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隆子の三姉妹(前編)

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 自分が汚いかどうかというのは、その後の展開によって大きく変わってくる。特に女の子は、潔癖症だと思っているので、自分に汚さというのはありえないという考えが最初にあるのだ。
 思春期の由美の自分に対しての考え方は、「減算法」だった。
 まずは百パーセントから始まる。つまり、
「自分は汚くなんかないんだ」
 という考えから、すべてが始まるのだ。
 そうでなければ、まわりに対して相当な汚さと嫌悪感を抱いているので、自己否定を最初にしてしまえば、そこで終わってしまう。
 まわりと接して行くたびに、自分の汚いところが徐々に見えてくる。それは将棋の最初に並べた布陣に似ていた。
「将棋で一番隙にない布陣は最初に並べたあの形だ」
 と、中学の先生が話してくれたが、最初は意味が分からなかった。
「一手打つごとに、そこに隙が生まれる」
 と言われた時に、由美は目からウロコが落ちた気がした。
 自分が汚い人間かどうかというのは、まわりの影響も考えながら、すぐには結論など導き出せないと思った時、将棋の布陣を思い出した。いかなるプロセスを持って結論を見出すかというのも問題の一つであった。
 汚いということが自分で分かったとしても、もし別の方向から見れば、少し違った雰囲気に見えるかも知れないと思うと、人の視線をどのように感じるかで、自分の汚さが違って映るのではないかと感じた。やはり、自分が汚いかどうかの結論は、自分一人だけで決められるものではないようだ。
 由美のファーストキスは、甘い思い出だったが、それだけでは済まなかった。
 好きだと思い始めていた彼が、それからしばらくして他の女の子とキスをしているところを見てしまった。ショックでしばらく口が利けなくなったほどだったが、悩んで悩みぬいた後に由美は、自分が本当に彼を好きであることに気が付いた。
 彼も、他の女の子とキスをしてしまったのは、相手に無理やり迫られたと言っていたし、よく考えてみれば、相手の女の子は彼のタイプではなかったからだ。彼の言葉を信じた由美は、自分の気持ちに気が付いたことを本当によかったと思い、これで二人の仲がさらに深まることを確信したのだった。
 由美は、彼のことが好きだった時期を遡って考えることができた。やはり最初から好きだったと思う方が自然で、それを淡い恋心と言えなくもなかったが、まだ異性を意識する時期でもないので、それは恋ではなかっただろう。
 もし、恋がいつからなのかと聞かれれば、
「キスをした後からかな?」
 と、答えるだろう。
 だが、由美の中では、それでも釈然としないところがあった、
――キスをした時は、初めて自分の気持ちに気が付いた時であり、その気持ちは形になって現れたものだ――
 と感じていた。
 恋というのは、何かの形があって成立するものなのかということに疑問を感じていた由美は、恋はもう少し前だったように思えた。
 形があって人に恋をするというのであれば、それは自分にも恋心が燻っていて、分からなかっただけではないだろうか。形を相手が表すことで、お互いに気持ちの行き来が成立し、その中で相手が自分を思う気持ちに対して、自分の気持ちが間違っていないことを感じると、恋を確信する。由美はそこからが恋だと思っている。
 このことを他の人に話すと、
「あなたって、そんなに現実的な人だったの?」
 と言われてしまった。
「恋なんていう感情は、おぼろげな時からが恋というものじゃないのかしら? すべてが分かってしまってからは、そこからが発展性。だから、私は、自分が恋を感じた時から、遡る必要があると思うの」
 この時に、初めて遡るという感覚が由美の中に芽生えた。だから、今から考えると、好きだった時期と、恋をした時期に差があるというのも理解できる。
「好きになったから、恋をする」
 言葉だけを聞けば、当たり前のことのように聞こえていたが、実際に自分のこととなると、理解するまでにかなり時間が掛かった。それでも、由美は自分で気が付いたからまだいい。まったく気付かずに大人になってしまう人もいるだろう。純粋なまま大人になったという意味では、男性には新鮮に見えるのだろうが、大人になる過程で、何も分からずに過ごすことを、「もったいない」と感じる由美だった。
 ただ、彼に恋をしていた時期は、思ったよりも短かった。
 高校を卒業する頃までは、
――私はこの人と結婚するんだ――
 と思っていた。
 彼は大学進学を希望し、姉たちがいる街の大学を受験し、合格していた。
 由美は、最初こそ、彼と同じ大学に進むことを目指して勉強していたが、途中で急に気持ちが冷めてきた気がしたのだ。
 それは彼への恋心が冷めてきたわけではなかった。受験ということと、彼への恋心を一緒に考えている自分に疑問を感じた。
 一度疑問を感じてしまうと、それ以上先に進むには、それまでの勢いだけでは足りない何かを見つけなければいけないことに、その時の由美は気付かなかった。一度立ち止まってしまうと、見えているはずのものに、手が届きそうなはずなのに、手が届かないことが分かると、それまで見えていたものが見えなくなってしまう。
――私は、一体何を見ていたのかしら?
 それまで必死になって追いかけていたものが、まるで夢でも見ていたかのように分からなくなってしまう。
 もちろん、彼と同じ大学に進みたい。そして彼と一緒にい続けることで、最後には結婚したいという思いは分かっている。そして、自分が大学受験のために必死に勉強していたことも分かっている。それなのに、彼と一緒にいたいという感情と、大学受験のために頑張っている感覚とが結びつかないのだった。
――なぜなのかしら? こんなことは今までにはなかったことだわ――
 と、由美は自分がパニックに陥りかけているのを感じていた。
 それまで、まわりとの間でパニックに陥ったことがなかったのに、いきなり自分のことでパニックに陥ってしまうと、本当にどうしていいのか分からない。自分のことなので、人に相談するわけにもいかない。人が結論に導いてくれるわけではないからだ。
 由美の中では、
――これを乗り越えると大人になれるんだわ――
 という冷静に自分を見る目が備わっていることにビックリしていた。パニックに陥りながら、冷静な自分もいる。そう思うと、パニックが長くないことを確信していた。
 だが、どうやって抜ければいいのか分かるはずもない。いろいろ考えていたが、そのうちに、考えるのを止めてしまった。それが功を奏したのか、開き直りに繋がったのか、何かを考え始めると、それが、裏付けになっていくことが分かってきた。
――自分の中の考えなのに、相手のことを考えてしまうから、結論を導けないんだわ――
 と考えるようになった。
 つまりは、ある程度まで結論の寸前まで行っていながら、そこで邪念が入ってしまうために、考えが再度元に戻り、そこからは無限ループを繰り返すようになる。前を向いて歩いていたはずなのに、気が付けば、反対方向を向いていて、しかも、スタートラインに戻っているなど、誰が想像できるだろう。別世界が開けたような感覚になることで、パニックを乗り越えられないことを理解できないのだ。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次