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隆子の三姉妹(後編)

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「一人になりたいのは。考えたいと思うことがあるからなの? もっと他にも一人になりたい時ってあるでしょう?」
 言われてみればそうだった。一人になりたいと思うことは何度もあった。そのすべてが考え事をしたいからだったというわけではなかったはずだ。
「何も考えずに、ただ佇んでいるだけでもいいと思うこともあったような気がするわ」
「そうでしょう? 普通は、そっちの考えの方が圧倒的に多いと思うのよ。考え事をするのに、まわりに人がいると煩わしいと思うからでしょう? でも、佇んでいるだけならそんなこともなく、ただそこにいるだけでいい。後ろ向きも前向きも関係ない考え方なのよ」
 ゆかり先輩の話はいちいちもっともだ。こんなに尊敬していた先輩とどうして別れることになったのだろう? 
――私に勇気がなかったのね――
 何に対しての勇気なのか分からない。ただ、ゆかり先輩がいてくれたおかげで、自分も二人の妹たちの姉でいられるような気がして仕方がなかった。
 だが、そんなことを考えている隆子に、またしてもゆかり先輩は話しかける。
「それはあなたが自分の中に持っていたもの。私はそれを引き出すことに一役買っただけのことなのよ」
「私は先輩から逃げ出したんじゃないかって思うと、どうしても気が引けるんですよ」
「私はあなたに逃げられたとは思わない。一種の卒業ね。逃げたというのは、ずっとそこにいることを前提にした相手が、その立場に耐えられなくなったことを示す言葉なのね。でもあなたは、ずっと私のそばにいるという人じゃないわ。だから、卒業という言葉を私は使うのよ」
 まさか、この時の卒業という言葉を隆子は、自分がゆかり先輩に使うことになるとは思わなかった。しかも、今度は、
「永遠の卒業」
 である。
 決して望んだわけではない卒業、それはゆかり先輩も同じではないか。ただ気になるのは、隆子の知らない相手、しかも男性を相手に心中を図ったということである。一度は行き残ったが、またその後に命を絶つ。信じられないことだ。あれだけ人の命を大切に思っていたはずの人が、そこに何があったのか、きっと想像を絶することがあったに違いない。 ゆかり先輩とのことを思い出していると、自分が洋子に何かをしてあげなければいけないと再認識する。それはきっとゆかり先輩が自分に何かしてあげようと思っていたことを、できなかったことで後悔しているのではないかと思うからである。
 洋子が何を考えているかを、まずは探ろうと思っていたが、もし、これがゆかり先輩なら同じことをしただろうか? 考えてみれば、相手が何を考えているかなど、そう簡単に分かることではない。それを最初にやろうというのが、無謀なのである。
 では、どうして最初に相手が考えていることを探ろうとするのかというと、それが一番簡単に思いつくことだからである。人間は最初に思いついたことを、最初にすることだと錯覚してしまうくせがある。その理由としては、
「忘れてしまうからではないか」
 と、感じるからだった。
 意外と最初に思いつくことの方が難しいということは得てしてあるものだ。
 今回のように、安易な考えを起こしてしまうと、一歩間違えると、二進も三進も行かなくなることもある。それは足を踏み入れると抜けることのできないアリジゴクのようではないか。
 洋子は隆子のそんな気持ちをまったく知らなかった。姉に対しては相手からの優位性を感じてしまっているため、まともに正面から顔を見ることはできないと思っている。
 実はこの思いがせっかく洋子の気持ちをほぐそうと思っている隆子に大きな障害をもたらしている。そのことを洋子も隆子もお互いに分かっていない。特に相手の心の奥まで入り込もうとはしない隆子には、特にそうだった。
 相手の気持ちに入り込もうとしないと、却って相手の考えが結構見えてくるものだ。
――ゆかり先輩は、そこまで分かって言ってくれたのかな?
 と隆子は思ったが、そうなのかも知れない。
 だが、それでも肝心な部分は分からない。苦労してここまで辿り着いた人であれば、ここから先も分かるのかも知れないが、隆子のように苦労したわけでなければ、分かりっこない。
 洋子のことを考えていると、いつも自分のことを顧みていることに気が付いた隆子は、これもゆかり先輩が自分と一緒にいる時、ゆかり先輩も自分のことを考えていたのだと感じていた。
 洋子には、自分のことを自分で再生する能力を持っていた。ショックなことがあっても、それを乗り越える力があることを疑いながらではあるが持っていた。
 その力はいかに疑っていても、信じている気持ちが少しでもある以上、自分一人で立ち直ることは時間の問題だった。
 そこに一番必要なのは、「きっかけ」だった。途中苦しむことも必要であり、苦しむことによって、立ち直るきっかけを見つけることができる。
 人が悩みから立ち直るには、何かきっかけが必要だという理屈は誰もは認識していることだとは思うが、きっかけは自分で見つけられる時、そしてまわりから与えられる時、それぞれにある。
 隆子は人から与えられる場合の方が多いように思っている。そして自分で見つけることができる人は限られた人間ではないかと感じていた。
 自分で見つけることができたと思っていても、そこには人が介在していることが多い。それはそれで悪いことではないが、自分で見つけることのできる能力がその人に備わっているわけではない。そういう意味では自分で見つけることのできるきっかけを備え持っている人は、本当に「選ばれた人間」だけなのではないかと思うようになっていた。
 洋子が選ばれた人間だとするなら、もっと目立ってもいいような気がするのだが、意外と能力は内に籠められたものであって、表になかなか出てくるものではないのかも知れない。そのことを隆子は分かっていなかった。
 隆子が洋子のことで気に病んでいる時、洋子は自分のことで精一杯だった。自分の世界に入りこむと、まわりが見えなくなるというところは洋子にもあった。
 元々一つのことに集中すると、まわりのことが見えなくなる性格である。まわりが見えなくなるのも仕方のないことで、洋子の性格を分かっている人がいるとすれば、それは隆子であるだけに、隆子が分からないことは他の人に分かるはずもない。もし分かる人がいたのだとすれば、死んでしまった洋子が好きだった男性だけなのかも知れない。
 そのことを意識するあまり、彼のことを忘れてはいけないと思う気持ち、何とか記憶の中にいい思い出として格納してしまわなければいけないということを戸惑ってしまう。
 それをジレンマとして受け取ってしまうと、洋子に襲ってくるのは鬱状態だった。鬱状態という意識は洋子にはなかった。内に籠る性格は以前からあるからだ。
「お姉さん、私って、そんなに内に籠っているかしら?」
 洋子は思いあまって隆子に確認してみた。
 聞かれた隆子の方にも、いずれ聞かれるかも知れないという危惧はあったが、その時に何と答えていいのか分からずに、自分の中で答えを出しあぐねていた時期があった。先延ばしにしているうちに、ついに聞かれたのである。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次