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隆子の三姉妹(後編)

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 由美は、三すくみになった優位性を感じたことはなかった。あくまでも自分が次女の洋子にだけ優位性を感じているのだと思ったからだ。長女の隆子に対しては尊敬おkそすれ、優位性については意識がなかった。ただ、実際には隆子に対しての尊敬の念が、本当は優位性によってもたらされたことだと、気付いていなかったのだ。
 由美は、自分が躁鬱症であるという意識はあった。しかし、洋子も本当は躁鬱症の気があるのに、自覚していない。一つのことに集中すると、まわりが見えなくなってしまったり、不器用なところがあるからだ。実直で素直な性格なのだが、由美に対しての優位性を感じてしまったために、実直で素直な性格が、視界が極端に狭かったり、不器用だったりする性格だけが表に出てきてしまうのだ。
 洋子と由美の関係は、隆子との関係に比べて、実に近い関係にあった。
 由美には洋子が近くにいれば、感覚で分かるようになっていた。
「洋子姉さんが近くにいると、私には分かるのよ」
 というと、他の人は、
「そんなバカなことはないでしょう」
 と言って笑うのだが、本当に近くにいるのを知ると、愕然としてしまう。姉が最初から近くに来ることが分かっていると、近づいてくる時が分からない。そばにいるというのが分かるのは、最初からそばにくるという事情を知らない時だけである。それだけに姉妹間の深さから来るという信憑性もあった。
 由美にそんな能力があるなどということは、洋子には分かるすべもなかった。

 由美は、裕也と一緒に、旅行に来ていた。姉二人が出かけているのをいいことに、裕也と二人、楽しもうと思っていたのだ。
 三姉妹の中で一番強かな考えを持っているのは由美ではないだろうか。しかし、一番若いということもあり、世間知らずなところが多い。男が、
「一緒に行こう」
 と誘えば、何の疑いもなくついていく。付き合い始めて、それほど長い期間でもないのに、
「君のお姉さんが心配していたらいけないから、会ってみようかな?」
 と言われて、由美は有頂天になった。
 由美が姉二人に裕也を引きあわせたのは、
――彼のことを、姉二人が悪く言うわけはない――
 という思いがあったからだ。心配を掛けてはいけないという言葉に、相手を気遣うという意味が含まれていることを素直に感じてくれるに違いないと思ったからだ。
 だが、実際には、却って姉二人に不信感を持たせてしまった。大体から、付き合い始めてそれほど経っていないのに、いきなり連れてくるというのもどうかと感じた。由美が引きあわせたいと言っても、何とか言い訳を繕い、引きあうきっかけを作らせないようにしようとするのが普通ではないだろうか。
 由美は、そんな姉の気持ちを、分かろうとはしなかった。しかし彼を認めさせるためには、もっと彼のことを知る必要があると思ったのだ。彼は姉たち二人が自分に好印象を持ってくれていないことが分かっている。それでも由美の気持ちを分かってくれていて、まずは、由美の溜飲を下げることから始めないといけないと思うようになっていった。だが、今回由美を誘って旅行に出たその心がどこにあるのか、由美には分かるところまではなかなか行っていなかった。
 姉たち二人から見れば、由美も裕也も子供だった。完全に上から目線だということも分かっている。分かっていながら、由美は敢えて、子供っぽさを前面に出した。そんな由美を裕也が窘めてくれると思ったからだ。
 だが、裕也は自分から何もしようとしない。由美のすることをじっと見ている。
 見守っているという雰囲気を感じなくもないが、裕也には人を引っ張っていく力が今一つで、その分、相手の考えを尊重するところが大きかった。
 由美は背中を見ながら、後ろから追いかけていけるような男性であれば最高だと思っていた。だが残念ながら裕也にはそういうところがない。由美が時々尻を叩かないと、本当に何もしようとしない。
――この人は考えすぎるところがありすぎるのかしら?
 と感じる。
 今までの由美なら、男性と二人で旅行に出ようなどということを考えるようなことはなかった。姉二人に紹介までしたのだから、余計に黙って二人だけで旅行に出るようなことは今までであれば、するようなことはなかった。
 それなのに、今回は出かける気になったのは、彼が墓参りに行くという話を聞いたからだ。
 ただ、一人ではなく、兄と一緒というではないか、その人は由美はまだ会ったことがない。ひょっとすると、由美を誘ったのは、お兄さんを紹介するつもりだったからなのかも知れない。
 今まで、家族のことを話そうとしなかった裕也。兄弟三人とも、適度な距離を持っていて、ちょうどいい関係だったというが、そのうちの長男という一角が崩れた。
「一つ上の兄とは、元々うまく行ってなくてね。長男がいてくれたから、何とかうまく行っていたんだが、兄に一体何があったのか、女性と心中したというじゃないか。僕は高校生だったんだけど、ただの自殺ではなく、心中だったって聞いた時、兄に心中するような相手がいたのかと思うと、意外な気がして、本当に心中なのか、最初はどうしても信じられなかったんですよ」
「でも、今はお兄さんともうまく行くようになったんでしょう?」
「うまくいくというよりも、お互いに自分の考え方がいろいろ見えてきたような気がしてきたんだよね。それまでは、何だかんだ言っても、長男がいてくれたことで、甘えがあったことには違いないだろうからね」
「私たち三人も、それぞれ適度な距離を持っているんですよ。性格もそれぞれに違っていると思うし、でも、そんな中で一番上のお姉さんが一番遠い距離にいるような気がします。私と一つ上のお姉さんは、それぞれ牽制し合っているような気がするんだけど、まだまだ甘いところがあるんじゃないかって思うんですよ」
「そうかも知れないね。僕も一つ上の兄には、頭が上がらないところがあるんだけど、でも、追いつけない気はしないんですよ。今は兄として上を見ていると、そのうちに対等になって、すぐに追い越しちゃうんじゃないかってね」
「並んでからが早いということ?」
「そうだね、並んだ時点で相手がすべてを悟るんじゃないかな? 弟に追い越されることが必然だったことを」
 追いかける方よりも、追いかけられる方がプレッシャーだということは分かるが、追いかけられていることを分かっておらず、気が付いた時には横に並ばれていたということであれば、プレッシャーが劣等感に変わる。相手からの優位性を感じた瞬間に、今度は相手の背中しか見えなくなる。
 相手は、今まで自分よりも後ろを歩いていたはずだ。年齢で追いつくことができないのと同じで、特に弟からは追い抜かれることは絶対にありえないと思っていたことが、いつの間にか追い越されていて、見えているのは相手の背中だけである。
「あんなに大きかったのか」
 と感じた時、弟がどういう目で自分を見ていたのかということを想像してしまう。
 由美も、姉二人の背中を見つめていたが、時々、
――自分が先頭に立ったら、二番目は誰なんだろう?
 と考えたことがあった、
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次