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隆子の三姉妹(前編)

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 この事実が、隆子がそれまでに意識した男性から比べて、逆立ちしても敵わないと感じたからで、自分と相手との経験の差、それを埋めることができないと思うと、隆子は相手が自分に対して優位性を持ったということを感じてしまう。
 隆子が最初に優位性を感じてしまうと、相手もすぐに感じるようで、きっと自分の中で身構えてしまうところがあるのだろう。そのことを最初に教えてくれたのが、信二だったのかも知れないと、隆子は感じていた。
 隆子は、信二に委ねたいという気持ちが芽生えたことを知ったのは、合コンが終わってからだった。一応、アドレスだけは教えておいたので、二、三日中に、連絡があるだろうと隆子は思っていた。
 あって当然だと思うのは、合コン経験が少ないのも一つの理由だが、相手から声を掛けてきたのだから、自分の考え通りに事は進むという考えが隆子の中にあったのも事実だった。

 隆子が信二に出会った頃、洋子はまだ高校生だった。志望の大学は隆子が住んでいる街にあるので、一度隆子の部屋に泊まって、キャンパス訪問でもしようと考えていた。
「お姉ちゃん、悪いんだけど、二泊くらいさせてくれる?」
 と洋子は隆子にねだってみた。
 当時の洋子は隆子に対して自分に優位性があることを感じてはいなかったが、隆子の方は、洋子を意識してしまい、断ることができなかった。
「いいわよ、二泊だけよね?」
「ええ、二泊もさせてくれれば十分」
 これが隆子にとって、精一杯の相手の優位性に対しての粘りだった。
 隆子が洋子を見るのは、自分が都会に出てきてから初めてだったから、半年ほど経ってからのことだっただろうか。
 洋子は、姉妹の中で一番頭がいいと思っていたので、浪人することなど、最初から考えていなかったようだ。頭がいいというのは、自他ともに認めるもので、高校の担任も、
「この成績なら、合格の可能性は高いわね」
 と、言われていた。
 プレッシャーに弱いというわけでもなく、試験当日に体調を壊さないように、日ごろから体調には気を付けている。
 ただ、洋子は思い込みの激しいところがあった。信じ込みやすいというべきなのか、自己暗示にかかることが多かった。
 試験当日も、
「私は絶対に合格する」
 という気合いの元、試験に臨んだ。いつもと同じ気持ちで臨むことができた入学試験、どこに落ち度があったというのか、発表を見に行く時も、合格を疑う気持ちは、これっぽっちもなかったのだ。
 その時の自信が、洋子にとってピークだったかも知れない。
 それまで何事にも自信を持ってぶつかれば、失敗することを考える必要はなかった。その時までが自分の中で自信という二文字を意識することもなく、自然な形となって、目的が完遂されることになっていた。
 入学発表のボードを見上げた時のことは、今でも覚えている。
 最初から合格を信じて疑わなかったなど、今から思えば信じられない。不合格だということを最初から分かっていたかのように思えた。
「たった一つの事実が、確信していたことと正反対だった時、ここまでその日の状況をまったく違った感覚として記憶されてしまうなんて」
 と、思い知らされた。
 その日以来、自分が平凡な人物に変わっていくのを感じた。それまで自然だと思っていたことを確信だとして思い込んでいた自分が、おこがましく思えてきた。
 だが、それでも思った通りの人生を歩んでこれたのは、運が良かっただけではないように思えた。やはり実力があったのは事実だった。
 隆子は、自信にあふれかえった洋子を見ていると、怖いところがあった。だが、本当に洋子に優位性を感じさせられるようになったのは、洋子が二浪の果てに自分の部屋に転がり込んできた時だった。
 洋子がどんな男性と付き合っていたのか分からないが、それを知るすべは、もうなくなってしまった。すでにこの世にいない人への気持ちを、洋子はどのように自分の中で切り替えていったというのだろう?
「自分の知らない部分を妹は持っている。そして、それを知るすべは、もうどこにもないのだ」
 という気持ちが、次第に洋子から優位性を感じさせらえることになったのだ。
 洋子が隆子の部屋に二泊したその時、洋子のことはあらかた分かったような気がした隆子だったが、どこか、どうしても分からないところがあるのを何となく感じていた。それが今では感じることのできない、洋子との間に横たわる「交わることのない平行線」だった。
 それはまるで、
「絶対に近づくことも離れることもない年齢」
 と同じようなものだった。
 それは感覚的な年齢よりもはるかに距離があるものに感じられた。自分が歩んだ時間。そして、これから歩むであろう妹の時間、それが妹の方に距離があるように感じられたからだ。
 その思いがいつしか洋子が自分に対して優位性を持っているのではないかという思いに繋がっていったのだろうか? そう簡単に分かるものではない。その時に洋子に感じたことは、
――この娘は、一つのことに集中すると、まわりが見えなくなるタイプなんじゃないかしら?
 というものだった。
 入学試験も合格に向けて、集中していたはずである。ただ、一つ気になるのが、人には向き不向きがあるということだが、洋子は一発勝負には向いていないのではないかという考えが頭を擡げたことだ。
 高校時代の洋子と、浪人してからの洋子は明らかに変わった。それまでは世間知らずではあったが、人と協調しようという意識はあった気がする。しかし、浪人してからというのは、人を寄せ付けない雰囲気があった。それは姉の隆子に対してもそうだった。
 隆子は余計に身構えてしまった。
――ここまで変わるなんて――
 目つきも、高校時代までとは違っていた。誰にでも同じなのかと思っていたが、相手によって少しずつ違う。隆子を見る視線は、その中でもきつい部類に入るものだ。近寄りがたい雰囲気をまわりに振りまいて、いかにも孤独を絵に描いたように見える。
 他の人から見れば、きっと、
「他の人にもきつい表情をするけど、私には特別なんだわ。私が何かあの人に悪いことでもしたのかしら?」
 と感じさせるに十分な表情になっていたことだろう。
 一番人から嫌われるタイプなのだろうが、それは最初から分かっていることで、隆子はそれを、動物の持つ「防衛本能」のように感じていた。
 身体を硬くしたり、保護色で相手から見えなくすることで、外敵から身を守ろうとする動物は、自分で意識することなく本能で動いているに違いない。洋子も自分の中に、外敵から身を守るための術が身についているのかも知れない。
 洋子が自信家だというのは、幼い頃から見てきた隆子が一番知っていた。自信にとなった結果が子供の頃にはついてきたので、さらに自信過剰になっても不思議はない。
 その頃は、別に防衛本能を感じることはなかった。
 ただ、洋子には姉にも母にも話していない過去があった。
 あれは、洋子が小学五年生の頃のことだっただろうか。
 女性は男性に比べて、思春期前後の成長は著しい。すでにその頃になると、洋子の身長はクラスでも一番高い部類で、胸の発育も目に見えていた。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次