隆子の三姉妹(後編)
隆子に二人の妹がいたのは話に聞いていた。そして、隆子の中に一つの悩みがあり、その時、妹のうちの一人の血が繋がっていないということで悩んでいることも知っていた。
隆子が三女だと言っていたので、自分でも調べてみたが、果たして三女は由美というではないか。
――どういうことなの?
ゆかりは考えてしまった。
ゆかりの感性は、
「由美は間違いなく、隆子と血の繋がった妹だ」
と告げている。
それなのに、隆子は真剣に悩んでいた。その悩みがゆかりとの関係に少なからずの影響を与えたことに違いない。
ゆかりは、由美と一緒にいた時期は、隆子と一緒にいた時期に比べれば短いものだった。どうして一緒にいられなくなったのかという本当の理由は曖昧だった。離れていったのがゆかりの方であれば、ハッキリとした結論が出てくるような気がしたが、離れていったのは由美の方からである。
それはまさに青天の霹靂に近いものがあった。
由美の方から離れていくなど、想像もつかなかった。
隆子との場合も曖昧だったが、由美の場合でハッキリと分かっているのは、由美の方から離れて行ったということだ。
由美は姉たち二人と血が繋がっていないということを、ずっと自覚してきた。それを姉たちに悟られないようにするのは、本人にとって簡単に考えていたが、実際にやってみると、気を遣うということ自体から、相当な疲れを伴うものだった。
血が繋がっていないことを意識していると、由美の気は楽になっていた。
姉たちに気を遣っていないわけではないし、姉たちから気を遣われていることも分かっている。
――何に対して気が楽なのかしら?
その答えは寂しさを感じることにあった。
姉たちと血の繋がりがないという意識があると、寂しさが意識されるようになった。しかし、その寂しさは本当の寂しさではない。感じている寂しさを素直に表に出すと、人間関係がうまく行くように思えたからだ。
だが、由美はゆかりと一緒にいて、ゆかりに身も心も任せていると、ゆかりが、
「あなたは姉たちと血が繋がっているのよ」
と言っているかのように思えた。
その時初めて、隆子とゆかりの関係についての疑念が由美の中にこみ上げてきた。
――どうして気付かなかったのかしら?
調べれば簡単に分かることだったはずだ。
――まさか、最初から予感めいたものがあり、調べることを怖がっていたんじゃないかしら?
と思うようになった。
自分に対しての疑念だったはずなのに、それが今度は隆子に対しての疑念に広がり、さらにはゆかりも信じられなくなった。由美は気付いていないが、その時の心境は、隆子がゆかりと別れを迎える前と同じような感覚だったのだ。
由美は、ゆかりと話をする気がしなかった。
それは、隆子も同じだったが、話をしても、結局自分の意見がハッキリしていないのに、結論はおろか、自分の考えすら分からないまま終わってしまうように思えたからだ。
そうなると、黙って姿を消すしかない。それが由美の側の考えだった。
ゆかりの方はどうだろう?
自分が何も悪いことをしたわけでもないのに、相手から何も言わずに勝手に去って行く。ゆかりの性格を知っている人は、疑念を感じると、話し合いなどできる状態ではないところまで相手が行きついてしまうのではないかということに気付くだろう。だが、ゆかりと付き合っている人は、ゆかりとのことを口外しないようにしている。もちろん、ゆかりも同じなので、二人の別れは誰も知らないところで行われている。お互いに主観的になって、結局、平行線を描いたまま、交わることがないのだから、なぜ別れるのかという理屈に行きつくことはないのだ。
ゆかりは、隆子や由美との別れを迎えたような経験を他にもしていた。そのたびに同じ感覚、つまり、
――私が何をしたというの?
という考えれば考えるほど堂々巡りを繰り返し、自分の感情や感性が泥沼に入り込んでしまっていることに気付かされた。
それがゆかりが自殺をしようとした理由の一つであることに違いない。ただ、それだけだったのかということは、ゆかりが入院して回復を始めた時、記憶が欠落してしまったことで、知る可能性はかなり低くなっていた。
ゆかりが一緒に心中しようとしていた信二にも、同じような感覚があったのではないだろうか。
「自殺をしようとした本当の理由を、彼は知らなかったんだ」
と、ゆかりはずっと思っていた。
助かって病院に入院してから、心中しようとしたということを教えられて、信二のことを思い出したが、記憶の中にあるのは、自殺しようとした理由について、二人で話し合ったわけではないということだけだった。ゆかり自身も、自殺の理由をハッキリと分かっていなかったが、彼の方は、もっと漠然としていたのではないかと思えた。
――だから、私は気が楽だったんだ――
相手に気持ちを悟らせることのない信二の表情は、無表情ではあったが、相手に安心感を与えるようなものだった。それがゆかりにはありがたかった。
――彼も私に同じことを感じていたのかしら?
だから、あんなに安心した表情だったのかも知れないと思うと、不思議な感覚だった。お互いに、
「この人とだったら、楽に死ねる」
と思っていたのかも知れない。
信二が死を覚悟した理由は、信二の病気にあった。信二も躁鬱症だったが、死ぬということに対して恐怖心のようなものはなかった。
「世の中で一番怖いのは、死だという人がいるけど、俺は別に死ぬことが怖いわけではない」
と豪語していたが、
「死というものに対しての冒涜だ。あんなことを言うやつは、本当に一回死んでみればいいんだ」
と、まわりから蔑まれていた。だが、信二が本当に死ぬということを怖がっているわけではないというのは本当のようだった。
「苦しかったり、痛かったりするのが怖いのか、それとも、もうこの世の人と会うことができないと思うから怖いのか。どっちなんだろう?」
と、信二は思っていた。
前者であれば、理屈は分かるが、後者であれば、別に死というものは怖くない。この世に生きている人で、本当に大切だと思える人が、信二にはいなかった。
信二は、自分が思っているほど、まわりは自分のことを想ってくれていないと、思うようになっていた。小学生の頃から、
「目上の人やまわりの人を大切にしないといけない。大切にしていると、いざという時に助けてくれる」
と言われたものだが、冷静にまわりの人を見ていると、いざという時、本当に助けてくれるような気がしないのだ。
そういう意味で、人と接触するのがあまり好きではない。相手が女性であればまた違ってくるのだが、自分が以前のように純情な男性だという意識を持っていることで、人との違いを上から見てしまう癖がついてしまっているのかも知れない。
そんな信二とゆかりがどうして知り合ったというのだろう?
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次