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隆子の三姉妹(前編)

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 洋子は、姉に対する視線と、妹に対する視線では明らかに違っていることに気が付いた。姉に対してはすぐ上を見れば、そこにいることを感じることができるが、妹に対しては、下を向いてもなかなか視線が到達するまでに時間が掛かっている。それを思うと、
――私たちと由美とは、本当に血が繋がっているのかしら?
 という疑念を抱いてしまったとしても、無理もないように思えた。同じことを姉の隆子が感じているかどうか、今の洋子にはそれが最大の関心事だったのだ。
 そう感じてしまうと、姉の隆子に対しても、今までと同じような態度ではいられなくなる。一番したたかな性格であると思っているわりには、洋子は正直なところがある。自分の気持ちを表に表さなければ気が済まないところがあり、自己主張の激しさが、遠回りではあるが、したたかな性格を強調して見せることに繋がっているようだ。
 姉の隆子は、そんな洋子の性格を半分くらい理解していた。
 したたかなところがあって、自己主張の激しさが協調されていることは分かっていたが、どうして自己主張が激しいのか分かっていなかった。
 人の死に対して涙を流さない性格も納得できるものではなかった。姉から見ると洋子に対しては、
――本当に血が繋がっているのかしら?
 と感じるほど、自分と性格が似ていないと感じていたが、さすがに洋子が由美に感じたほど強くは思っていない。頭を掠めた程度で、すぐに打ち消すことができた。
 由美が五月病に掛かった時、姉二人はそれぞれに心配していたが、そのことについて相談することはなかった。姉二人の意見が違っているので、きっと話をしても接点がないのは二人とも分かっていたからだ。どこまでも交わることのない平行線上での議論は、お互いに疲れるだけなのを知っていたからだ。そういう意味では二人は大人だったのかも知れない。
 由美の方も、姉二人に、自分の気持ちを相談する気にはなれなかった。何よりも自分が何を考えているのか、何がしたいのか、分かっていないからだ。分かっていないということは、何を考えているのか分からないために、何をしたいのかという発想自体が生まれてこないからだった。もし、そこまで発想できるようになれば、五月病の入り口は目の前に見えていることだろう。そこまでくれば、相談できるだけの発想も生まれるが、逆に相談するまでもないという気持ちにもなってくる。相手が一人なら、まだ相談する気にもなっただろうが、姉が二人いて、二人ともに相談することも考えられない。どちらかに相談してしまうと、姉二人の間で角が立つことにならないかという危惧を、由美なりに抱いていた。
 由美には考えすぎるところがある。
 それを自分では神経質な性格なのだと思っているが、まわりからはそう思われていない。気を遣って相談しないのも、水臭いと思われていることが多く、最初は気丈に見えても、
「あの人は、自分だけが特別なところにいるような勘違いしがちな性格なのかも知れないわ」
 と、言われていたことがあった。
 中学時代など、友達同士で一緒に帰っていて、それぞれにいろいろな意見を交わすことがあっても、由美だけは、まわりと協調するような意見を話したことがなかった。
 何か一つのテーマがあれば、それに対して、必ず何かしらの反対意見であったりが存在する。一人の人が意見を言えば、まわりは、その意見に反対するわけではなく、何とかその意見を盛り上げようという姿勢しか見えない。由美はそんなまわりの態度に嫌気がさしていた。
――皆自分の意見がないのかしら? あれで一人の人の意見だけが持てはやされて、反対意見もなく、無難に解決してしまう。それこそ片手落ちになってしまうわ――
 と、考えていた。
 しかも片手落ちになった考えは、得てして由美が日ごろ考えているものとはかけ離れていることが多い。由美が反対意見を述べるのは、由美にとっての「正論」でもあるのだ。ひょっとすると、由美と同じ意見の人もいるかも知れない。しかし、友達の輪の中では、最初の意見こそが一番で、後からの意見は逆立ちしても、敵わないものである。
 由美が友達の輪の中で浮いてくるようになったのは、姉二人が都会に出ていってからのことだった。由美は一人ぼっちになったという思いが強い。最初から一人っ子だったら、違っていたのだろうが、三女で末っ子の由美が一人になってしまうと、そこには本人の意識以上の寂しさが、意識の中で燻っているものである。
 まだ中学に上がったばかりの由美にとって、姉二人が次々に家を出て行ったことは、自分一人をおいて、
「逃げ出した」
 という感覚が強かった。
 何から逃げ出したのか、最初は分からなかったが、高校時代くらいになると、それが母親から逃げ出したのだということに気付いた。気付いてしまうと今まで見ていた母親とは違った見え方になってくる。ただ、どうして母親から姉二人は逃げ出す必要があったのかということについては、分かっていなかった。
 由美がいくら考えても分かるはずはない。姉二人は由美が考えているように、母親から逃げるために都会に出たわけではない。母親も都会に出て行く娘を心配こそしていたが、嫌な顔はしていない。どこにでもある、
「娘を都会に送り出す母親」
 以外の何物でもなかったのだ。
 六月になって、五月病も一段落、それまでの由美がまるで別人のようになっていた。しかも、四月にこちらにやってきた時とも違う、「新しい由美」がそこにはいたのである。
「今回は、私がセッティングしようかしら?」
「えっ、あんたが? 大丈夫なの?」
 と、さすがに隆子もビックリしていた。
 元気になったのはいいことなのだが、元々の由美に戻ったわけではなく違う性格になっていたことに、隆子は戸惑っていた。
 洋子は、そんな由美に対して戸惑いはなかった。
――血が繋がっていないのではないか?
 という疑念を持っていたので、それまでと違っていてもビックリはしない。むしろ、今の方が本当の由美なのではないかと思うくらいで、却って話しやすくなったのではないかと感じていた。
 隆子も戸惑ってはいるが、洋子と似た考えを持っていて、
――今までが猫を被っていたのかも知れないわ――
 無理もない。田舎から姉を訪ねてやってきて、居候のような生活だったからだ。その後掛かった五月病を克服したことで、それまで溜まっていた鬱憤まで一緒に払拭されたのであれば、今の由美の雰囲気には何ら疑問を感じることはないだろう。
 由美がセッティングした場所は、今までのパスタとは違い、バーのようなお店だった。こじんまりとしていて、単独客の多そうなところで、マスターが一人でやっているようなところだった。
「あんた、よくこんな気の利いた店知っていたわね。会社の人から教えてもらったの?」
 と、洋子が訪ねると、
「違うの、私がネットで探して来たのが最初だったの」
「何か、この店に思い入れでもあったの?」
 と、今度は隆子が口を挟んだ。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次