隆子の三姉妹(前編)
元々胸だけは発達していたが、体型はいつまで経っても幼児体型、一部のロリコンおじさんや、マニアには受けるだろうが、少し年上の人には、ダサい雰囲気さえ感じるほどだった。
おじさんに悪戯された時から、身体の成長が止まってしまったような気がした。
だがそれは誤解であって、微妙に成長していたのである。
洋子は男性に対して晩生な性格に見られていたのも、身体の発育のスピードが遅かったからだった。
だが、本当の理由を一番分かっていたのは隆子だった。
隆子は、洋子の表情から、男性を見る目が覚めているのに気が付いていた。それは同い年の男の子を物足りなく感じている目でありながら、上から目線ではない。
また上を見ているわけでもなく、男の子を異性として見ていないだけだった。
隆子自身も、男性に対しての恋愛感情を持つことはなかった。そのことから、男性よりも女性を意識するようになっていることに気が付いたのは、高校時代、先輩から家に遊びに来るように言われた時だった。
その時は特別な気持ちがあったわけでもなく、ただ誘われて、断る理由が見つからないというだけの理由だった。
先輩の部屋を見て、自分との部屋の違いに驚かされた。
それはまるで童話の世界に入りこんだようなメルヘンチックな部屋だったからである。
「これは」
思わず目を見張った隆子を見て先輩は、
「さすがにちょっと刺激的かも知れないわね。でも、これが私の個性なのよ。あなたのような人には想像できないかも知れないけど、結構これでも気に入っているのよ」
と言って怪しく笑った。
確かに隆子の部屋はこの部屋から比べれば殺風景である。
この部屋の壁は薄いピンクが基調になっていて、さらに、真っ赤なハートのステッカーが様々な大きさで、まるで桜の花びらのように、不規則に張り巡らされている。
――でも、この感覚が先輩にはスッキリくるのかも知れないわ――
と思って、ハートのステッカーを一つ一つ目で追っていた。
その仕草を見て先輩にも隆子の気持ちが分かったようで、
「この間隔や、ハートマークの大きさにも一つ一つ意味があるように思えてきたでしょう?」
と聞かれると、
「え、ええ」
と、目を見張って、まるで芸術作品を見るような目で、壁を見ていた。
「ふふふ、そんなことあるわけないでしょう。適当よ適当」
と、言って大声で笑った。まるで茶化されたようで、気持ちのいいものではなかったが、これが先輩のコミュニケーションの取り方なのだだとすれば、何となく楽しい気がしてきた。
「あなたって可愛いわ」
と言って、先輩が隆子の髪を優しく撫でた。
一瞬、身構えてしまった隆子は、すぐに我に返ると、先輩に失礼なことをしたのではないかと思い、困った顔になった。
「困った表情もまたいいわ」
と言われた瞬間、ゾッとした。
――すべて見抜かれている――
早くこの場から立ち去りたい気分になっていた。
だが、それと同時に、今感じているこの思いが初めてではないことに気が付いた。
――いつ、どこで感じたのかしら?
と、思い出そうという意識が生まれた時、心ここにあらずの気持ちになっていた。
それを見逃すことなく、先輩は隆子の身体を触り続けた。
隆子はされるがままになったまま、頭だけは違うことを考えていたのである。
――いつなのか、どこなのか、一緒に考えないときっと思い出せないんだわ――
本当なら、一つ一つ分けて考える方がいいのかも知れないが、過去のことを思い出す時は、必ず何かのキーワードが必要になってくる。そのキーワードを探すには、一方向だけからしか見ているだけでは、決して探すことはできないように思う。
一緒に考えるということは、点を線で考えることであり、線を面で見て、さらに立体、そして時間軸をも網羅した発想になるということだ、次元を凌駕するくらいの気持ちにならないと、思い出せないこともあるかも知れないとまで思うほど意識を封印してしまうこともある。そこまで考えてみたが、結局思い出せなかったのだ。
その間がどれくらいの時間だったのか分からない。我に返って今の状況に戻ろうとした時、自分が夢見心地になっていることに気付いた。
――いい臭いがする――
この部屋に入った時にも感じたが、すぐに慣れてしまったからなのか、すぐに感覚が分からなくなっていた。その匂いを再度思い出すことで、自分の身体の中から醸し出された蜜のような香りが混じり合って、今度は異様な臭気を発していることに気付いた。
この臭気は鼻をついた。悪臭ではないのだが、香水のきつい香りが湿気を彷彿させ、自分が潮風が苦手だったことを思い出させる。
潮風が苦手なのは、湿気に混じった塩辛さと伴った、微妙に腐った香りを感じるからだ。海が好きな人には考えられないような発想なのだろうが、嫌いな人間には、悪臭以外の何物でもない。
この部屋の湿気を帯びた香りには、ウンザリとしたものを感じたが、悪臭とまでは感じない。
――女同士で、しかもこんなメルヘンチックな部屋に二人きりなんて、まるで絵に描いたようだわ――
シチュエーションがその人の心境に影響を与えるのだとすれば、演出がどれほど大切なものなのか分かる気がした。演出が意識的なものなのか、無意識なのかで違いもあるだろう。
隆子は、先輩の気持ちを分かりかねていた。
――この人はレズなのかしら?
ここまで「オンナ」を醸し出している人を、隆子は知らなかった。もし、先輩がレズだとすれば、今までに先輩の「毒牙の犠牲」になった人も少なくはないだろう。
――私は何人目なのかしら?
今の先輩は、本能が自分の気持ちを凌駕しているように思えてならない。それが本能と言えるものなのか分からないが、少なくとも本人の意志なのか、それとも意志をも凌駕する本能なのかによって、隆子は態度を変えるべきなのかを考えていた。
しかし、そんな考えはしょせん、「絵に描いた餅」にしか過ぎなかった。先輩の巧みなボディタッチは、微妙であり、思わず声を上げてしまったことで、隆子は自分が蜘蛛の巣にかかってしまったことを、今さらのように感じていた。
身体が宙に浮くという感覚は、今までになかったわけではなかったが、それは夢見心地の中での自分だけの世界のことだった。誰かによってその快感を与えられるというのは、自分に新境地を与えてくれるに十分だった。
「こんなに気持ちいいなんて」
「そうよ、あなたが今まで知らなかっただけなの。私が教えてあげるわ」
その声は悪魔の微笑みを孕んでいた。またしても、鼻をつく臭いを感じたかと思うと、今度は甘い香りではなく、酸味を帯びた匂いで、まさしく汗まみれの身体の匂いが、隆子の身体全体に覆いかぶさってきた。
「教えてあげる」
という言葉に、隆子は抵抗感を感じた。それは高圧的であり、主導権を完全に握られてしまったことを意味していた。そして、
「私は逃げられないんだわ」
と感じたことで、急に恐怖感が襲ってきた。
しかし、もうどうすることもできない。恐怖心は、次第に快感に包み込まれてくる。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次