小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

隆子の三姉妹(後編)

INDEX|11ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

 優位性の三すくみから考えると、自分が先頭になった時は、真ん中が隆子姉さんで、最後が洋子姉さんではないかと思った。逆に一番上が洋子姉さんであれば、真ん中が自分で、最後が隆子姉さんになるだろうと想像していた。
 ただ、由美は自分が先頭になるという発想はまったくなかった。前を誰かが歩いていないと落ち着かない。不安が募り始めると、収拾がつかなくなる。由美はそんな性格をまわりに知られたくなくて、虚勢を張っているところがある。さらに子供でいれば、自分の前に誰かが立っているということが自然であることの証明であるかのように思え、由美が控えめなところがあるという意識を持っている人もいるくらいだ。
「洋子姉さん」
 由美は、裕也の背中を追いかけるように歩いていたが、力のない歩き方で、何かを考えているようなのだが、何を考えているか分からなかった。
 裕也の背を見つめているのは、自分が何かを考えていることを感じさせないためだったように思う。しかし、いきなり背筋がビクンとなったかと思うと、口から洩れた声は姉の名前だった。
 裕也の兄の墓参りを済ませた後、裕也は由美を伴って宿に向かおうとしていたところだった。この土地には裕也の知り合いがいるにはいるが、いきなり由美を連れていくわけでもいかない。何よりも由美が嫌な思いをするのが分かっているからだと、由美には話していた。
 由美も裕也と一緒にいれば落ち着いた気分になれるのだが、それはお互いにフリーな状態でのことである。
「じゃあ、どうして由美は、姉たちに彼を紹介したの?」
 と聞かれることだろう。
「裕也と私は境遇が似ているの。兄弟姉妹が三人というのも同じだし、二人とも末っ子だし、境遇が似ていると、相手の育った環境を見てみたいと思うのは当然のことなのよ。だからまずは私のお姉さんたちに紹介して、その後私が裕也のお兄さんたちに紹介してもらおうと思ったのよ。でも、一番上のお兄さんが亡くなっているということだったので、墓参りをしたいと思ったのよ。それも私の姉妹に紹介したすぐ後にね」
 と答えるに違いない。
 裕也は、由美が洋子の名前を口にした時、ハッキリと分かった。
――由美は、洋子姉さんに対して、優位性を感じているくせに、何かを恐れているんだ――
 一体、何を恐れているのか、裕也は自分の兄弟たちのことを思い出していた。
「本当は、俺とお前の間に一人妹がいたんだ」
 次男が教えてくれた。
 それは長男が亡くなってからのことだった。
「その妹は、お前が生まれる前に養女に貰われて行ったんだ」
「そんな話は初めて聞いたよ」
「そうだろうな。お前だけには教えてはいけないって話だったからな。その妹の名前が由美というんだ」
「えっ」
 あまりにも青天の霹靂であり、声を出すこともできず、その場の静寂はどんなに小さな音でも吸収するのではないかと感じていた。
「そうさ。お前が付き合い始めた由美ちゃんは、俺にとっては妹であり、お前にとっても血の繋がった姉なんだからね」
 そういえば、由美は裕也よりも二歳年上だった。相手が年上だろうが年下だろうが、裕也には関係なかった。由美とは血の繋がりがあるというのには、身体中の血液が逆流しそうになるほどだったが、由美が養女だったという事実も、さらに逆流した血液がもう一度反対に流れ始めるような気持ち悪さを感じた。鳥肌が立ってきたと感じたのも、そのせいであった。
 裕也は、それでも由美と付き合っている。
 ただ、どうして次男はそのことを裕也に告げたのだろう? しかもこの時期に何を思ってのことなのか分からない。
――ひょっとして、いざとなった時、兄さんは自分の暴走を止めてもらおうという意識があるからだろうか?
 と感じていた。
 裕也が変わったのは、その頃からだった。その意識は由美にもあった。
 元々ベタベタするのはあまり好きではない裕也だったが、それは由美の同じだった。裕也の後ろから散歩下がって歩くことはあっても、自分からはしゃいだりすることもなかった。
 裕也にすべてを任せているわけでもない。反対するべき時は反対する。その関係が二人には一番スッキリしていた。
 由美の方も、三姉妹の中では一番落ち着きがないように見られるが、実際に一番したたかで、頭がいいのは由美なのかも知れない。
――実は、私はお姉さんたちと血が繋がっていないのかも知れない――
 と、血の繋がりに一番最初に気が付いたのは、本当は由美だった。
 洋子はそのことを知らずに、自分が最初に気付いたと思っている。そういう意味で由美はしたたかであるし、頭がいいのだ。
 もし、自分が最初に気付いたのだと洋子に悟られれば、優位性のバランスが崩れてしまう。由美は優位性が三すくみの状態になっていることに気付いていた。そして、それがバランスの元に成り立っていることも分かっていた。
 優位性のバランスは、裕也たち兄弟にもあった。そのバランスも兄が死んでしまったことで一度は崩れてしまったが、それを崩壊に導かなかったのは次男の機転が影響していた。
「由美は俺たちの兄妹だ」
 という事実を告げられたことで、荒治療ではあったが、兄弟の間で優位性のバランスの崩壊を防いだのだ。
 裕也は今度の旅行で、「姉弟の名乗り」をするべきかを真剣に悩んでいた。ただ、次男がこのまま放っておくことはしない。それなら自分からハッキリさせた方がいいという考えも強かった。
 裕也には、由美が洋子の名前を口にした瞬間、隆二がそばにいることを感じた。ただ、その時隆二がどんな心境でいるのかまでは、想像できるわけもなかった……。

 隆二は、由美の名前を口にした洋子をマジマジと眺めていた。
――この女は、由美が自分とは血の繋がりがないことを知っているのか?
 と感じたからだ。
 さらに、由美の名前を呼ぶほど意識しているということは、由美に対して妹としてではない何かの感情を含んでいるのではないかと思うのだった。
 洋子にとって隆二は、特別な感情を抱いていることを隆二には分かっていた。洋子の元カレが亡くなっているという事実をハッキリと知っているわけではないが、隆二も兄を亡くしていることもあって、人の死というものに対しては敏感になっている。
 洋子が時々何かを思いつめたような顔になるのは、隆二の腕の中にいる時だった。何かを必死に我慢しているように見えるが、洋子にしてみれば、それは必死に忘れようとしている証拠なのかも知れない。
――私はとっくに吹っ切っているのよ――
 と思っている。
 吹っ切るというのがどういうことなのか、洋子にはハッキリと分かっていない。
――忘れるということなのかしら?
 頭の中では、
「記憶の封印」
 だということは分かっているつもりだ。
 だが、記憶の封印をしようとするには、忘れるという意識を持ってしまってはいけないのだろうか。洋子が忘れてしまおうと思った時点で、記憶の封印は難しいと思うようになっていた。
――忘れたくないという思いが、忘れないという思いに発展し、さらにその思いを封印しようと考えるものなんじゃないかしら?
 と考えているからである。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次