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短編集54(過去作品)

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穴の中の自分



                 穴の中の自分


 あれは何だったんだろう?
 子供の頃に入った小さな洞穴、すでに草が生い茂って、穴であることを知っている人は少なかった。廃屋になってしまった屋敷の中には、足を踏み入れる者もなく、大きな門も錆び付いていて、ちょっとやそっとでは開くことはできない。まわりには鉄条網が惹かれていたが、それすら錆び付いてしまって、壊れかけている壁の間から、中を覗くことはできた。
 誰もが気持ち悪がって中に入ろうとしない。建物も完全に老朽化し、「危険」という文字がいたるところで目立っている。
 廃屋に入ることは、学校からも禁じされていた。もちろん、大人も入れない場所なので、子供が入るなどありえないだろうと、却って安心しているのかも知れない。実際に立ち入り禁止の札も腐っていたようで、今にも落っこちてしまいそうになっていた。これは大人の関心がなくなってきた証拠であろう。
 しかし、それが却って幽霊屋敷の様相を呈していて、普通の子供は立ち入ろうとすることもなかった。
 小さな洞窟があるなんて、誰も知る由もなかった。きっと大人の中でも知っている人は少なかったはずだ。
 武少年は、ずっとこの屋敷が気になっていた。通学路に当たるので、気にならない方がおかしいというところだろうが、同じ通学路に当たる友達の中には、
「最初は気になっていたけど、途中から、すっかり気にならなくなっちゃった。だって、まったく変化がないんだからね」
「変化がない?」
「うん、中を気にしなければ、何も変わっていないからね。ただ草が生い茂っているだけの幽霊屋敷だよ」
 と言っていた。
 草が生い茂っているという言葉に少し違和感があった。
 最初、毎日のように生い茂っている草が、次第に伸びてきているのが気になっていたはずなのに、変化がないと言われてから後に見ると、まったく草が増えているように思えてこなかった。
 それこそ人間の心理というものだろうか。自分一人で思っている時には当然のごとくに感じていた理屈が、人のセリフによって、自分の中にある理屈を覆す結果になる。思い込みという言葉だけで片付けられない何かを感じてしまう。
 髪の毛が伸びる時を想像していた。
 散髪には二ヶ月に一回程度行けばいいのだが、最初に散髪してから二週間程度で少し伸びてくる。自分にとってはちょうどいいくらいだと思うくらいの長さまで伸びてきているのだ。
 それから約一ヶ月ほどは、ちょうどいい長さが続く。
「そろそろ鬱陶しくなってきたかな?」
 と感じるのは、それからだった。
 そう感じてくると、二週間くらいはあっという間であった。その間に伸びる感覚はなく、却って鬱陶しさに慣れてくるくらいである。ちょうど、廃屋の庭に生え揃った雑草は、自分の髪の毛で言うところの、最後の二週間を想像させた。
 確かに友達のいうように、それ以上伸びていないように思えた。飽和状態と言えるのではないだろうか。そんなことを考えていると、武自身もあまり廃屋が気にならなくなってきた。
 それが小学生の三年生くらいの頃だっただろうか。
 それから二年が経って、武も少し自分が大きくなってくるのを感じていた。
 まったく気にしなくなってしまった廃屋が気になりだしたのは、廃屋に何となく人の気配を感じたからだ。
 一日だけなら気にならないのだが、数日間気になってしまった。しかも誰かに見られているという感覚である。気持ち悪くなって気になってしまうのも仕方がないことだった。
 黒い影が蠢いていると思ったが、次の日に見ると黒ではなく、もっと他の色のように思えた。
 数日して気がついた。今から思えば一世一代の感覚だったのかも知れない。
「自分と同じ服の色なんだ」
 黒っぽい服を着ている時は黒い影が見えて、赤い色の時は赤である。自分のことが一番気がつかないという心理があるだけに、よく気がついたと感心していた。
 影が蠢いているという表現が適切かどうか分からない。一瞬気配を感じるだけなので、走り去っているようにも感じた。まるで自分の「影武者」であるかのようだった。
 だが、それも急に見なくなった。自分の服の色と同じだと感じてから、その感覚に間違いないと思うようになってから突然である。
 おかげで気になくなり、自然と影のことを忘れることができるようになった。
 武には、そういうところが小さい頃からあった。
 気になることがあっても、必ず何か解決の糸口が見つかって、最後は円満に忘れていく。気になったまま残っていくことがその時まではなかったのだ。
 そのせいもあってか、少し記憶が飛んでしまうことがあった。肝心なことを忘れてしまっていることがあるのだ。
 その時はしばらく忘れていたはずだった廃屋を思い出した。気にしていなかっただけであって、決して忘れてはいなかった。
――あるべきものがそこにある――
 という感覚は安心感を与える。安心感があれば、気にしていなくても忘れることはないはずだからである。
 あるべきものがそこにある安心感は、時として漠然とした感覚だけで時間を費やすこともある。他のことを絶えず考えているくせがある武少年は、その安心感があるからこそ、想像力も豊かになるのだと思っていた。それがなかなか行動力に結びつかないのは、まだまだ子供だったからであって、大人になれば、行動力も自然についてくると思っていた。だが、実際には人から話を聞いただけではなかなか信用することはなく、自分で見たり聞いたり体験したものでなければ信じないという性格であることに気付いたのは、行動力がついてきてからのことだった。
 行動力がついてくると思う頃までは、いつも一人でいた。友達がいないわけではなかったが、一緒に表で遊ぶということもなく、一人でゲームをしていたりする子供だった。まだゲームを一人でしたりしている子供が社会問題になる前だったので、母親は気になっていたことだろう。
 ただ、飽きっぽい性格でもあった。熱中はするが、すぐに飽きてしまう性格だったので、ゲームがうまく行かなかったりすると、すぐにやめてしまう。短気なところもあったので、一度やめてしまうと、なかなかもう一度しようとは思わなかった。イライラしてしまった印象をずっと覚えているからである。
 ゲームに飽きると、今度はテレビに夢中になる。夢中になるまではすぐなので、結構一人でいる時間も好きだった。
 だが、学校から帰ってくるまでに通る廃屋だけは気になっていた。廃屋を覗くようになってからというもの、学校でもまわりの友達が少しずつ気になり始めていた。
「おい、武。今度、一緒にあの廃屋を探検してみないか?」
 気になっている友達から声を掛けられた。その友達は最初、廃屋に変化を感じないと言っていたやつで、ずっと気にしていなかったはずなのに、最近どうも気にしているように見えていたからだ。学校の帰り道など、やつの後ろから歩いて帰ることが多いので、チラチラ気にしているのが見えていた。
――何かが変わったのかな――
 と思って見てみるが、武には友達が感じているものが何なのか分からなかった。
作品名:短編集54(過去作品) 作家名:森本晃次