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隆子の三姉妹(前編)

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 マスターと話をしている二人を見ながら、由美はニコニコ微笑んでいた。連れてきてよかったと思っているのだろう。ちょうどその日は他に客もなく、ずっと三人だけだった。元々こじんまりとした店なので、客も一人の人が多いという。一人静かにしたいと思ってやってくる客には、三姉妹は眩しく映ったに違いない、
「この店に来ると、あっという間に時間が過ぎるというお客さんが多いんですよ。それでね、そのうちに『私が皆さんの時間を食べてるんですよ』って冗談で言うと、それが話題になったりしてですね。ここのブログで皆さんがそういう会話をしているのを結構見かけました。ここに来ている時は、どなたもお話をしないんですが、ネット上では結構会話をされているんですよ。それって結構楽しいですよね」
 とマスターは楽しそうに話してくれた。それを聞いて隆子と由美は楽しそうに笑っていたが、洋子だけは笑っているように見えるが、若干表情が引きつっていた。話を聞いて、笑い飛ばすことができないようだ。
 隆子も洋子も、今までにスナックには行ったことがあったが、バーというのは初めてだった。値段のリーズナブルで、何よりもスナックとの違いは、料理がおいしいことだった。その店はパスタも自家製であり、カボチャやホウレンソウなどの野菜を塗りこんだ麺をオリジナルメニューとして出している。
 店を出てから三人は家に帰り、マスターや店の話に興じた。
「マスターのお話、面白かったわね。特に時間を食べるなんて発想、なかなか出てこないわよね」
 と、洋子がいうと、
「そうね、私は今までにも、同じように時間があっという間に過ぎてしまったという感覚を味わったことがあったんだけど、その時も、誰かが時間を食べているんじゃないかって思ったこともあったのよ」
 と、隆子が話した。
「じゃあ、お姉さんは、マスターと同じような気持ちになったということよね。人間って意外と同じ環境に陥ると、同じ発想をするものなのかも知れないわね」
 洋子の意見にも一理ある。隆子もマスターの話を聞いた時、同じ発想だったことにビックリした。ただ、皆が皆同じわけではない、たまたま同じ意見の人が近くにいたということであり、それよりも、同じ感覚になった相手がこんなに近くにいるということが、隆子にとって不思議な感覚だった。
「私ね、人と夢を共有したように感じたことが、以前にあったの。その人に聞いてみたけど、そんなことはないってあっさりと言われて、その話はすぐに終わったんだけどね」
 隆子が洋子に自分の夢について話をしたのは初めてだった。その日の隆子は少し変だったのを、洋子は後になって思い出した。ひょっとして、洋子のその日は、普段との違いを自分の中でも気付いていたのかも知れない。
――今日のお姉さんは何か変だわ――
 と、洋子は感じていた。隆子のマスターへの気持ちに隆子自身がまだ気付いていなかったので、洋子もウスウスは感じていたとしても、
――まさか、そんな――
 と、すぐに打ち消していた。
 隆子が以前、一人の男性と付き合いがあって、結婚寸前まで気持ちが入っていたことを洋子は知らない。隆子が都会に出てきてすぐのことだったのだが、隆子にとってそれがトラウマとなっていた。
 洋子自身、その頃まで、実は男性と深く付き合ったことはなかった。大学に入学するまでに二浪してしまった洋子は、今年三年生になるのだが、浪人時代に遊んでいる友達を見ていて、自分は勉強を頑張るという強い意志を持っていた。それなのに、遊んでいた連中が翌年にはしっかりと大学生になっていて、自分だけが取り残されてしまった。これほどのショックはさすがになく、自己否定の毎日を送っていたが、
――要領が悪いのかしら?
 と考えるようになっていたが、根が楽をすることを嫌うたちなので、要領の悪さに関しては、自分では短所だとは思っていない。そこが自分の置かれた立場とのジレンマに苦しむことになる要因なのかも知れない。
 洋子は成績が悪かったわけではない。受験に関しては運が悪かったのか、やはり、要領の問題なのか、本人にもよく分かっていない。それでも、大学時代には、一皮剥けた気がしているのは、少しは融通が利くようになったことであろうか。よく言えば、生真面目なところがある洋子なので、少しは大学生活を満喫できたことは、他の姉妹たちに比べてよかったのかも知れない。
 姉の隆子は、大学進学は最初から考えていなかった。進学するとすれば短大だと思っていたのは、自分の力量を分かっていたことと、大学に入学しても、別にしたいことがあるわけでもない。短大に進学したのも、高校を卒業していきなり就職することに抵抗感があったからだ。隆子が進んだ高校は元々が進学校。まわりのほとんどは大学に進学した。後ろにまだ妹が控えているのを考えても、やりたいこともないのに、四年間も大学に行くというのは、金銭的な面でももったいないと思ったのも、短大を選んだ理由の一つだった。
 三女の由美の場合。
 由美も成績が悪かったわけではない。むしろ勉強が嫌いではなかった。大学に行けば、今は何をしたいのか見つからなくても、在学中に必ず何かを見つけられる力を持っているだろう。
 それなのに、わざわざ就職を選んだのは、洋子を見ていて、進学をあきらめたと言っても過言ではない。他の誰にも分かっていないと思っているが、由美はいつも洋子を意識していた。自分が洋子よりも優れているということを自負していて、そのせいもあってか、大学進学でもたもたしている洋子を見ていると、自分が大学に進学する意味がないように思ったからだ。
 何かをしたいと思っているわけでもない。さらには二浪している姉がいるのに、自分までが大学進学を考えてしまうと、金銭的なことが悩みの種として浮上してくるだろう。
 由美が就職して姉たちが暮らしている街に出ていくというのを聞いた母が別に反対をしなかったのは、家計のことを気に病んでいたからなのかも知れない。
 ただ、まさか洋子を意識して大学進学しないことを決めたなど、由美の性格からすれば、誰も想像できないことだろう。少なくとも由美を知っている親戚や家族、友達に至るまで、まさか由美が大学進学を考えていないなどということを誰が想像できたであろう。
「大学だけが人生じゃないからね」
 と、さらっと言ってのけた由美は、まわりから格好良く見えた。由美は、そんな自分に陶酔していた。由美が大学受験をしなかった理由は、家族のことを考えてと言いながら、正直受験勉強から逃げたと言ってもいいだろう、
 確かに由美は勉強が好きだ。しかし、それは受験のための勉強ではなく、もっと自由な時間、そして自由に行動しながら勉強ができる環境を欲していた。
「受験勉強、あれは苦痛以外の何物でもない」
 と言いたげで、元々好きなことであれば、徹夜してでも完遂していた由美が、受験勉強から逃げたという発想は少し違っていると思う、
「勉強は楽しいからするんであって、自分から苦痛に飛び込むようなことはしたくないのよ」
 と親しい人には言っていた。
 洋子のことも頭にあっただろうが、本当の理由は、勉強は楽しみながらしたいという思いがあったからだ。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次