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隆子の三姉妹(後編)

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 かすかに吹いてくる風も、木々を揺らすことで、見え方も瞬時に変わってしまう。もし逆光ではなく、まともに顔が見えたとしても、表情は瞬時に変わっていることだろう。そんな状態で表情をハッキリと見ることはできない。それなのに、無感情な表情だということがどうして分かったというのか、それは最初に、目の前に現れたのが由美だと分かった瞬間、その時の第一印象がそのままに残っているからだ。
 人ごみの中であっても、自分が知っている人を見つけた時のその瞬間、すべてのことを感じるのかも知れない。近づいてきたり、時間が経ってくると、最初の印象を忘れてしまい、最後の印象が残ってしまうことを、隆子はこの時に初めて知った。おそらくこのことを自覚している人は、他にはいないように感じた隆子は、大きな発見をしたはずなのに、それほどの感動はなかった。
――本当はもっと前から知っていたような気がする――
 と感じたからだ。
 隆子がいろいろ考えていると、いくらゆっくりと言えども、すでに二人は隆子の前を通りすぎ、自分の後ろに気配を感じるようになった。
 隆子もそれに合わせて、ゆっくり踵を返そうとしたが、足が金縛りにあったかのように後ろを振り向くことができない。
 その時は、ちょうど風は止んでいて、焦れば焦るほど、汗が身体中から吹き出しているようだった。
 後ろの気配は、隆子のことなど気にすることなく、どんどん遠ざかっていく。
――私だけ、時間が止まってしまった?
 そんなバカなことなどあるはずないのに、またしても、おかしな方へと考えが向いてしまった。
 ただの金縛りに遭っただけのはずなのに、隆子がそう考えたのは隆子ならではの発想であった。
 隆子は足元の影を意識していた。
 踵を返すことができなくなったのは、足元の影を何者かの介在で、釘打ちしたのではないかというものだった。それはまるで忍術のようなもので、影を制止することが、身体本体も動かせなくする効果を持っていて、金縛りはそこから来るものだという発想である。
 時間が止まって感じるのも空想科学的な恐怖発想で、同じ恐怖発想には変わりないが、隆子は時間が止まっていると感じる方が、怖くないように感じたのだ。
 それは人それぞれに違うもので、もっとも、影への釘打ちなどという発想を他に誰がするというのだろうか? そう思うと、隆子の中で、
「悪い方にばかり考えてしまう」
 という発想はなかったのだ。
 隆子の中では、二人がこの界隈から姿が消えれば、動くことができるはずだという確信めいたものはあった。ただ、なかなか先に進もうとしない二人に苛立ちを覚えながら、ここまで時間を長く感じたことのなかったと感じながら、隆子はやり過ごすしかなかったのである。
 隆子は、二人がこの界隈から消えたからと言って、再度二人を追いかけようなどという発想はない。やり過ごした瞬間から、二人を追いかけることはできないのだという確信があったからである。
 隆子は二人の気配を感じなくなった時点で、思っていた通り、金縛りから解放された。一気に身体から力が抜けて、その場にへなへなと座りこんでしまいそうなのを必死に堪えようとしたが、さすがにそれは無理だった。
 自分がこれから進もうとしている木漏れ日の道、そしてここまで歩んできた道、双方を見たが、ちょうどそこが中間のように思えてならなかった。この場所で金縛りに遭うことは最初から約束されていたことのようで、誰かの手の平の腕で踊らされていたような気がして仕方がない。その誰かが、まさか由美ではないはずだと今までなら確信できたものを、今ではできない自分が不思議で仕方がなかった。
――自分が変わったのか、それとも由美が変わったのか――
 少なくとも隆子は自分が変わったという意識はない。
――意識がないことが、おかしいのかも知れないわ――
 普通ならありえないはずの今の状況について考えるわけではなく、由美との関係についての方が気になってしまうのは、核心部分から遠ざかっているようで、実は核心部分の近くを彷徨っているだけなのかも知れないと隆子は感じていた。
 後ろにやり過ごしてしまったことで、すでに由美は見えなくなってしまっている。今追いかけることは無駄であるとともに、無理なことのように思えたのだ。
 隆子は、しばらく座り込んでいたが、一息吐くと、下を向きながら立ち上がった。そして、そのまま下を向いたまま、ゆっくりと歩き始めた。木漏れ日の間は決して顔を上げることなく前に進んでいる。それは、由美が歩いてきた航跡を瞼に残さないようにしようという、ささやかな抵抗に思えて仕方がなかった……・

 由美がつづら折れの坂を上りきった時、目の前に広がる墓地には、金木犀の香りが漂っていた。そこには洋子が隆二と一緒に、隆二の兄である信二の墓に手を合わせていた。
 洋子は後ろを振り返ると、そこに由美を見つけた。
 洋子は驚きのために声が出ない。
 洋子の驚きは、そこに由美がいたという意外性に対しての驚きではない。由美にはその時墓の前に洋子がいることが分かっていたはずだ。それなのに、洋子を見た時の由美の表情が、ビックリしたように見えたからだ。
 隆子が近くにいた時、まったくの無表情だった由美と同じ人物だとは到底思えない。もちろん、両方の顔を見た人はいないからだ。
 いや、そんなことはない。その時に一緒にいた裕也が見ていたはずだ。だが、裕也は相変わらずの無表情だ。一体何を考えているのか。本当に抜け殻になってしまったのかと思えるほどだった。
 由美は洋子の前に出ると、普段の由美に戻っていた。だが、由美はその時、洋子と一緒にいる隆二が目に入った。その時に見えた隆二の表情にはさすがに由美も愕然とした。
 まるで抜け殻になってしまったかのような青白い表情。
――どんな光が当たったとしても、決して生気が戻ってくるような気がしないわ――
 と感じた。
 ふと後ろを振り返った時、裕也も同じような表情をしていたのだが、裕也に関しては、由美はさほど驚きを感じなかった。裕也が無表情になるということは今までにもあったという思いがあったようだ。
「お姉さん、どうしてここに?」
 と由美は洋子に訊ねた。
「彼のお兄さんの墓参りよ」
 と、答えて、洋子は隆二の方を見た。
 洋子は隆二の表情を見て、さほど驚いている様子はない。洋子も隆二が時々こんな表情になることを分かっていたのかも知れない。
 だが、由美と違うのは、裕也を見て、驚きを感じないことだった。
――裕也に対して、他人のように思っているからだろうか?
 洋子なら考えられることだ。洋子の心の中にある本当の冷静さや、冷たさを一番知っているのは、自分だということを由美は思っていたからである。
 由美と洋子は、いくつかの墓石を挟んで対峙している。距離的にはまだ結構あるのに、最接近しているかのような雰囲気が墓地という異様な雰囲気の中で漂っている。
 金木犀の香りが、さらに二人を包み込み、どこで咲いているのか分からないが、どこからともなく漂ってくる香りを暗示させるかのような二人の立ち位置に、適度な距離が必要だということを気付かされた。
 すると、さっきまで青白い表情だった裕也が口を開いた。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次