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短編集54(過去作品)

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 勉強の合間に本を読む。本人にとっての気分転換であり、娯楽であった。スポーツをしてみたいと思ったこともあったが、中学入学の時、仮入部としてテニス部に入ったことがあった。
 最初は新入部員獲得のために先輩たちは優しかった。決して厳しいことを言わず、
「いいよ。いいよ」
 と言ってくれた。さすがに賢三も、
――本当はここまで甘いはずもない――
 と思っていたはずだ。だが、いつの間にかそれに慣れてしまった。
 人間頭で考えているよりも実体験する方が当然身体に染み付くものだ。
 それが数ヶ月するうちに先輩もいよいよ本性が現れてきた。
 罵声を浴びせるようになってきた。励ましが罵声に変わってきたのである。
――ここまで豹変するものなのか――
 と思ってしまったほどで、しかも、練習が終わってからの一年生は、使いっ走りをやらされたりしたものだ。
「こんなことをするために入部したんじゃない」
 と声に出さないが視線を送ると、さすがに先輩も察知したのか、賢三に対して露骨に嫌味なことを始めるようになった。
 理不尽なのは、
「連帯責任だ」
 一人が何かをミスすれば、全員がそれをかぶらなければならない。テニス部に限らず、どこのクラブも同じところがあったが、これこそ理不尽だった。確かに連帯責任ということで誰もが注意をするようになればいいのだが、先輩の態度を見ていると、そんなことを考えているふしはない。完全な「苛め」であった。
 賢三の「嫌気はピークに達し、結局仮入部の段階で退部していった。仮入部の段階であれば、退部もそれほど難しいものではなかった。
 実際に退部して表からテニス部を見ていれば、実に小さな集団であった。あれだけ絶対的に見える先輩たちもお山の大将にしか見えない。
 冷めた目で見ていた賢三でさえ、テニス部在籍中は先輩たちの存在は大きなものだったのだから、頑張っている連中は神様のようにさえ見えていただろう。ある意味まっすぐな性格なのだろうが、彼らもいずれは先輩になる。先輩になって後輩が入ってきた時には同じことをするに違いない。それが理不尽に思えた。
 孝也の考えは違っていた。
 野球部にも同じような傾向があったが、孝也は賢三のように冷めた目で見ることができず、しかも辛抱強かった。
 理不尽だと思っていても、
「何か理由があるんだ」
 と考えるタイプである。冷めた目とはまた違った意味で、違う視線から事態を見つめようとするところがある。これは孝也の長所であろう。
 賢三の冷めた目で見る性格も、賢三自身は長所だと思っている。また、そんな性格を知っている孝也も、それが賢三の長所だと思っている。
 孝也は賢三の性格を知っていて、敬意を表することができるが、賢三は孝也の性格を知っているのだろうか。
「いや、知っているだろう」
 孝也はそう思っている。思っていて、
「でも、兄さんは決して敬意を表するようなことはしないだろうな」
 と感じていた。
 負けん気の強さは孝也の方が強いが、相手を認めるところはちゃんと認めるのも孝也である。賢三は相手を分析する力には長けているが、それはあくまでも自分と比較するためのものであって、相手に敬意を表するまでは行っていない。
「兄さんは、気持ちに余裕が持てないのかな」
 と考えたが、それも本を読むようになって少し変わってきたかも知れない。
 賢三が本を読むのが好きになって、孝也はその気持ちが分からなかった。アウトドア派で身体を動かすことが好きな孝也は、まず行動だった。
「考えるよりも行動」
 その気持ちが時々命取りになりかねない。
「一度立ち止まって、今自分のいる場所を確認するくらいの気持ちに余裕がなければいけない」
 これが賢三の考え方であった。
 一時は、そんな賢三の考え方に嫌悪を感じていた孝也だったが、高校生になる頃には、兄の賢三を見ていて自分が兄の背中ばかりを追いかけていることに気付いた。
「どんなに頑張ってみても、年齢差を越えることはできないんだ」
 いつの頃からか、そのことを考えるようになった。賢三も決して後ろを振り向こうとはしない。だから、背中しか見えてこないのだ。
 そんな弟の視線を知ってか知らずか、しばらくは一人でいるしかない性格だった。人との会話が苦手で、何を話していいのか分からないという。そんな兄の気持ちは性格的にはまったく違う弟だったが、孝也には分かっていた。
 孝也も、小学生の途中くらいまでは、何を話していいか分からないタイプだった。孝也の場合は友達がよかったのだろう。
 クラスメイトに話をしてくれる友達がいたからだ。こちらから話しかけなくても、その友達から話題を振ってくれる。
「どうして僕に話し掛けてくれるんだい?」
「なぜかなぁ、放っておけないんだよ。そんなに世話焼きって感じでもないんだけどね」
 確かにその友達は誰ともうまく付き合っていけるが、孝也以外の友達に自分から話しかけることはしない。後から冷静に考えれば分かったのだが、要するに彼は自分が優位に立てる相手が欲しかっただけのことだった。
 本人が気付いていたかどうかまでは分からないが、結果としてはそうなった。それでも友達関係がぎくしゃくするわけではなく、ある意味お互いの利害関係が一致していたのが功を奏したのかも知れない。
 賢三にはそんな友達はいなかった。話しかけるとすれば孝也だけだった。孝也が友達の影響で明るくなると、賢三に対して優位になれた。
 孝也には明らかに自分が優位であることは分かっていたが、それでも自分以外に話しかける人がいないという事実から、いずれは自分のように明るくなってくれることを望んでいた。
 それは都合のいい考えでもある。親切の押し付けにも繋がる気持ちであった。賢三ほど冷静で勘が鋭ければ、孝也の考えくらいは見抜けるであろう。それでも文句一つ言わずに話をしてくれていたのは、血のつながりのある弟だったからであろうか。
 弟であれば、優位は自分の法にある。話を合わせてあげているという気持ちもあったのかも知れないが、孝也はそれでもよかった。人と話ができるようになるには、何かのきっかけがいる。そしてそのきっかけを見つけるのは自分自身であるからだ。
 兄の姿をいつも後ろから見ていて、時々大きく見えたり、小さく見えたりすることがあった。
 それでいて、兄の背中を意識して見つめる時の兄までの距離は、まったく同じだったのだ。
 それは意識してのことではなかったが、結果として同じ距離である。意識していないつもりで意識していたと言った方がいい。
――気がつけば、いつも同じ距離だった――
 というのが、孝也が説明できる唯一の言葉である。
 兄の背中を見ていると、友達に言われた言葉を思い出す。
「なぜかなぁ、放っておけないんだよ」
 兄の背中から話し掛けている自分に気付くが、後ろから見つめている弟を振り返ることをしない。
――どうして振り返ってくれないんだろう――
 何度も考え、聞いてみたこともあったが、
「見つめられているっていう意識がないんだ。視線を感じないんだな」
 と言っていた。
作品名:短編集54(過去作品) 作家名:森本晃次