみ上げてきた。完全に引き寄せられて、別れることができなくなったのだ。
裕也は兄に対して裏切りを感じ、隆二は洋子と知り合ったことで、洋子に逆らえないということは、そのまま自分に対して正直であり、裏切ることができないということを感じるようになっていた。
隆子のことがどうでもよくなったわけではない。ただ自分に正直になった隆二は、洋子と二人でいることに集中したいと思っていた。
そんな時、自分の腕の中で快感に集中していたはずの洋子が妹の名を口にした時はビックリした。
洋子にはレズビアンの気はない。由美の名前を口にしたのは、ただ、彼女がいうように、妹に対して意識が過剰になっていたからだ。
――もし、あの時、洋子が口にしたのが姉の隆子の名前だったとしたら?
と、隆二は思った。
ひょっとすると、墓前で出会ったのは、由美と裕也ではなく、隆子だったかも知れない。隆二の妄想に近い想像は、当たらずとも遠からじだった。実際にこの場所に三姉妹と、自分たち兄弟が集結したからである。
隆子と墓前で出会っていれば、どうだっただろう?
シチュエーションとしては、腰を落として墓前に手を合わせている隆子に、隆二と洋子の二人が、後ろから覗き込んでいるというシーンが思い浮かんでいた。隆子は後ろから二人が忍び寄ってくるのを知ってか知らずか、熱心にお参りしている。猫背になり、あまりいいとは言えない姿勢で参っているその姿に、洋子は哀愁を感じていたに違いない。隆二は、哀愁というよりも憐みを感じている。それはゆかりと隆子を「同類」としてしか見ることができないからであろう。
隆二には、ゆかりに対しての怒りはない。ただ、事実を知りたいと思っていた。洋子は何も知らないようだ。裕也が由美に近づいたのと、隆二が洋子と一緒にいるのは、まったく違う理由だった。
隆二は洋子のことは知っていた。
別に最初から近づこうなどと思っていたわけではない。洋子が少しでも隆二の考えているような女性でなければ、ここまで接近することはありえなかった。だが、洋子は隆二が思っていたような女性であり、知り合うに十分だと感じたことで、二人は出会った。
隆二にしてみれば作為があったに違いないが、洋子にはその作為を感じることはなかった。それだけ隆二はさりげなく、そして自然だった。
洋子も最初から人を疑うような女性ではない。最初から疑えばきりがないと思っているからだ。疑えば誰にでも一つや二つ人には言えない何かがあるのは分かっている。相手のことをよく分かっていない間から、疑ってしまうと勘違いをしてしまう可能性が高い。そうなれば、まったくその人と違う相手を思い描いて、結局悩むのは自分になってしまう。洋子は、これまで人から裏切られたり、修羅場を見たことがなかったので、甘い考えなのかも知れないが、それでもいいと思っていた。
ただ、ベッドの中で洋子が由美の名前を口にした時、妹だとは思っても、ゆかりの相手だった姉と血が繋がっていると思うことで、変な先入観を持ってしまいそうになった。だが、洋子が由美に対して血が繋がっていないという疑念を抱いていることと、三姉妹の中でそれぞれ何かの壁を持っていることだけは見て取れた。その壁が、三すくみの関係であることまでは分からなかったが、他人である隆二にしてみれば、そこまで分かっていれば十分だったに違いない。
洋子たち三姉妹と、亡くなった信二を含めた自分たち三兄弟が、いろいろ似ているところもありながら、結びつけるきっかけになったのは、よくも悪くもゆかりの存在が大きかった。
隆二は、裕也が兄に対して後ろめたさを感じているのは知っていた。ゆかりを好きになってしまったことが原因なのだろう。二人が付き合ったという事実はないが、お互いの気持ちを打ち明けあったことは間違いないようだ。
好きになった女性が兄と心中しようとした女性で、二人は死に切れず、同じ病院に収容された。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次