小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

隆子の三姉妹(前編)

INDEX|3ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

「それでね。由美が就職したんだけど、それが、ちょうどあなたたちがいる街なのよ。相談なんだけど、由美もあなたたちのところに置いてもらえないかしら。私としては、由美の一人暮らしは考えられないの。もし、一人暮らしをするといえば、私はせっかくの就職を断るしかないっていうしかないのよ」
 母が隆子にも洋子にも一人暮らしを始めると言った時、最初は少し抵抗があったけど、ここまで言いきることはなかった。よほど由美の一人暮らしに不安があるのだろうか。
 隆子には、もう一つ見えていた。
 母親は、二人が一人暮らしをすると言った時、由美が自分のところに残った。しかし、今回は由美がいなくなると、自分が一人になってしまい、自分が一人暮らしになってしまう。
 たぶん、一人暮らしの経験が自分にないことを母親は今、自覚しているのだろう。姉二人の時にはそこまでなかった寂しさや孤独感がどれほどの重圧になるかを、今噛み締めているのだろう。そう思うと、由美を一人にすることに恐怖のようなものを感じているのではないかと思えた。
 要するに、由美自身の問題ではなく、母親が今まで気付かなかったことに気付いてしまったというべきだろう。
「ちょっと待って、洋子と相談してみる」
 と言って、洋子に話をしてみると、
「別にいいんじゃない」
 という返事が返ってきた。
 隆子は、その返事は分かっていたような気がする。家にいる頃から、洋子は由美に対してあまり意識していなかった。同居人の二人が三人になることへの抵抗はなさそうだ。
 何よりもこの部屋の主導権はあくまでも姉にあるということを分かっている。少々反対でも姉の頼みであれば、断ることは自分の中に選択肢としてはないのだった。
 由美が引っ越してきたのは、連絡があってから、二週間後だった。半年ぶりに会う妹だったが、二人とも、
「大人になったわね」
 というのが、最初の言葉だった。
 ただ、二人が大人になったという「大人」という言葉の意味は少し違っている。洋子が見た目では身体の成長を意味していて、胸の発達具合や腰の括れなどに目が行って、羨ましいくらいだった。
 隆子から見た大人のイメージは、化粧のうまさや、少し落ち着いたように見える雰囲気に感じたのだ。それでも、隆子と洋子の目には「大人の女性」として映ったことに違いないようだ。
 ただ、引っ越しの最中は、ほとんど会話がなかったので、実際にイメージしていたことが会話することによってどのように変わるか、少し興味があった。特に妹の洋子は、肉体的なところ以外には、さほど興味がなかったので、会話することによってどう感じるのか、自分でも楽しみにしていた。
 夕食は表に出かけた。最初からそのつもりで、隆子がセッティングしたのだが、最初に口を開いたのは、意外にも由美だった。
「お久しぶりです。お姉さん方」
 そう言って、礼儀正しく頭を下げた妹を見て、姉二人はいきなり出鼻をくじかれた。二人で目を合わせてアイコンタクトを取ったが、そこには、
――どうしたの? この娘は――
 と、言いたげであった。
 由美はしてやったりの表情になり、
「半年ぶりで、しかも、普段と違う場所で会うと、緊張しますね」
 と言いながら、どこに緊張などあるのだろうと言わんばかりの表情に、妹に主導権を握られてしまうことに、二人は焦りを覚えていた。
「この間の就職祝い、ありがとうございました」
 またしても礼儀正しいお礼だ。
 就職が決まったという話は母の他の手紙で知っていたので、家に帰ってお祝いをしてあげるわけにはいかないので、せめて何か記念品をと思って、腕時計をプレゼントした。妹への就職祝いとしては安くもなく高くもなく、無難なところだったに違いない。それを由美は喜んでくれて、自慢気に腕に嵌めている時計を見せてくれた。これには、さすがに悪い気がするはずはない。妹が喜んでくれたことを、素直に姉二人も嬉しく思うのだった。
 パスタを食べながら、二人は由美に田舎のことを聞いてみた。母親と二人暮らしも悪くないけど、やはり姉二人がいないのは寂しいと言っている。もしこれが社交辞令でないのであれば、由美の本音として、就職をこっちに決めたのは、姉二人がいるのが大きな理由だったのかも知れない。
「お母さん一人になっちゃうけど、向こうに職はなかったの?」
「ないわけではなかったんだけど、どうもしっくりこなくて、私は洋子姉さんがこっちに出てきた時から、私もいずれは都会暮らしがしてみたいと思っていたの。お姉さんたちが、四年も五年も都会にいて、馴染んでいるのを見ると、私にも都会暮らしができるんじゃないかって思ったの」
 由美の意見は、妹としてはもっともなことだった。ただ、どうしても姉二人は田舎に母親を残してきたという後ろめたさがある。それを思うと、手放しに喜べないところがあった。
「あんた、お母さんを一人にすることに何か思うところはなかったの?」
 と、核心に近いところを洋子が付いてきた。
――さっそく来たわね――
 と、隆子も由美にも分かっていることだった。人のことにあまり関心がないくせに、話をし始めると、オブラートに包むことなく、いきなり核心をついてくるのが洋子の性格だった。
 由美は最初から承知の上で、洋子から言われることを想像していたが、まさにドストライク、直球ど真ん中を通してきたのだ。
 洋子の言い方は、怒っているように聞こえるが、実際はそんなことはない。どちらかというと、焦れている時の言い方だ。それは相手に焦れているわけではなく、由美の性格からして分かっていることだったのだが、それでもどうして母親が一人にならないといけないのかという気持ちの中でのジレンマのようなものが、声を荒げる原因になっている。それは洋子の性格なのだからどうしようもないし、勝手知ったる仲なので分かっているのだが、相手が違えばどうなるかということを、洋子自身が自覚しているかどうか、分からないからだ。
 さらに洋子の中には、姉妹の中での自分の立場に少し焦りを感じていた。
 姉が社会人なのは、当然だとしても、妹までが社会人。いまだ女子大生ということで甘えているのが自分だけになってしまうことに焦りを感じたのだ。
 そこに持ってきて、大人の雰囲気を感じさせる妹に、かなりびっくりさせられた。これは洋子にとっては由々しきことであり、妹を無視できないという意識に駆られていた。
 だが、元々がまわりの環境に左右されないというのが洋子の回りから見た印象だ。その印象を崩したくはない。そう思われているなら、そう思わせておく方が楽だからだ。
 隆子はそこまで由美に対して思い入れはなかったが、洋子の中では由美に対して、少しでも違うところがあれば、敏感になっていた。それは直近の妹だからというだけではない思いが洋子の中にある真実であった。
「たまには、こうやって三姉妹が一緒になって食事を表でする日を作るのもいいわね」
 というのが、隆子の提案だった。
 由美は、その意見に賛成した。一番の新参者なので、まだまだいろいろ情報を姉たちから教えてもらう方が得策だと考えたからだ。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次