隆子の三姉妹(後編)
ゆかりと一緒にいると、楽しい気分にさせられた。どちらが病人なのか分からないほどで、ゆかりは兄と心中しようとした相手だとは思えないほど明るかった。
それが人と一緒にいる時だけだということを誰にも気付かせないほどの明るさは、先生たちすら騙されたほどだった。
「あの患者さんは、もう大丈夫でしょう」
と、医局では話をしていたほどだった。
だが、裕也には、この明るさが本心からでないことは分かっていた。分かっていたが、ゆかりの笑顔に魅了された自分は、精神が凌駕してしまったのではないかと感じるようになった。
ゆかりの明るさも次第に煌びやかさが抜けていくのを感じた。煌びやかさが色褪せてくると、西に傾く日差しや蝋燭の炎を想像させる。
「消え入る寸前にパッと明るく煌めく」
そんなイメージを感じさせる明るさが、ゆかりにはあったのだ。
本当の明るさではないのだろうが、十人いれば十人が、
「なんて明るいんだ」
と、感じさせられる明るさであった。
蝋燭や西日を感じると、明るさが色褪せているのが分かってくる。ただ、それは「儚い明るさ」であって、永遠に続くものではない。それどころか、消える寸前のものであって、それをどうして医者は気付かないのか、裕也は医者も信じられなくなっていた。
医者というのは、自分の専門外のところまでは入り込まないようで、下手に入り込んで間違ったアドバイスをしてしまったりしたら大変である。そう思うと、余計に自分がそばについていてあげないといけないと思うようになってくる。危なっかしさが、、裕也を惹きつけるのだった。
信二とゆかり、先に死んだのは信二の方だった。
ある程度まで回復していたはずなのに、急に容体が急変し、一晩がヤマだと言われていた山を、越えることができなかったのだ。
信二は兄弟二人がこっそり引き取り、今の墓地に荼毘に付した。
ゆかりも後を追うように死んでしまったのだが、裕也はそのいきさつを知らない。
信二が死んでしまったことで、病院に来る大義名分がなくなってしまったことが大きいのだが、死んでしまった信二に対しての裏切りが、信二の死という形になって現れてしまったことで、もうゆかりに会ってはいけないんだという意識を植え付けてしまった。それがどれほど中途半端なことになるのかということを、その時は分からなかった。
一番中途半端だったのは、自分の気持ちに対しての整理である。
会うことを拒否したのは誰でもない、自分の勝手な思い込みだった。
だから、二度と会えないことになるという事実を分かっていたにも関わらず、結局会えなくなってしまったことで、裕也は一生消すことのできない傷を自分の心の中に残してしまったのだ。
その思いは次第に強くなっていった。
そして、彼の後悔は異常な形で表に出てきた。ゆかりの過去をほじくり返すことを始めたのだ。
まるで死者に鞭打つような行動だが、裕也にとって、ズタズタになってしまった自分の意識を正当化させるために考えたのが、ゆかりをずっと自分の意識の中に留めておくことだった。そのためにまず最初にゆかりという女性のすべてを知りたいと思うことだった。どこまでできるか分からないが、裕也にとって、自分への後悔と、兄への裏切り、そしてゆかりへの思いを一つにつなぎ合わせるためには、不可欠なことだと思うことが大切だった。
ゆかりがレズであることを知ってしまった時、
「後悔したくなかったはずなのに」
と思った。後悔したくないために始めたゆかりの過去を探ることが、まさか新たな後悔を産むことになるなど、想像もしていなかった。だが考えてみれば、それも十分にあることだった。
「進むも地獄、戻るも地獄」
ということであるなら、前に進むしかないではないか。そう思った裕也は、ゆかりを再度調べ始めた。
今までに何に対して後悔をしたのかと言えば、中途半端に終わったことだったはずである。今ここで止めてしまったら、またしても中途半端に終わってしまうに違いない。新たな中途半端な後悔を産むくらいなら、
「毒を食らわば皿まで」
というではないか。信二はその相手が誰なのか、いろいろと探し回った。それで見つけた相手が由美だった。
裕也は、ゆかりがレズビアンだということまでは知っていたが、まさか相手が一人ではないなど想像もしていなかった。最初に出てきた名前が由美だったことで、由美がゆかりの唯一の相手だと思ったのだ。
由美も、隆子も、まさかゆかりの相手が複数だったなど、思いもしない。もちろん、今も知らないことであり、それぞれが姉妹であるなど、想像を絶することであった。知ってしまえばどのようなことになるというのか、考えてみれば無責任な話である。
そのことを知っているのは、この世にはいない。何という対造りなことであろうか。裕也はそれを承知で、由美に近づいたのだ。
由美がどれほど裕也のことを想っているかは分からないが、少なくとも由美が思っているほど、裕也は由美のことを思っていない。明らかな復讐心を持って近づいた相手に、由美は疑いを持たなかった。
由美がゆかりと知り合ったのは、偶然ではない。由美にもレズビアンの気があった。お互いに惹き合うものがあったのか、由美がゆかりを引き寄せたところがあったのだ。
ちょうどその頃、ゆかりは隆子との関係が切れてから、しばらく経っていたのだが、ゆかりは、その頃から死を意識するようになっていた。そのことを由美は察していた。ゆかりが死を意識していたことで、由美がゆかりを引き寄せたといっても過言ではない。
由美は、なぜゆかりが死を意識しているのか分からなかったが、自分が入り込んではいけない領域だと最初から考えていた。もし、少しでもゆかりの死への意識に立ち入ろうとしていたなら、その時点でゆかりは死を選んでいたことだろう。いずれ死を選択するゆかりだったが、同じ死を選ぶにしても、由美を知る知らないで、全然違ったと思っていることだろう。そういう意味では、ゆかりは隆子よりも由美の方が自分への影響が強かったと思っているに違いない。
ゆかりの性格を図るには、隆子の側から見るよりも、由美の側から見る方が、本当のゆかりを見つけることができるかも知れない。隆子の知っているゆかりと、由美が知っているゆかりではまったく違う人のようである。二重人格とまでは行かなくても、それはそのまま由美と隆子の性格の違いと言ってもいいかも知れない。
信二や裕也が感じた由美の印象は、妖艶で神秘的なところが同居しているような女性であった。隆子と一緒にいる時には感じることのできないゆかりを、少なくとも二人の男性と一人の女性は知っている。どちらが本当のゆかりなのか、誰に分かるというのだろう。
ただ、ゆかりは隆子の影響をかなり受けている。それはゆかりが隆子とは元々性格が似通っていないことを表している。自分にないものを求めるという意味で、隆子と知り合ったのも必然だったのだろう。
逆に由美とは、結構似ているところがあった。躁鬱になるところもよく似ているのだが、由美はゆかりが決して自分と似ているとは思っていなかった。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次