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隆子の三姉妹(前編)

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 本当は姉妹であっても、どこまで踏み込んでいいのか、考えてからでないと踏み込めないと思っている。一歩間違えれば、相手に不信感を持たせてしまうことになりかねないからだ。
 隆子は、先輩と、一年くらい関係があっただろうか。
 その関係にピリオドが打たれたのは、先輩の方から一方的に別れを切り出して来たからだ。
「隆子ちゃん。私、好きな人ができちゃった」
 と、今までの先輩からは信じられないような言葉が聞かれた。さらにその時の態度は、今まで知っている先輩とは、まったく違っていた。甘えるような猫なで声は、いつも隆子に対してのもので、今にも身体を摺り寄せてくるような、いかにも猫をイメージさせた。
 しかし、その時の先輩は、同じネコでも、
「違う人が、もっとおいしいものをくれるっていうから、そっちに行くね。じゃあね。バイバイ」
 と言っているように見えた。
 先輩の発している猫なで声は、もはや隆子に対してのものではなく、好きになった相手へのものだった。
 先輩は、隆子と戯れている時、男役にも女役にもなれた。実際に主導権を握っているのは先輩で、隆子は先輩のいいなりになってはいたが、隆子にしかできないことの方が多く、実質的な主導権は隆子が握っていると思っていた。
 主役は隆子で、演出や監督は先輩が担当しているとでもいうべきであろうか、演出、監督が主役を変えるというのだから、それは仕方のないことなのかも知れないが、隆子も、
「はい、そうですか」
 と言って、簡単に引き下がれるものでもなかった。
「先輩、ゆかり先輩は私を捨てて、男に走るというんですか?」
 隆子はすがる気持ちで、先輩に詰め寄った。
 それまで、先輩のことを名前で呼ぶことはなかった。それはゆかり先輩が、
「名前で呼ぶのはやめて。あくまでもあなたと私は、先輩後輩の仲、そこからこういう関係になったことが私には快感なの」
 どこまでも、女王様を地で行きたいのだろうが、実際に絡んでいる時は、どちらにでもなれるという不思議な女性だった。
 それがゆかり先輩の妖艶なところで、最大の魅力だったはずだ。そんな先輩が男にうつつを抜かすなど、隆子には信じられないと同時に、許せないのだ。
 数日間は、悩んで苦しんで、それ以外のことは考えられなかった。
 しかし、ある時、ふっと我に返り、
「どうして、私は女になんか走ったのかしら?」
 と、それまで感じていた思いを打ち消した。
 それは、まるで中学生の頃に感じた、
「怖い」
 という思いへの感情にそっくりではないか。
 隆子は先輩への思いとは裏腹に、一度、自分の中で、感情を封じ込めようとしている作用が働いたのか、頭の中のリセットを試みたようだ。中学生の頃には理解できなかったが、先輩から別れを告げられた時に分かった。どうやら、これが隆子の中にある意識回路というもののようである。
 隆子も、一度リセットしてしまうと、先輩への思いはそこで切れてしまった。
 ゆかり先輩も、それでよかったと思ったのか、完全に相手の男にのめりこんでしまったようだ。
 隆子は、自分の意識回路のおかげだと思っていたが、単純にそれで終わりではなかったところが隆子の苦しいところでもあった。
 さらにそれから一か月が過ぎた頃、急に寂しさがこみ上げてきた。その思いは先輩に対してのものなのかは分からなかったが、無性に孤独感に苛まれた。それは二週間ほど続いたが、その後に思い出すと、辛さは孤独感だけではなかった。
 孤独感があまりにも強すぎたので、自分では孤独感だけだと思っていたが、実際にはそれだけではなかった。
 すべてが自分にとっての違和感に繋がり、何を考えようともそこには、疑念が発生してしまう。
 自分への自己否定。それが、この間に一気に襲ってきたのだ。いわゆる自己嫌悪の一種なのだろうが、気が付けば、まわりを誰も信用できなくなっていて、まわりを信用できないことまで、自分が悪いのだと思うようになっていた。
――私の悩みの原点は、自己否定にあるんだわ――
 と、思うようになっていた。
 今まで見えていた視界が、いつもよりも黄色がかって見えている。そんな時、隆子を自己嫌悪の世界に誘うのだ。
 隆子にとって、
――自分のことも分からないのに、他人のことなんか分かるはずもない――
 という考えは、意識の中の基本だと思っていた。しかし、まずは乗り越えなければいけないことが自己嫌悪だということを分かった上で、そこまで思っていたとは、到底思えない。
 隆子は、
「頭の中のリセット」
 を思い出していた。
 その時は、リセットすることですべてがうまくいったはずなのに、一か月足らずで、こんなにきつい状態に陥ってしまうというのが、納得いかなかった。
――私が悪いのかしら?
 隆子は、またしても、自分が悪いと最初に考えてしまう。しかも、そのことを意識していないのだ。
 自分が悪くないとすれば、悪いのはまわりの方だ。しかし、自分のことも分かっていないくせに、まわりを分かるはずもないという理屈から考えると、まずは自分を疑ってみるのも無理のないことだ。
 だが、それが本当は逃げに繋がっているということを、隆子は気付いていなかった。
 逃げに繋がるということがどういうことなのか、自分で分かっていないので、余計に泥沼に入り込んでしまうのだろう。
 だが、辛い思いは二週間もすれば、スッキリと忘れてしまった。
 後に訪れるのは、自信過剰という「副作用」だった。
 それまでの自己否定や自己嫌悪はどこへやら、隆子は自分に持っていた自信が復活してくる。
 その時、
――私は躁鬱症の気があったんだわ――
 と理解した。
 しかも、それが自分の中で最初から分かっていたように思えてくるから、不思議だった。
――なんてことない。自己嫌悪になんて陥る必要はなかったんだ――
 と、躁状態だからこそ感じることができるのだが、隆子は、これら一連の考えが、あくまでも自分一人だけで考えていることであり、言葉を変えれば、
「自分勝手な妄想」
 だと言われても仕方のないことだということを、どこまで分かっていたのだろうか。
 そのことをいつの間にか理解できて、考えなくても、自然とうまくまわっていけるようになれば、躁鬱症も克服できて、本当の意味で大人になれるのではないかと思うようになっていた。
 だが、躁鬱症だけは、そう簡単に治るものではない。治そうとするよりも、いかにうまく付き合って行くかを考えていく方が得策だと思うのだった。
 隆子は、少し落ち着いてくると、自分が楽な方へ行こうとしていることに気が付いた。それは躁鬱症の躁状態で、それも、鬱状態と同じくらいの長さだった。
 ただ、実際に、その時に感じていた長さは圧倒的に鬱状態の方が長かったはずなのに、後から思い出そうとすると、むしろ、躁状態の方が長かったような気がする。鬱状態の方が先に来ていたので、それで長かったのかも知れないが、
――嫌なことの方が、その時は長く感じられても、後から思い出すと、楽天的な時の方が長かったように感じるというのは、記憶装置が自分の願望の元に働いているからなのかも知れない――
 と感じていた。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次