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隆子の三姉妹(前編)

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 人から言われて初めて気づいたのだが、いずれは自分で気付いていたように思えてならない。
――ヘビって、怖いものというよりも、気持ち悪いイメージの方が強かったはずなのに――
 という思いを抱いていると、もっとヘビのことを知りたいと思うようになってきた。特にヘビを単独で知りたいだけではなく、ヘビと関わりのある他の動物がどういうイメージで存在するのかということである。
 ヘビのイメージを感じることができる小説を、隆子は最近読んだ。
 その小説はミステリーで、四人の登場人物がいて、一人はまったく別世界の人間なのだが、他の三人は、それぞれに利害関係が絡み合っている。
 お互いに力の均衡を保っていて、それぞれに睨みを利かせることで、それぞれに襲い掛かることはない。いわゆる、
「三すくみ」
 というものだ。
 言葉の意味は、もちろん分かっている。じゃんけんなどにも言えることで、
「グーはパーよりも強いが、チョキには弱い。チョキはパーには強いが、グーには弱い。パーは、グーには強いが、チョキには弱い」
 要するに、それぞれに等間隔で存在していれば、、動いた方が負けになるのだ。
 強い相手に対して、先制攻撃を仕掛けようものなら、横から狙っている自分よりも強い相手に襲い掛かられる。襲い掛かろうとしている相手も、一歩間違えると、今自分が狙っている相手に、横からつかれてしまう。
 それは一定方向だけの力を感じているだけかも知れないが、実際には、自分に対して弱い相手も、自分に対して、防衛本能としての力を使っている。均衡というのは、防衛本能も一緒になることで、保たれているものなのかも知れない。
 ヘビを意識すると、占いが気になるようになってきた。特に白ヘビは、頭の中に占いをイメージさせた。
 古代エジプトの冠や装飾に、ヘビをモチーフしたものを見たこともあるし、壁画にも描かれていたのを思い出す。先輩もエジプトの歴史などに興味があると言っていた。幻想的なイメージや占星術など、エジプトを彷彿させるのだ。
 最近読んだミステリーには四人の登場人物がいた。その中で三人が三すくみの関係にあるのだが、その三人は男性であった。そして、一人の女性を奪い合って、次々に殺人事件が起こるのだが、それもまさしく古代文明の中でありがちな展開を重ね合わせると、自分たち三姉妹をどうしても想像しないわけにはいかなかった。
 三姉妹の中で一番苦手だと思っているのが、二女の洋子だった。
 洋子は、隆子が高校時代に交通事故に遭ったことがあったが、その時に輸血をしてくれた。結構血液を採ったらしく、フラフラな状態になったと後から聞いた。隆子はその時、重体で病院に運ばれてきた。輸血に不自由はしなかったはずなのに、なぜ洋子が輸血をしたのか、今でも不思議だった。
 その時、意識が朦朧とした中で、夢を見た記憶があった。
 それは、洋子と由美が大喧嘩をして、洋子の方が出て行った夢である。
「洋子は、由美には弱いんだわ」
 と、感じた。それは自分が洋子に対して感じる思いと似ていた。優位性を相手に奪われてしまい、睨まれれば身動きができなくなってしまうことだった。
 隆子にとって洋子は、違った意味での「ゆかり先輩」だった。ゆかり先輩は隆子に何も求めようとはしない。ただ、一緒にいるだけで、隆子はゆかり先輩に対して、何をすればいいのかすぐに分かった。
 逆に洋子は隆子に何も求めないところは一緒なのだが、隆子は何をしていいのか分からない。何かをしないといけないという思いは、自分の中で怯えを感じさせた。それは隆子にとって洋子が自分の妹であり、自分の範疇の人間だという意識があるからだ。本当であれば、もっと分かっていないといけない存在のはずなのに、分からないことで苛立ってしまう。それが、洋子が自分に対して優位性を感じることができる環境を作っているのかも知れない。
 洋子は、隙がないように見えて、実は隙だらけのところがある。隙があるからと思って、迂闊に近づくと、噛みつかれてしまう。相手を油断させてその時とばかりに食らいつく。それこそ隆子が洋子を恐れる一番の理由なのだ。
 だが、最近は少し違うイメージを持っている。
 自分がヘビで、三姉妹が三すくみであるとすれば、洋子はナメクジだ。
 ヘビがナメクジを恐れるのは、噛みつかれるからではない。しかも、洋子を見ていて、どうしても彼女をナメクジだとは思えないのだ。
 ただ、優位性を感じるのは間違いないことだ。そして自分がヘビだというイメージも、すでに備わっている認識だった。睨みを利かせることで、カエルである由美を金縛りに遭わせることができる。しかし、自分が洋子から睨みつけられることはない。逆に隙を見せられることで、嵌りこんでしまえば、抜けられなくなるという恐怖心は抱いている。
――洋子は私の何を知っているというのだろうか?
 まさか、先輩とのことを知られているとは思えない。洋子は隆子が知っている女性の中でも潔癖症な方だ。女性との関係など、許せるわけないはずなのに、その顔には、あからさまな露骨感はない。洋子は分かりやすい性格でもあるので、嫌悪感を感じれば露骨に嫌な顔をするはずである。
 では、洋子は、由美の目から見て、どう見えているのだろう?
 由美は、洋子に対して非常に強い立場にいる。まるで洋子の弱みを握っているかのようだ。
 隆子には、洋子も由美も、あまり変わらない性格に見える。それなのに、洋子に対しては怯えと思えるほどの優位性が相手にあることを感じ、由美に対しては、まるで自分のいいなりになるかのように見えた。そう、由美に対しては、先輩に感じた思いすら思い起すことができる。
 先輩と別れることになってすぐは、由美のことをまともに見ることができなかった。それは、由美に先輩を見ていたからだ。それまであれだけ優位性を感じていた相手をまともに見れなかったのだから、由美の方も、
――何かおかしい――
 と感じていたかも知れない。
 だが、長年の間に積み重なってきた優位性が解消されたり、ましてや逆転するなどということはありえない。そのことは由美が一番分かっているだろう。何よりも、隆子が洋子に対して感じていることで、お互いが相手に感じる「優位性」が三人の間に存在する三すくみとして均衡を保たせているのかも知れない。

 由美が裕也を連れてきたことで、一番驚いているのは、洋子だった。
 実は洋子も家に彼氏を連れてこようという計画があったからだ。
 ただ、洋子と違った意味で隆子もビックリしていた。自分の優位性を感じさせる相手である由美が、あからさまに男を連れてきたのだ。いずれは自分のいいなりにでもしようとまでは考えていなかっただろうが、自分の手の中に置いて、ゆっくり温めて行こうと思っていた由美が、彼氏を連れてきたのだ。
 自分の思っていることと、まったく裏腹な行動を取っていた妹に対して、自分が見ていた目があまりにも甘かったことを感じさせられた。
 自分が先輩に対し、男役でも女役でもなれると思ってはいたが、優位性に関しては、相手が先輩であっても、自分にあると思っていたことの表れのように思えた。
――最初は、私の方が先輩に誘惑されたと思っていたのに――
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次