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隆子の三姉妹(前編)

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 昔から勉強が嫌いで、やる気のない人の言葉であれば、説得力などあるはずもない。由美のように勉強が好きで、それなりの成績を残している人間がいうのだから、信憑性もある。そういう意味では、説得力があるくせに、由美のような人間が大学で勉強しないのは、世の中の皮肉に思えて仕方がない。
「あの娘には、入学試験くらいは受けさせてみたかったわね」
 と、ずっと由美と一緒に住んでいれば、その言葉を吐くのは隆子だっただろう、
 洋子は由美が自分に対して極端なまでに闘争心を燃やしていることに気付いてはいない。だが、由美に対しての気持ちは闘争心という意識まではないが、見えない力に操られ、お互いの意識が、どこかで一度交差して、さらに離れて行きつつあることに気付かない。いつまで経っても相手が見えてこないことに、焦りのようなものを感じていた。
 由美は完全に五月病から復活していた。
「以前の由美の明るさを取り戻したみたいね」
 と、二人の姉は喜んでいたが、本当のところの事情が違っているのを知っているわけではなかった。
 由美が、勉強も好きで、大学入学できるだけの十分な成績であるのに、大学受験をしなかった本当の理由は他にあったのだ。
 確かに受験のための勉強をしたくなかったというのは本当なのだが、その思いは由美だけではなく、誰もが思っていることだ。それを理由にしてしまうのであれば、理由としては軽いものではないだろうか、相手が妹ということが贔屓目になって、妹の言うことを鵜呑みにしてそのまま信じてしまったのも無理のないことだろう。
 由美には高校時代まで好きだった男の子がいた。
 由美とは幼馴染で、絶えず由美に対して自分に優位性を持っていなければいけないというおかしな観念を持っていた。
 最初は由美もそんな男の子に対して、友達以上の感情を持つなどありえないと思っていた。友達までであれば、彼の持つ自分に対する優位性も許せると思ったからで、一緒に話をしていても違和感はなかった。
「幼馴染だからな」
 というのが彼の口癖で、
「そうね、幼馴染」
 と由美の方からも、同じ言葉で相槌を打っていた。
 二人が使う「幼馴染」という言葉、微妙にニュアンスが違っている。
 相手の男の子の幼馴染という言葉の使い方は、完全に自分の態度に対しての言い訳であり、そのことを彼が意識しているのか、由美には分からなかった。しかし、由美が使う幼馴染という言葉は、相手に対して、言い訳だということを分かっているという意味で、繰り返しているのだった。由美自身、自分が相手への警告で繰り返しているという意識をハッキリと持っている。だが、実際には自分で発した言葉が言い訳であることを自覚していない相手に、繰り返して言っても、それは寝耳に水だった。
 そういう意味で、彼は鈍感な性格だった。
 要領も決していいとは言えず、不器用な性格であることに間違いはなかった。そんな彼のことを意識するようになったのは、中学三年生くらいの頃からだっただろうか。同じ高校に入学し、一年生の時に同じクラスになったことを、由美は運命のように感じていた。
 運命を感じた由美は、それから少しずつ彼への気持ちが接近してくることを感じていた。それまで男の子を好きになったことのなかった由美が最初に好きになったのが幼馴染の男の子。由美の中では、
――幼馴染でよかった――
 と感じていた。
 初対面の人を好きになる。つまりは一目惚れということに憧れも感じていたが、やはり相手の性格をしっかり知った上で好きになるものだと思っていることから、まわりの友達が話しているような、知り合ってすぐに付き合いだしたなどという話を、俄かに信じることはできなかった。
 幼馴染の彼が、由美を意識するようになったのは、由美が彼を意識し始めてから数か月も経ってからのことだった。
 あれは、夏休みも終わり頃の、花火大会の日だった。
 シチュエーションとしてはありがちだが、由美の方は最初から彼のことを意識していたので、
「ねえ、花火大会、一緒に行きましょう」
 と誘った時、まだ由美を幼馴染としてしか見ていなかった彼は、
「ああ、いいよ。でも、女の子同士で行く約束とかはないのかい?」
 と言われて、
「いいの、私がいいって言うんだから」
 と、少し強引だった。
 本当は彼の方が優位性を持っていないといけないはずだったが、その時初めて由美の強引な態度に、少しビックリはしていたが、素直に彼も従った。
 由美はそれを、彼の中で何か由美に対して心境の変化があったのではないかと思ったが、当たらずとも遠からじ、一緒に花火大会に行って、二人一緒に空を見上げていると、由美の中で、
――まさにこれを青春というのかしら――
 と感じさせられた気がした。チラリと見えた彼の横顔を垣間見た時、
――本当に二人だけで来れて、よかった――
 と、これから先の展開がほとんど何も変わらなくても、それだけで満足できるのではないかと感じた由美だった。
 その日は、彼とキスまでできた。
 女性に対して絶えず優位性を保ちたいと思っているような朴念仁とも思えるような男性とファーストキスするなど、想像もしていなかったことにやっと気が付いた。
 由美にとって、彼は確かに初恋だった。しかし、自分が好きだった時期と、恋だと思っていた時期にずれがあることを、ずっと知らずにいた。
 好きだった時期は結構長かったはずだ。
 ひょっとすると、小学生の頃から意識していたのかも知れない。二人は幼稚園からの腐れ縁だとお互いに言い始めたのは中学になってからだったが、それまでに好きになった時期は確かに存在した。
 お互いに溜め口を聞くようになるというのは、やはり好きだという意識が多少なりともあったからだろう。
 由美は、自分がまわりの人への依存性の高いことを分かっていた。三姉妹の末っ子だということも、その意識を証明しているように思えたからだ。
 ただ、自分の依存症が彼に対してあったという意識はなかった。相手に優位性があるのが分かっていたので、依存してはいけないと思っていた。だが、溜め口を聞くようになってから、依存できないことに対して苛立ちを覚えるようになっていた。
 ちょうど思春期の女の子、一番身体に変化が訪れ、身体だけでは飽き足らず、精神にまで影響をきたしていた時期なので、依存してしまうのも、仕方がないのかも知れない。
 それを自分では、まわりと自分に対しての不安だと思っていた。
 自分の精神状態よりも、はるかに身体の成長が早く、精神が追いついていないことに、すべてのバランスが崩れてしまうことが原因だった。
 身体と精神のバランスが崩れれば、一気に不安が押し寄せてくるというのは、今であれば当たり前のこととして受け入れることができるが、その頃は分からなかった。一番変化が序実に現れる時期に、精神的に不安定になってしまえば、自分ではどうコントロールしていいのか分からなくなる。
 それは、自分だけに言えることではなく、まわりの同級生皆が同じことだった。
 中学時代は。自分以外のものを、「汚い」という意識が強かった。それは自分が汚いかどうかが基準ではない、まわりはすべからく汚いものだという意識が最初にあった。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次