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隆子の三姉妹(前編)

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 もし、母親が姉に話をしたのだとすれば、それは仕方がないこと、自分が彼を家に連れてきたのだから、話が伝わったとしても無理もないこと。ただ、何もない話題のつなぎとして自分のことを話題にされたのだとすれば、少しショックな気がする由美だった。
 洋子は、話をどこから聞いたのかということには敢えて触れることはなく、
「お仕事で一緒の人なの?」
「いいえ、違うわ」
「まさか、合コンとか、ナンパとか、そういうたぐいのこと?」
「まあ、そんな感じかしら」
 口を濁していたので、付き合い始めたのは、軽い感じのことであるのは分かった。
 それを聞いて気になったのが、隆子だった。
「いつのことなの?」
 軽い付き合いで、いきなり姉に紹介するなど、どういうものだろうかという考えが隆子にはあった。
「まだ梅雨に入る前だったから、五月の終わりか、六月に入ったことだったかしら。私が鬱状態の時だったから」
――やっぱり、この娘、五月病というよりも、鬱状態だったんだわ――
 と隆子は感じた。
「よく鬱状態だって分かったわね」
「私、高校時代にも同じような状態になったことがあって。でも、その時は、すぐに暗いトンネルは抜けれる気がしたの」
「鬱状態だって意識はあったの?」
「うん、意識があったから、暗いトンネルの中を彷徨っている気がしたんだけど、そのまま歩いていれば、抜けることができるという確信があった。でも、その時は、誰とも関わりたくはないという思いが強く、人に話しかけられただけで、吐き気がしそうになったくらいなのよ」
 由美の話を聞いて、洋子は黙って頷いた。
「洋子姉さんは、分かってくれそうですね」
「そうね、私も似たようなことがあったわ。でも、私にはすぐに抜けられるという感覚はなかったわ。確かにトンネルの意識はあったんだけどね」
「あなたは、それが鬱だという意識はあったの?」
 隆子が洋子に聞いた。
「さあ、鬱だという意識があったかどうか分からないけど、誰かに話しかけられると吐き気がしてきたところは一緒だったわ」
 今まで、洋子の一番そばにいたのは隆子だった。話を聞いて心当たりがないわけではない。ただ、その時、隆子は洋子に対して結界のようなものを感じた。それは絶対に踏み込むことのできない妹の領域、その存在を知った時、隆子は、自分が洋子に対して何か負い目を感じたような気がしていた。
 洋子は隆子に対して優位性を時々感じていた。
――勘違いなのかも知れない――
 姉である隆子は絶対だという思いがあるのも事実で、時々しか感じない優位性がどこから来るのか分からないが、それが当の本人である隆子が感じている負い目が大きく影響していた。本人ですら分からない負い目なので、洋子に分かるはずもないが、二人の姉妹の力関係の均衡は、洋子の優位性にあるのではないかということを、二人はお互いに感じていたのだった。
 優位性を表に出さないようにしようと、お互いに思っていたところへ、妹の由美がやってきた。
――二人の均衡が崩れるかも知れないわ――
 由美という厄介者を抱え込んでしまったように二人は感じていた。しかし、三人の関係は思ったよりも苦痛ではない。由美は少しずつ変わってきているが、最初のようによそよそしい雰囲気よりはいいのではないだろうか。
 しかも、彼氏をいきなり連れてくるなど、二人の姉からすれば、規格外もいいところである。
 由美に対して、あまり細かく詮索しないようにした。
 下手に刺激して、知りたいことを煙に巻かれてしまうことを恐れたのと、どんなに話だけを聞いても相手を見なければ分からない。変な先入観を持ってしまうことを二人は嫌ったのだ。
 由美も姉二人から、大した追及を受けることがないのを分かっていたかも知れない。連れてくるということよりも、面と向かって会ってみないと、どのような感情になるか分からない。本番が問題なのだ。
 由美は、彼氏を連れてくるという話をしてから、急に砕けた態度を取るようになった。それまでは、よそよそしさを気になっていたが、今ではまるで家にいる時のように、下着姿で部屋の中を歩き回ったりしている。
 もし、彼氏が見れば、
「百年の恋も冷める」
 というものである。
 隆子は、そんな妹を口では、
「ちゃんとしなさい」
 と言いながら、昔の可愛い妹を思い返していた。
 思春期の妹を知らずにここまで来たのだから、その頃の妹に戻ってくれたような感じがして、嫌な気はしなかった。
――私に甘えたいのなら、甘えていいのよ――
 という気持ちだった。
 それは、次女の洋子が自分に対しての甘えをほとんど見せなかったからだ。
 そこが負い目の一つになっているのかも知れない。
「お姉ちゃんのその態度が、私から甘えを許さない性格に変えたのよ」
 と、言いたげな表情をたまに感じるのだった。
 だが、隆子には洋子が感じるような、
――甘えを許さない――
 という雰囲気は感じられない。
 その思いを由美が示してくれることで、自分が高校時代くらいに戻ったような感覚になれるのは、新鮮だった。
 洋子はそんな由美を見て、
――この娘、白々しいわ――
 と、思っていた。
 だが、洋子は決して由美に対して文句を言おうとしない。由美の視線に何か危険なものを感じるからだ。
 元々、由美の彼氏が、由美に対して優位性を持っていたことなど、誰も知らない。優位性を持った相手に惹かれる性格になってしまったかと由美は感じていたが。それは相手が男の場合だけだった。相手が女性であれば、優位性をこちらに持ってくる相手とは、なるべく接近しないようにしていた。
――何もかも見透かされてしまいそうだわ――
 と、感じるからだ。
 相手が男性であれば逆で、
――相手が自分に優位性を持っているということは、それだけ、私の一部しか見ていないのよ。それが男と女の違い。女にしか分からないところが盲点なのね――
 と、相手に優位性があればあるほど、相手に気付かれずに、こちらが利用できるというしたたかな考えを持っていた。それが由美の特徴であり、自分では長所だと思っている。しかし、それが諸刃の剣として、一歩間違えると命取りになるかも知れないとでも感じたのか、幼馴染の彼と別れたのも、そのあたりに感じるところがあったからなのかも知れない――
 それが由美が誰にも知られたくないと思う一番の考え方だった。
 セミの声を聞きながら、朝を迎えた由美は、普段と変わらず、おどけた様子を見せていた。
 その日は由美が彼を連れてくると言った日だった。
 昼頃には来るだろうということで、隆子は身構えていたが、洋子の方は、
「お姉ちゃんがいればいいでしょう」
 と言って、火の子が飛んでこないように、自分は出かけると言っている。
 由美を必要以上に意識している洋子は、彼氏を見てみたいという興味よりも、その場に自分が居合わせることの違和感の方が辛かった。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次