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短編集54(過去作品)

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 こちらの世界は、子供の頃に唯一冒険心が働いて出かけていった防空壕への思いがそのまま残っていて、夢への入り口の役目を果たしていることによって、見ることのできるものだ。リアル感はあり、自分の中で納得のいく夢である。同じ夢を何度も見るのは本当に存在している世界を垣間見たいという気持ちの表れなのか、それとも自分の潜在意識が作り出す、一生に一度の裏の世界なのか、いろいろ考えてしまう。
 こちらの世界の人間はまだ、父と母しか知らないが、どうやら、鏡のようになっていて、同じ人間が存在しても、それはすべて正反対の性格を示しているようだ。
「俺もこの家の中にいるんじゃないだろうか」
 父親の憔悴した姿、母親の罵声、ここまでは何度も見たような気がする。ほとんどが同じシチュエーションで、夢から覚める時も、
「ああ、また同じところで終わってしまった」
 と感じる。
 目が覚める時の印象がそのまま残っているので、もう一度同じ夢を見る時も、目が覚める瞬間が分かっての夢だった。
 武は、同じドラマをビデオに撮って、何度も見るくせがあった。本当なら一度だけでいいのに、何度も見返すのである。
「最初に見た時と、二回目に見た時とでは、どうも雰囲気が違っているんだ」
 と思えてくるのである。
 二度目よりも三度目、味わいのある話には奥深さがあるが、あまり味わいを感じさせないドラマでも、何度も見てしまう。そのうちに最初に見たものを信じなくなってしまっていた。
 子供の頃から、自分で見たり聞いたり触ったりしないと気がすまない性格だったことが影響しているのかも知れない。最初は無意識に何度も同じドラマを見てしまっていたが、心のどこかで、第一印象を信じない自分を憂いていたに違いない。
 夢が少しずつ進化していることに気付かないまま、ついに家の中を覗くことができるようになっていた。
 罵声を浴びせている母親の顔は、もはや武が知っているとはかけ離れていた。間違いなく母親なのだが、その迫力はまったくの別人である。
「やはり見るんじゃなかったな」
 と感じてしまった。
 母親を見てしまうと、今度は自分を見てみたい。だが、母親を見るよりも自分を見る方が数倍勇気のいることだ。
 この世界では、相手から自分の姿は見えないようで、母親の目の前に現われても、まったくこちらを見ようともしない。視線が合わないばかりか、本当に目の前に立っても、母親の視線は身体を突き抜けたはるか向こうへと向いていた。
 武の部屋は二階にある。二階に上がって部屋を覗くと、そこには後ろを向いて勉強している自分が見えた。
 完全に集中している。後姿だけでも分かるもので、武は一つのことに集中していると、まわりが一切見えなくなる性格だった。
 しかも相手からはこちらが見えるはずはなかった。少々近づいても分かるはずがない。その気持ちが武を大胆にさせた。
 武の部屋の奥には鏡があった。思わず、鏡を覗きこむと、そこには自分が立っている。
「俺ってこんな顔をしているんだ」
 人の顔を見ることが一番少ないのは、誰あろう自分である。鏡を見なければ自分の顔を見ることができない。当たり前のことだが、その時は自分の顔にどこか違和感があった。
 確かに自分なのだが、いつも見慣れている顔なのに、違和感がある。
 そう思うと、鏡の中の自分が爪を噛んだ。
 爪を噛むくせは武のものだった。だが、それは高校の頃まではあったが、さすがに高校を卒業してからはなくなっていた。鏡の中の自分は被写体である本人の意志に逆らうかのように爪を噛んだのだ。
 隣で集中して勉強している武を横目で見ると、奇しくもちょうど爪を噛んでいるところだった。この世界の自分にも同じくせが存在しているのだ。
――まったく別の性格の人間が存在しているんじゃないのかな――
 と思ったが、どうやら違うようだ。
「ふふふ」
 集中していると思っていたもう一人の自分が笑っている。笑いながら振り返ると、そこには見覚えのある鏡に写るはずの表情をした自分がこちらを見上げているじゃないか。
 急に怖くなって後ずさりをしたが、
「そんなに驚くことはないよ。この世界は君、つまり俺が作り上げた世界なんだろう?」
「そうだけど、これは夢の世界じゃないのか?」
「夢の世界? ああ、君たちの世界では夢の世界と言えるね。でも、君たちが考えている夢とは少し違うのさ」
「どういうことだい?」
「この世界は、あくまでも自分が中心なのさ。自分がいてまわりがその影響を受ける。そういう単純な世界さ。どうやら君は信じられないって顔をしているね。だけど、君たちの世界だってそうなのさ。君がまずいることが中心で、それでまわりに広がっているのさ」
「それじゃあ、それぞれの人の数だけ世界があるってことなのかい?」
「ああ、皆自分が中心だと思っていないから、人の意見を取り入れたりしているが、実際は皆同じ世界だと思っていても微妙に違っている。人の見る目の高さが違うだけで、まるっきり違う世界が見えている人がいるだろう? その人の錯覚ではなくて、それが本当の世界なのさ。今君が感じているようにね」
 今までに自分が夢に出てきた瞬間、いつも目が覚めていたのを思い出した。夢の世界であっても、同じ人間が存在しえることを潜在意識が許さないのだ。どこで許されないと感じているのか分からなかったが、こうやって、今もう一人の自分からいろいろと話を聞いていると、分かってくる部分も多少なりとは出てきた。
「きっと、今君は頭の中で彷徨っているのさ。人間、そんな時期が何度もやってくるもので、それを乗り越えて新しい世界が見えてくるのさ。きっと今まではそれが無意識だと思っているんだろうけど、いつも夢の中で俺は君に遭っているんだよ。ただ、目が覚める瞬間に忘れていくようにコントロールされているんだな。それは俺がすることではなく、君本人が本能としてすることなんだよ」
 防空壕の明かりが薄暗かったのを思い出した。
 だが、その明かりも最初に見た時は一瞬明るかった。すぐに暗くなるので、無意識に目を瞑ってすぐに目を開けてみると、また一瞬明るい光が見えた。その繰り返しを何度やったことだろう。そのことを今思い出しているのは、夢から覚める時に同じことを感じていたのを思い出したからだった。
 それを思い出すと今度は夢を忘れることはないと思う。不思議な話だが、説得力はある。何しろ説得しているのが自分だからである。
――本来なら自分が一番信用できなかったはずなのに――
 今度夢から覚める時、意識がハッキリしてきて目の前にあるものが鏡であるという気持ちを持ったまま、武は自分の身体が次第に動けなくなるのを感じていた……。

                (  完  )


作品名:短編集54(過去作品) 作家名:森本晃次