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短編集54(過去作品)

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 その時にはすでに自分と同じ色の影を見ることはなく、そういう意味での気持ち悪さはなかった。ただ、まったく変化のないものが大きければ大きいほど気持ち悪く感じるものだということがずっと残ったままだった。
 武は小学三年生の頃に比べて、かなり大きくなった。あの頃は友達の中でも小さい方だったのに、五年生になると、一番大きいのではないかと思えるほどになった。大きくなっていく過程の詳細な記憶はないが、時折小さかった頃のことを思い出すことがあった。それがいつも廃屋を通り抜けようとしている時だというのも、何かの因縁があるのではないだろうか。
 大きくなって見ると、今まで大きいと感じてきたものがすべてと言っていいほど小さく感じられるものだ。
 学校の校庭だってそうだし、教室だってそうだ。当然グラウンドも同じことで、体育の時間の百メートル走など、半分くらいの距離に見えてしまう。
 だが、あくまでも錯覚なので、実際に走ってみると長さは変わらない。それだけに、
――ゴールはまだか――
 とまだまだつかない現実にイライラしてしまうこともあった。
 その感覚はいろいろなところで見え隠れしていたのに、廃屋だけは変わらなかった。それだけ大きさ自体が想像を絶するものなのか、廃屋自体を意識している気持ちが大きいのか、よく分からなかった。
 防空壕への探検に関しては、夢だったのではないかと思っている。記憶も定かではないし、あまりにも現実離れしていたからだ。
 大きな身体で廃屋の中を覗くと、門から建物までが近くに感じられ、足元から伸びる影が建物の近くまで行っているのが感じられた。
 門から中に入った時には友達が数人いた。誰だったか覚えていないが、一人は仲間内でも一番身体の大きな友達だった。最初に建物を気にしていた友達である。
「中に入ってみると、思っていたよりも大きく感じるな」
 と言っていた。逆に武は自分が大きくなったからであろうか、小さく感じられて仕方がない。同じ景色を見ていて、最初に感じていた大きさと違う大きさを感じる人がいると思うと滑稽な感じがして、思わず失笑したが、友達がそれに気付いたかどうか分からない。
 屋敷に入ることはできなかった。いくら長く空き家になっているからといっても、鍵が掛かっているので、中に入ることはできない管理しているのが誰なのか、大家さんがいるのか分からなかったが、後で聞いてみると、すでにこの土地は、市のものになっているということだった。
 しばらくすると、建物自体の本格的な解体が始まった。ということは、この土地に入り込んだ無関係者は最後が自分たち子供だったということになる。いい悪いは別にして、それは印象に残っていた。
 門から建物の正門までは比較的雑草が少なかったが、庭の横に回っていくと、次第に生え放題になっていく。友達の中には身体が隠れてしまうほどのやつもいて、怖がって帰ってしまうやつが増えてきた。
 それまでの武だったら帰っていただろう。だが、自分の身体が大きくなったことでの度胸試しを兼ねていたことから、さらに奥へと進んでいく。
 奥に見えるのは小高い山のようになっているところだった。その上に木が生い茂っていて、昔の天皇陵を思わせる佇まいになっている。手前には柵が張ってあり、本来なら入れないのだろうが、その柵も錆び付いて、すっかり役に立たなくなっている。
 中に入ってみると、土の質が変わっているのに気がついた。それまで雑草の中であっても、普通の土だったのに、そこから先は、足元がぬかるんでいるように感じられる。ぬかるんでいて、しかも足に重たくへばりつくものがある。どうやら粘土質になっているようだ。
 湿気を帯びているのは感じていたが、その年の夏は雨が多く、冬が近づいても雨の量が減らないことから、足元がぬかるんでいるのは仕方がないことだと思っていた。
 足元のぬかるみを感じながら歩いていると、またしても恐れを感じてきたのか、一人が帰って行った。残ったのは、最初に言い出した友達と武だけだった。
 武はすでに前しか見えていない。一人ずつ減っているのは分かっていたが、それでも言いだしっぺの友達がいる限り気持ちは変わらないと思っていた。
 ぬかるみに足を取られないように歩いているつもりだったが、
「あうっ」
 と、足元を取られて、その場に尻もちをつきそうな状態になっていた。
「大丈夫か」
 今までは完全にガキ大将的なところがあり、まわりの誰からも一目置かれていて、実際にそれまで近寄りがたい存在とまで武に思わせていた友達が、その時には対等になっていた。
――こんな嬉しいことはない――
 自分の身体が大きくなったことで度胸試しを試みたのはあくまでも自分の中でだけのことだったが、すでに自分で確認する以前から認めてもらえたのだからこれ以上嬉しいことはない。
 だが、武の記憶はそこからが曖昧だった。
 足元を取られてよろめいた時、思わず掴んだ草を引きちぎったが、その先に見えるのは洞穴だった。
 生い茂った草が穴の中を隠し、ずっと今まで日の目を見ることのなかった洞穴、なぜ、こんなものが存在するのか最初は分からなかったが、洞穴を見ているうちにおじいさんの話を思い出していた。
「昔、戦争中には防空壕というものがあって、戦争に行かなかった人たちが空襲に備えて作っていた洞穴があったんだ」
 防空壕に関しては、テレビドラマなどで見たことはあった。洞穴というより、炭鉱に入っていく穴を思わせ、その時目の前にしているものとは程遠かったはずなのに、防空壕のイメージが湧いてくるとそれしか想像できなかった。
 確かにその穴は防空壕だった。
 きっと防空壕の中には明かりをつける場所もあれば、食料を溜めておくところもあったはずだが、真っ暗な洞窟になってしまったその跡には、時間の長さを感じさせざる終えないものがあったのだ。
 防空壕の中はヒンヤリとしている。
「おい、もうよせよ」
 という声が耳元でかすかに聞こえた。友達もさすがにびくついているようだ。だが、武は懐中電灯を手にしていた。最初から暗いところに入るのだから、明かりを用意しておくのは当たり前だと言わんばかりの用意周到さである。
 冷静さは、周りの認めるところだった。
 冷静さというよりも、
「子供のくせに」
 と言われるほどの、まるで天邪鬼と思われるほどしたたかなところがあった。
 合理主義者というべきだろうか。ファミリーレストランの会計をする時、自分たち家族の前にちょうどオバちゃん連中が会計をしていた。
「割り勘でお願いします」
 一人一人が千二百円くらいの料理に一万円で支払っている。かなりの時間を待たされた時、
「最初から小銭を用意していかないからさ」
 と小声ではあったが呟いた。母親はその発言に冷や汗モノで、何とか笑顔でごまかしていたが、その表情はこわばっていた。
「あんなこと言うから、お母さん焦っちゃったわよ」
 まわりすべてが同じ考えであることは一目瞭然だと思っていたが、誰も口に出さないところが子供心に不思議だった。母親も真剣に叱っているわけではない。
「どうして? 本当のことじゃないか」
「それはそうなんだけど、その場の空気っていうものがあるの」
作品名:短編集54(過去作品) 作家名:森本晃次