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隆子の三姉妹(前編)

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――私がドキッとするような男性は、合コンになんか参加しないんだわ――
 と、後から思えば当たり前のようなことに行きつくまで、一時間ほど掛かった。
 掛かった一時間が、なかなか過ぎてくれない一時間だっただけに、思いつくまでに相当な時間が掛かったような気がしたのだが、一度何かに気が付くと、そこから先の時間は結構早かった。時間の感覚というのは、自分の感受性によって、かなりの部分を占めるのではないかと、その時に感じた。
 最初の一時間が経ったあたりが、隆子にとってのターニングポイントだった。
「思ったよりも呑みすぎたようだわ」
 と、ほろ酔い気分の中で催して来た尿意を当然のように受け止めた。
「ちょっと失礼します」
 と言って、席を立った隆子に対して、誰も振り向こうとはしない。皆それぞれターゲットを決めて会話を楽しんでいるのだ。一人飲んだり食べたりしている女性に誰が関心を持つというのか、それはそれでありがたい。
 元々、人数は合わせていたので、隆子が一人あぶれると、どこかが、男性二人と女性一人の会話になる。やはり三人と二人の輪では、三人の会話が一番盛り上がっているようで、
――三人なら、私も参加できるかも?
 と、思ったのは、上から見下ろしているからだった。
――上から見下ろすのも悪くはないわね――
 と、誰かに対して優位に立つということが快感になるのではないかと、その時初めて感じたような気がした。
 トイレから戻ってくると、さっきの三人の会話は終わっていた。自分の席についた隆子にさっきの三人のうちの一人の男性が、すかさず隆子におしぼりを渡してくれた。さりげない優しさが、その時の隆子には心地よかった。
――やっぱり酔っているんだわ――
 心地よさは、爽やかな風となって頬を揺らした。
 爽やかというのは、自分の肌と限りなく近い温度のもので、風となって当たっているにも関わらず、痛さはまったく感じない。くすぐったさを感じるが、肌の刺激を誘発するものではない。
 そんなさりげなさを肌が感じると、爽やかだという感覚に陥るのだと、隆子は感じたのだった。
 彼の笑顔には、なぜか爽やかさを感じなかった。かといって計算高い雰囲気もない。さりげなさは確かに心地良いのだが、爽やかさではない。今までの隆子は心地よさが爽やかさに繋がっているものだと思っていた。その考えが違っていることを、その時に思い知らされた。
――爽やかさほどの暖かさを感じないんだわ――
 人から感じる爽やかさは、その人が相手に合わせようとする作為的なものを感じるが、ただの心地よさであれば、そこに作為は感じられない。自然な姿勢や考えは隆子にとって願ったり叶ったりであり、それが彼への第一印象となったのだ。
 もちろん、一目惚れなどしたわけではない。自然なさりげなさが隆子の心を擽っただけだ。
 彼の顔に笑顔がないのは、愛想笑いを浮かべているわけではないだけに却って、彼のことを知りたいと思うようになった。
 ただの好奇心であるが、好奇心から何事も生まれるのだということを、その頃の隆子には分かっていた。
 高校時代には、何をしたいのか分からなかったことで、大学進学する気にはならなかった。そのまま就職してもよかったのだが、勉強が嫌いではない隆子は、後二年間くらい勉強しようと思ったのも無理もないことで、短大に進学したのは、後から思っても悪いことではなかった。
 合コンで、勉強の話をするというのは、無粋であることくらいは隆子にも分かっていたが、
「どのような勉強をされているんですか?」
 と聞いてきた彼に対しては自然と答えることができた。もう少しで熱く語ってしまいそうになるのを抑える瞬間を感じるほどだったことは、ひょっとすると、自分の中で本当は人と話したいという思いが燻っていたのかも知れない。その瞬間、先ほど感じた優位性のようなものが頭を掠めたことを隆子は気付いていた。
「保育の勉強をしています。でもまだまだ実践ができるほどではないので、これからなんですよ」
 隆子は、いずれは保育園に就職するつもりでいたようだが、ちょうど短大を卒業した時、募集の保育園が少なく、希望の保育園に就職することができなかった。しかし、保険会社の事務の募集があったので、就職できないことはなかった。高校時代に簿記の勉強はしていたので、事務員でも十分に力を発揮することができたのだ。
 それでもその時はまだ保育の仕事を目指して勉強していた時期だったので、暗い雰囲気ではあったが、彼が隆子を気に入った気持ちも分からなくはなかった。
 隆子は一目惚れをするタイプではなかったが、相手から気に入られると、すぐにその気になることがあった。
 当時の隆子は、毎日の生活に関して不安よりも希望の方が若干強かったおかげで、自分では意識していない中で、自分に自信を持っている部分があった。恋愛に関してはまったくのウブだったが、自分に自信を持っている分、合コンで暗い雰囲気を醸し出していたとしても、見る人が見れば、結構好感度がアップしていたに違いない。
 彼は、名前を信二と言った。苗字が何だったかは覚えていないが、隆子にとっても彼が好印象だったことに違いはない。心地よさも手伝ってか、お互いに最初から名前の方で呼び合っていた。隆子が彼の苗字を覚えていないのは、そのせいかも知れない。
「僕は、今日の合コン、ほとんど人数合わせなんですよ」
「あら、そうなの? 私もなんですよ。おかげで、時間がなかなか経ってくれないと思って、飲んだり食べたりしていましたわ」
 と正直に答えると、
「そうなんですね。僕はあまり呑めないので、食べる方ばかりだったんですが、それでも限界があって、時間を持て余していました。お話ができて光栄ですよ」
 まさしく好青年だった。
 その日の合コンの相手は、社会人だった。
 もし、大学生が相手だったら、最初に好印象の人が見つからなければ、最後まで一人でいたに違いない。途中で話しかけられたとしても、無視を決め込んでいたような気がするからだ。
 彼が大学生だったら、最初に意識をしていたわけではないので、最後まで意識をすることはなかっただろう、もし、相手が話しかけてきたとしても、やはり無視していたに違いない。自分が短大生なので、相手が社会人である場合に相手に気持ちを委ねることになる。しかし、相手が大学生なら、どうしても、
「頼りないところがある」
 という目で見てしまう。一度相手を頼りないと見てしまうと、相手を慕う気持ちにはなれない。特にほろ酔い気分になっている時に、感じるのは、
「委ねたい」
 という気持ちであり、相手に対しての優位性ではないからだ。
 隆子は、この当時、自分が男性に委ねたいという気持ちが強いことを分かっていた。誰かに対しての優位性を感じたいとは思っていなかった。優位性というのを意識したのは、洋子が自分の部屋に転がり込んできてしばらくしてからであり、しかも相手からの自分に対して感じた最初の優位性が、妹の洋子であったことは、隆子には最初信じられないことだった。
――洋子の彼が山で亡くなった――
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次