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隆子の三姉妹(前編)

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「自分と相手の考え方があまりにも違っていたとして、自分を信じてしまうと、相手を信じることなどできないような気がするからですね。でも、基本は自分を信じるようにしているので、いかに意見が異なっている相手の気持ちになれるかというのが難しいところだと思っています」
「隆子さんも、いろいろ考えているんですね」
「そうですか?」
 普段はあまり考えないようにしているが、人から言われると、意識して考えようとしているだけである。マスターから褒められるほどのことはない。
 隆子には、会社の同僚に、元々ファッションデザイナーを目指していたが、途中で挫折したという人がいた。
「私ね。ファッションデザイナーになりたいと思ったのは中学二年生の頃からなの。それまでは何をやってもダメで、やっと褒められたのが、中学の美術で描いた洋服の絵だったの」
 隆子は彼女の話を黙って聞いていた。
「私はいろいろなことに興味を持つ方で、興味を持てば、人に褒めてもらいたいって思うでしょう? でもなかなか褒めてもらえることはなかった。それはそうよね、褒めてもらおうというのは自分のエゴみたいなものなんですからね」
「そんなことはないと思うわ。だって、褒めてもらおうと思えば、それだけ一生懸命になれるでしょう?」
「それはそうなんだけど、一生懸命にやって一番になれるほどの努力をしたかと言えば、疑問もあるわ。でも確かに一生懸命に自分もできるんだって気になったのは確かね。それすら感じずに思春期を過ごすのって寂しいものね」
「私はそんな風に考えたことがないから、羨ましいわ」
「でも、あなたも人を好きになったことあるでしょう? その時、諦めさえしなければ、それなりに努力はしたと思うのよ。それは本人の無意識のうちであっても、それがその人の財産になるからね」
 隆子は、先輩のことを思い出していた。確かに好きになった人には気に入られたい。その単純な思いが、その時の自分を支えていた。
「私も、いろいろやってみたと言っても、学校の勉強の中で自分にできるものっていう考えしかなかったんだけどね、でも、やっぱり成績は上がらなかったわ」
「どうしてなのか、自分で分かっていたの?」
「そうね。ハッキリとしていないけど、自分の中では、自分が納得できること以外は、信じられないという思いが強かったのは確かね。小学校の頃、最初算数が苦手だったんだけど、足し算や引き算から納得いかないと思っていたのだから、なかなか難しいわね、掛け算になって、何に対してもゼロを掛けると、ゼロになるという考えがどうしても分からなくて、かなり人より遅れたような気がする。でも、気が付けば数式に関しては結構自分でも公式めいたものを勝手に発見して、先生に報告しては喜んでいたわ。おかげで、算数だけは成績がよかった」
「何をやってもダメってわけじゃないじゃないですか」
 同僚の話には矛盾が感じられる。
「そうじゃないのよ。私が求めているのは、公式を発見して、それを先生に発表し、褒めてもらうことじゃないの。確かに私は有頂天になった。まるで算数博士になったような気分がしてきたのよ」
 何が言いたいのか、再度考えた。
「中学に入ると、数学になるでしょう?」
「ええ」
「数学になると、たくさんの公式を覚えさせられる。その中のいくつかは、私が小学生時代に発見したと言って。喜んでいたものなのよ。私が一所懸命になって発見したと思っていたことを、昔の学者はすでに発見していた。ただ、昔の人の方がもっと時間が掛かったかも知れないけどね。今の私たちは、それだけ恵まれていて、公式を発見するのには向いている時代なのかも知れないわ」
「……」
「それでね、もっと自分で納得がいかなかったのは、昔の人が一生懸命に発見したこと、そして私が時間は掛からなかったけど、私なりに一生懸命に発見したことを、数学の先生は、当たり前のように覚えさせようとするのよね。もちろん、暗記じゃないんだから、それを応用として、答えを導けるように指導する。それがまた、私には許せなかった」
「許せない?」
「ええ、公式がまるで最初からあったものをただ利用するだけというような意識に対して、私は憤りを感じたのよ。数学の歴史を教えるところから始めるのならいいんだけど、それじゃあ、本当に豊富にあるアイテムから応用させるだけの学問が数学なんだって思うと、算数の方がよほどよかったような気がする」
「どうして?」
「だって、算数なら、どんな解き方をしても、仮定が間違っていなくて、答えが合っていれば、それでいいでしょう。むしろ、仮定の方が大切なくらいですものね。でも、数学はそうじゃない。決められた公式に当て嵌めて、それで解かなければいけないような感じでしょう。頭を柔軟にするというのが目的ならそれでいいんだけど、そのあたりも、先生は何も教えてくれない。一度訪ねたことがあったのに、先生からは『お前たちは、何も気にせずに勉強していればいいんだ』という答えしか返ってこなかったのよ。それって、先生もよく分からないけど、仕事だから教えているとしか思えないものね」
「そう思うと、憤りも分かる気がするわ。でも、本当にそれだけなのかしらね?」
「私は、それだけだと思ったわ。でも、人によって感じ方が違うものよね」
「私は、そんなことまで考えたことはなかったわ。でも、そこまで考えたあなたがすごいと思うわよ。だって、誰も何の疑問も持たずに、先生のいいなりになって勉強していたんですものね。成績がよければいいけど、悪ければ最悪。その人は数学に向いていないというレッテルが貼られる」
「別に数学ができたからといって、将来どこまで役に立つかということは最初から疑問だったけど、でも、やるからには、何かの結果がほしいと思うものね」
「欲張りなのね?」
「欲張りと言われればそうかも知れないわ。でもね。欲が人を成長させるというのは、人生の基本のような気がするの」
 彼女は、こういう話をするのが好きなのだろう。さらに話は続いた。
「国語を好きになりたくて、本もいっぱい読もうと思ったんだけど、こっちは算数よりもひどかったわ」
「どういうこと?」
「これは根本的な性格が影響していると思うんだけど、私はどちらかというと、気が短いところがあるの」
「どういうことなんですか?」
「結論を先に見ないと気が済まない性格というか、本を読んでいると、本当はセリフ以外の部分に、その場の描写だったり、雰囲気、そしてストーリーの根幹があるはずなのに、ついついセリフだけを拾い読みしてしまうのよ」
「それは、実は私にも言えます」
「どうしてだか分かる?」
「これも考えたことないわ」
 彼女は微笑みながら、答えた。
「それはね、テレビなどの影響じゃないかって思うの。画像の流れが勝手に目に入ってきて、セリフは耳で聞く。同じ目で見る部分を文字で感じようとするだけの力が備わっていないからなのかも知れない。セリフだったら、耳で聞いていたことなので、目で見るのとは違うでしょう」
「そうね」
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次