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隆子の三姉妹(前編)

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 相手によって、ここまで先輩は変わってしまうのかと思うと、あの時、さよならと言われて、何も諦める必要などなかったのではないかと感じた。
 しかし、その時の先輩の表情は、
――これなら別れて正解だったわ――
 と、思って無理のないものだった。
 その時、隣にいるのが隆子だったとしても、先輩は同じ顔をしていたかも知れない。もし、そうだとすれば、隆子はどんな表情をしていたのだろう? 先輩が想像もつかないような表情になったのを、相手の男のせいだとばかり考えがちだが、それは、どうしても先輩に対して贔屓目に見ているからなのかも知れない。
 その時に、先輩のあの顔を見てしまったことで、それまで自分が感じていた先輩のイメージが音を立てて崩れていった。
――これで私は先輩から解放された――
 と感じ、男に対しても、自分から近寄っていくことはないだろうと思うのだった。
 ただ、先輩と過ごした期間というのは、隆子にとって、決して無駄ではなかったと思っている。結果的に先輩の見たくない部分を見せつけられて、すべてが無駄だったように思われがちだが、その後の隆子にとって、その時に知ってしまったことが吉と出ることになるという予感を感じていた。

                  第三章

 隆子は、その日も由美に教えてもらったバーに寄っていた。
 由美に教えてもらった時は、毎日でも来てみたいと思っていたが、自分にそこまで時間がないということと、何よりも、
「洋子と鉢合わせしたくない」
 という思いが強かったからだ。
 洋子がこの店を気に入っているのは、隆子にも分かっていた。お互いに目的は違っていた。隆子は、マスターと話をするのが楽しみだということ、洋子の場合は、一人になれる場所をずっと探していたようだが、ちょうどこの店が洋子の希望にピッタリ嵌ったかのようで、もし隆子が、
「一人になりたい」
 と感じたとすれば、洋子と同じ心境になっていたに違いない。それだけに隆子には洋子の気持ちもよく分かる。一人になりたい店に、姉妹とはいえ知人がいるのは嫌なのだ。
 姉妹だからこそ、嫌なのかも知れない。隆子が洋子の気持ちを看破したように、相手に自分の気持ちを悟られることほど気持ち悪いことはない。一人になりたいという考え方の根拠は、自分の気持ちを悟られたくないということなのだが、いつも一緒にいる人にほど、悟られたくないと思うのは当然のことであった。
 マスターとの話も面白い。隆子もデッサンをするのが好きだったので、どんな話が聞けるか楽しみだった。
 デッサンを始めたきっかけを教えてくれた時など、これほどマスターが饒舌だとは思わなかった。
「元々、芸術とかには興味がなかったんだけど、当時付き合っていた女の子が美術館に誘ってくれたんですよ」
「それはいつ頃のことなんですか?」
「まだ、高校時代だったかな? やっと声を掛けることができた彼女で、それまではいつも遠くから見ていた感じだったんだけど、ちょうど彼女が、友達から美術館の招待券を貰ったということで、一緒に行く人を探していたんだけど、ちょうど目の前にいたのが、僕だったらしいんだ」
「じゃあ、まだ付き合っていたというわけでもなかったんですね」
「厳密に言えば、そうなんだけど、僕は誘われた瞬間から、付き合い始めたような気持ちになっていたんだ。都合がいいのかも知れないけど、後から思うと、声を掛けた瞬間から付き合っていたと思うのもおかしなことではないと思うんだ」
「それもそうですね。でも、ちょうど目の前にいて、相手が何かを言おうとしたのが分かったということなんですか?」
「ちょうど、視線が合って、僕の方も話しかけたいと思っていたし、彼女も誰か一緒に美術館に行く人を探していたということで、利害が一致したのかも知れないね」
「利害」という言葉には少し抵抗はあったが、マスターの話であれば、「利害」という言葉にさほど違和感はなかった。
 マスターは続ける。
「それまで、僕は女性と話をしてみたいと思っても、なかなか話をする勇気が持てなかったんだ。それがなぜなのか、最初は分からなかったんだけど、話題性がなくて、話しかけたとしても、会話が続かないと思っていたのが、一番の原因だったんだ。どうしてそんな簡単なことが分からなかったのか、今でも不思議な気がする」
「私も同じようなことを考えたことがありました。話題性がないというよりも、お話が合うかどうか、気になってしまうんですよ。私の話にもしかすると、相手が怒り出すようなことになったら嫌じゃないですか」
「そんなことがあったんですか?」
「ええ、私が一生懸命に話をしていた時、相手の男性が怒り出したことがあって、それから、なかなか話しかける勇気が持てなくなりましたね」
 それは、隆子が合コンで知り合った信二に対してのことだった。
 隆子は、男性と知り合うことがなかったので、どうやって仲良くなればいいのか分からなかった。仲良くなるには会話しかないと思い、何でもいいから話をするしかないと思い、思っていることを、いろいろ口にした記憶があった。
 その中の何が、信二の逆鱗に触れたのか分からないが、急に怒り出して、隆子は何が起こったのか分からずに茫然と立ちすくむしかなかった。
 信二は数日後に謝ってくれたので、その時は許したが、信二が何に怒ったのか分からない限り、隆子は信二を許すことも、そして、自分の心をそれ以上開くことができなくなっていた。
 そんな状態で、それ以上付き合っていくわけにはいかない、隆子から強い口調で言えるわけもなく、結局自然消滅のような形になったのだが、最後に信二と話をした時のことが気になっていた。
「俺は、君のことを好きになりかかっていたんだけど、どうして俺が好きになる女は皆同じなんだろう? まさか君までが同じだったなんて、やっぱり僕がそんなオンナを引き寄せてしまうんだろうか? そう思うと、このままずっと人を好きになることなんてできない気がしてくる」
 前に付き合っていた女性がいて、その人と隆子を比較しているようだが、一体何が彼をそこまで追い詰めるのか、比較されて怒りがこみ上げてくるはずなのに、まるで隆子自身が悪いという思いが先に立ってしまって、複雑な気持ちになってしまった。
 マスターにその話をすると、
「男というのは、確かにそういうものなのかも知れないね。好きになった人がいつも同じような感じだというのは、それだけ一途に自分の理想を追い求めているということでもあり、理想主義者というべきなんだろうね。女性には現実主義者が多くて、男性には理想主義者が多いって前聞いたことがあるけど、その話を思い出したよ」
「その話は私も聞いたことがあります。でも、一概には言えないだろうから、あまり真剣に考えないようにしようと思ったんですよ」
「隆子さんは、他人よりも自分を信じる方ですか?」
「どういうことですか?」
「僕は、まずは自分を信じるようにしているんです。自分が信用できないのに、人のことを信じることなどできるはずはないと思ってね」
「そういう意味なら、私も同じなのかも知れませんね。でも、実際にはそう簡単には思いこめないところがあります」
「どうして?」
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次