隆子の三姉妹(後編)
どちらかというと、ゆかりは相手に合わせる方であり、ただ、相手のいいところも悪いところも合わせてしまうので、相手には似ているという意識を持たせることはなかった。
裕也は、ゆかりのことを調べていく中で、由美に行きついたが、由美と一緒にいることで、ゆかりが自殺した原因が分かるのではないかと思い近づいたのだが、由美を見ている限り、ゆかりの中に自殺を考えるようなところはなかった。
なぜ、ゆかりが信二と知り合ったのかというのも、分かっていなかった。二人の間に共通の知り合いがいるわけでもなく、趣味による共通点が見つかるわけでもない。警察の調査でも二人の間に接点もなく、以前から知り合いだったという事実もない。
「自殺しようとしている人が、偶然知り合ったというところではないですかね」
と、刑事はどこにでも転がっている話のような言い方をした。普通に考えれば、そんな偶然、そう簡単に転がっているわけでもない。それなのにあたかもどこにでもありそうに話すのは、やはり職業上、いろいろなパターンの人間模様を見てきたからだろう。
刑事という人種に知り合いがいるという人はそんなにはいないだろう。裕也も刑事に知り合いなどいないし、話をしたこともない。だが、簡単に話しているのを見ると、本当にどんな偶然であっても、どこかに必ず必然性を感じさせる何かがあるのではないかと思わせるところがあるように感じられた。
ゆかりが隆子と別れた後、妹の由美と知り合ったというのは、ただの偶然ではないことは分かっている。だが、隆子も由美も、お互いにゆかりと関係があったことを知らなかった。
裕也は由美に近づいたが、最初は付き合うつもりなど、さらさらなかった。ただ、自分よりも先に、兄の隆二と由美の姉である洋子が付き合っているという事実を知った時、
――これこそ、運命の悪戯だ――
と感じた。
――これは本当に偶然なんだろうか?
運命の悪戯が偶然という言葉と同意語だというのは、少し違っている。偶然という言葉でしか表現できないが、それでも場合によっては、偶然として片づけたくないと思うようなことがあった時、運命の悪戯という言葉で肩を付けようとするのではないだろうか。そう思うと、運命の悪戯という言葉は、何かの辻褄合わせに思えてならない。
ただ、この場合の運命の悪戯は、作為的なものだった。
由美は、隆子のことを意識しすぎるほど気になっていた時期があった。ちょうどその時期がゆかりと付き合っている時期だった。
隆子を見ていて、人に絶対に知られてはいけないという意識を持っていることが分かった。意識すればするほど、まわりに目立ってしまうことは得てしてあるものだ。
隆子が誰かに恋している様子が見て取れたのだが、あまりにも隠そうとしている意識が強すぎることに気が付くまで少し時間が掛かった。
「何かおかしい」
と思ってはいたが、まさか相手が女性だなどという発想はまったくなかった。
確かに相手が女性であれば、隠そうという意識があっても無理のないことだが、それは自分の中の気持ちが表に出るのを隠そうとするものだった。隆子の中に、女性と付き合うということよりも、女性と付き合って精神的に自分がどのように変わっていくかということの露見が怖いという思いがあるのだ。
女性と付き合っているなどということを知られると、汚らしく見られてしまうことも覚悟しなければいけないのだろうが、汚らしく見られるよりも、さらに何が露見することを嫌がっているというのだろう。由美がその時の隆子に対して何を感じたのか、ゆかりという女性を知らないことには、始まらないと思っていたに違いない。
隆子はゆかりと別れて、男性を好きになることはしばらくなかった。吹っ切ったつもりでも隆子の中にいるゆかりは、他の人に対する表情とは、まったく違っているのではないだろうか。
女性を好きになったことが隆子にとって、今までの自分の人生を否定するかのような感覚だったが、ゆかりと別れてからしばらく悩んだ中で見つけた結論は、
――あまり余計なことを考えないようにする――
ということだった。
人間不信にも陥った。誰かが近くに寄ってくると、自分と明らかに違う臭いに気が付いて、吐き気とともに息苦しさに耐えられなくなる。
それでも姉妹たち相手には、今までと変わらなかった。三すくみの状態だったことで、今までと変わりはないという思いが強く、自分の居場所はここだけだと思うようになったことで、いつの間にか人間不信もなくなっていて、元の自分に戻っていた。
「こんなに早く元の自分に戻れるなんて」
と思ったが、実際には相当の時間を費やしていた。立ち直るため、意識は一つの方向だけを向いていた。そのため、一つの方向以外のことはすべて忘れていく。
「立ち直るためだけにその間の時間を使ったんだわ」
ということを知らずにいると、時間の感覚がマヒしてくる。自分中心の時間が展開されたのだと錯覚してしまう。
それでも立ち直ることができたと思ったことで、以前の自分に戻れたと思っていた。
「以前の自分って、いつの時点の以前なのかしら?」
余計なことを考えないようにしているくせに、理論的なことだけは頭の中に残ってしまう。解決しておかなければいけないことだと思うのだった。
ゆかり先輩と知り合う前の自分であることに違いはないが、どの時点なのか、自覚できていない。ただ、三姉妹の長女だという意識だけはよみがえってきた気がする。立ち直れたかどうかは別にして、まずはゆかり先輩と知り合う前の自分に戻りたいという意識を達成できたことはよかったと思っていた。
由美は、そんな隆子を見ていて、明らかにおかしかった時期が存在し、今は落ち着いていると感じた時、姉に何があったのかを探ってみたいと思った。それは好奇心の表れに過ぎなかったが、姉と自分の性格を比較して、
――姉に何があったのか、知らないままではいたくない――
と思うようになった。
その頃、ゆかりは一人だった。
ゆかりは一人でも、別に寂しいという感覚に陥ったりしないのではないかと、まわりからは見ていると、そう思えた。
「孤独という言葉が似合わないように感じる」
それがゆかりという女性と知り合った人が感じるゆかりへの印象だった。
隆子が変わってしまった影響を与えたのがゆかりだということを知らずに知り合った由美は、ゆかりと知り合ったことで最初に感じたのは、
「こんな世界があるんだ」
という思いだ。
自分に対して、否定的なことをあまり考えない由美は、ゆかりを素直に受け止めた。その時、ゆかりには少し躊躇があったことを由美は知らなかった。
由美は確かに積極的であったが、積極的な由美に臆するようなゆかりではなかった。どちらかというと、相手が積極的になってくると、自分も負けないようにしようと思うのがゆかりだった。それなのに、躊躇したというのは、明らかに由美を相手に後ずさりしていた。
――一歩下がって、少し広い範囲から見てみよう――
という思いを与えた。
ゆかりは、その時直感で、由美の中に隆子を見たのだ。
――姉妹なんじゃないかしら?
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次