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短編集54(過去作品)

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 子供にその場の空気を説明しても仕方がないと思ったのか、母親はそれ以上何も言わなかった。
 それからハッキリとモノをいう武を、
――天邪鬼――
 という言葉で表現するようになった。実際の天邪鬼とは少し意味が違っているが、少し皮肉を込めた意味での言葉だったことは武には分かっていた。
 そんな武が洞窟に集中していると、中が暗くて奥行きがどれだけのものなのかというのが分からなかったはずなのに、次第に目が慣れてきたのか、中に明かりが見えていくのを感じた。
 すでにその時にはまわりが見えなくなっていた。物音も聞こえない、まわりの気配も感じない。洞窟の中に集中しているだけだった。
 夢だと思っているのは、そこから先のことがあるからだった。洞窟の中にゆっくりと入っていく。最初は、
――大きくなった自分の身体が入るんだろうか――
 と思っていたが、考えてみれば、大の大人も入れるほどの防空壕である。いくら大きくなったとはいえ、子供が入れないわけはない。
 そう思いながら身体を入れてみると、思ったよりも窮屈ではない。ただ、湿気を帯びているせいか、空気は若干重たく感じられた。
 中に入ると、汗が滲んできた。狭さを感じない分、湿気による空気の重たさが思ったよりも暑さを感じさせるのかも知れない。
――夢だと思っているのに、汗を掻くなんて――
 夢の中でというよりも、起きてから汗を掻いているのを感じることは何度もある。あるいは、汗を掻き始めたと感じたから、目が覚めたということも何度かあった。しかし、汗を掻いているのを感じたのに、目が覚めなかったのはどうしてであろうか。やはりそれは夢ではなかったのかも知れない。
 それにしても、細部に渡ってしっかりと覚えているところもある。かと思えば、辻褄の合わないところもいくらか存在している。しかも、自分は子供だと自覚しているのに身体が大きいという感覚は、大人になってから子供の頃の夢を見ている証拠ではないかとも考えられるからだ。
 大人になって学生時代の夢を見る時も同じである。
 まわりは大学で、キャンバス内に自分はいて、テスト前だということで勉強している。だが、友達は皆就職していて自分だけが勉強しているのだ。そのくせ
――会社のことも気になる――
 と、なぜか就職している自分も感じてしまう。もう一人の自分が夢の中に存在しているかのごとくである。
 防空壕の奥には明るい世界があった。短いトンネルのようになっていた。
「あれ? 変だな」
 向こうの世界はだだっ広く、とても敷地内とは思えない。防空壕の穴の奥は間違いなく建物の塀になっていた。
 入ってから少し下がった気がしたが、一メートルも下がっているわけではない。しかも小さな丘になっているので、そんなに下に穴を掘る必要もない。下に穴を掘る代わりに丘を作ったのか、丘があるからここに防空壕を作ったのか、都合のいい地形になっていることは間違いのないことだった。
 何かが変だと感じたのは、穴に入った時、背中に太陽を感じていた。まだ日がそれほど高くない午前中だったはずだ。だが、穴から出ると最初に感じたのは太陽の眩しさだった。暗い穴の中に慣れていたので、明るさはまともに目を指した。目を指すということは、目の前に太陽があるということで、穴に入った時とは明らかに位置が違っている。
 身体に気だるさを感じた。遊び疲れた時の気だるさで、眩しい太陽も次第に黄昏を感じる。
「あれは夕日だ」
 沈み行く夕陽をマジマジと眺めたことはないが、身体全体に浴びた時の気だるさは、子供の頃に毎日のように感じていたものだ。特に最初ゲームばかりしていて表で遊ばなかった時代があって急に表で遊ぶようになった時に感じた夕陽が印象的だった。
 それからというもの、夕陽には何かの魔力を感じるようになった。大人になってからの武は物忘れの激しさに悩んだことがあった。
 記憶力は悪い方ではない。学校のテストなどで、暗記物は得意分野だったはずだ。だが、実際に覚えておかなければならないこととなると、すぐに忘れてしまう。
 理由は二つ考えられる。一つ目は、一つのことに集中するとまわりが見えなくなってしまうということ。二つ目は、メモを取っていても、そのメモをどこにしたのかすら忘れてしまうほど頭の中が整理できないことだった。この二つが微妙に絡み合って、記憶する力を削いでいるに違いない。
 仕事などで覚えようとすればするほど、その間に何か他の仕事が入ると記憶が飛んでしまう。得てして、その前後関係は覚えていることが多いのに、肝心なこととなると忘れてしまうのだ。プレッシャーに弱いとは自覚しているが、その影響があるのかも知れない。
 メモを取っても覚えられないというのは、整理整頓が苦手なせいだ。元々人から言われてすることへの反発心が人一倍ある武は、子供の頃から整理整頓にはやかましい親に育てられた。
 学校に鉛筆一本忘れただけでも、
「今から学校まで取りに行きなさい」
 と片道三十分の学校まで取りに帰らされたこともあった。
 その時の惨めな思い。
 取りに帰るという行為よりも、たった一つのもののために時間を費やさなければならないことへの理不尽さ、さらには、その理不尽だと思うことに逆らえない自分の情けなさ、そのすべてが忘れてしまったことへの憤りになっている。
 その思いが今度は忘却へと武を誘う。完全に悪循環と言えるのではないだろうか。
 学校が西の方にあったこともあって、いつも取りに帰らされる時の惨めな自分を夕陽が照らしている。
 夕陽に照らされて惨めにうな垂れながら学校へと向う自分を想像していると、顔が眩しくて見ることができない。
「見えない方がいい」
 情けない自分を見たくないという思いと、情けない自分を見て、その自分への同情で、何とか取りに帰らされることへの正当化を図ろうとしている自分もいる。その自分はきっと顔が見えないことをもどかしく思っていることだろう。
 大人になって夕陽を見ながら思い出す嫌な思い出に、これだけの想像を巡らせることができるのも防空壕の奥に見えた夕陽を感じたからだろう。夕陽が当たっている自分を見ているもう一人の自分は、本当に存在しているのだろうか。大人になってからの創造に過ぎないのではないだろうか。それを思うと、夢の中に時系列は存在せず、子供の頃の夢に出てくる自分は、本当に子供の頃の自分なのだと思えてくる。
――物忘れが激しいのではなく、すぐに記憶を封印してしまうんだ――
 忘れてしまいたくないという思いが強すぎて、すぐに記憶にプロテクトを掛けてしまうと考えることもできる。
 夢の中はある程度自分の都合よくできているものだが、実際には潜在意識の範囲内でしか存在しえない。
 自分が見ている夢なのだから、当然のことである。もし、その中に他人が介在しているとすればどうなるかということなど、考えたこともないからだ。
 向こうの世界には、最初人が誰もいないのだと思った。それは最初から夢の世界だという認識があったからだが、実際に入り込んでみると、自分のいる世界と変わりがない。
「あまり歩いていっては危険かな?」
 と感じたが、
「夢なら芽をカッと見開いて覚めてしまえばいいんだ」
作品名:短編集54(過去作品) 作家名:森本晃次