隆子の三姉妹(前編)
高校を卒業して社会人になった由美と、大学に進学した彼、それぞれに進む方向が違ったことで、彼の優位性がなくなってしまった。今度は逆に由美の中で優位性が生まれていきて、今までと逆の方向から見た相手に対して、
――こんなものだったんだ――
という感覚が生まれ、次第に冷めてきた気持ちが、そのまま愛想を尽かす態度に現れたのかも知れない。
男女の仲というのは、どこでどうなるか分からない。長女は、由美が付き合っていた男性を追いかける形で、この街にやってきたことまでは知らなかった。五月病の時にもそんな雰囲気を感じなかったからだ。五月病にかかれば一人の孤独さに耐えられず、彼氏を頼っていくのではないかと考える隆子は、由美が感じていた孤独の意味を分かっていなかったに違いない。
由美にとって、孤独は鬱状態のようなものだった。
一人でいると寂しいという感覚は付き纏っているのだが、だからといって、他の人が関わってくると、普段感じる煩わしさよりも辛くなる、それはちょっとしたことにでも、感情が敏感になっているからなのかも知れない。隆子には、そんな時の敏感な感情を今までに味わったことがなかった。
それは、由美が躁鬱症であり、隆子が躁鬱状態に陥ったことがないことを意味している。それは、由美と隆子の間に決して交わることのできない平行線が存在することを意味していた。
三姉妹はそれぞれに特徴があり、似ているところもあるが、完全に違うところは、それぞれの性格を見ていると、分かってくる。ただ、それまでに三姉妹にとって共通の知り合いがほとんどいるわけではなく、母親も、別々に暮らしているので、把握できないでいた。母親の性格が誰に一番受け継がれたかというと、隆子ではないかと母親自身は思っている。そのことを隆子自身も分かっているので、なるべく母親と似た性格である部分は表に出したくないと思っていた。それほど、母親を毛嫌いしていた。
もっとも母親も自分が嫌われていることなど分かっていた。長女が都会に出て行くというのを止めなかったのも、娘とはいえ、一緒に暮らしていくことに苦痛以外の何も感じなかったからだ。
そんな感情は、娘には伝わるもの、隆子はもちろん、洋子も二人を見ていて不穏な空気を感じていた。息苦しさすら感じていて、姉がいなくなるよりも、母親がいない方がよほど精神的に楽である。姉と一緒に暮らし始めた心境は、そのあたりに存在していた。
母親への憎しみに近い視線が、隆子の性格を決定づけたと言っても過言ではない。
隆子は、三姉妹の中でも、自分の性格を隠そうとしても、すぐに表に出てしまう分かりやすい性格である。
それは長女として、口で諭すよりも自分の行動から、妹たちを導いていきたいという思いが子供の頃からあったからだ。
そして、もう一つは、母親の性格が、いまいち分からないというのも大きかった。
探ろうとしてもなかなか本性を現さない。隆子は、母親の性格や表に醸し出している雰囲気すべてを否定し、自分があんな風になりたくないという思いを元に、自分の性格を形成していったのだ。しっかりしているように見えるが、性格を表に出してしまうところは、洋子などから見ると、まだまだ頼りないと感じるところがあった。
逆に洋子の場合は、自分の性格を必ずオブラートに隠している。姉と違い、三姉妹の中では、一番妖艶な存在なのかも知れない。
妖艶さの中に、すべてをオブラートで包んでいる性格は、まわりの男性を近づけない雰囲気を持っていた。洋子に今まで男性と深く付き合ったことがないというのは、まわりが寄ってこないからで、寄ってこないものを自分から近づいて行こうとは思わなかった。
ただ、そんな洋子なので、もし近づいてくる男性がいれば、相手がどんな男性であっても、騙される可能性は大きいかも知れない。
洋子のような女性は、意外と自分のことを冷静に見ることができない時がある。普段であれば、冷静に見ている自分を感じるのだが、少しでも自分のまわりの環境が変わってくると、対応できないことも出てくるだろう。それだけ順応性は他の二人と違って持ち合わせていなかった。
不器用だというのとは違っている。
順応性がなくて、不器用であれば、目も当てられない。要領が悪いというわけではないところで、見た目に似ているところを意識しているのは、洋子の方よりも、三女の由美の方だった。
洋子は、姉よりもむしろ妹の方に性格が似ていると言われる方がまだマシだと思っていたが、本当に似ていると言われることはないと思っていた。それだけ三姉妹といえども性格的な開きは大きいと思っているし、持って生まれたものよりも、まわりの環境に左右されやすい三人だという意識を一番感じていたのも洋子だった。
自分のことがよく分からないくせに、洋子は、二人のことはよく分かっているつもりだった。
――私にだけ姉も妹もいるんだわ――
という思いがあるからだ。
何かあれば、二人の気持ちを一番よく分かるのが自分であり、離れて行きそうになった時、繋ぎとめることができるのも自分だと思っていた。
しかし、自分と姉の関係を妹が、逆に自分と妹の関係を姉が、何かあった時に修復してくれるかどうかと言われれば無理だということは分かっている。姉も妹も、自分のことは分かっているようだが、それぞれの関係については、さほど意識していないのではないかと思っている。
そんな洋子を、隆子は頼もしく思っている。自分の分からないことを洋子が指摘してくれるのは、今までにもあった。洋子の指摘は隆子自身のことではなく、隆子と他の誰かの関係についての指摘なので、分かりやすい。隆子は洋子と一緒に住むようになって本当によかったと思っているが、二人だけの生活に由美が入ってきたことで、どのように環境が変わっていくのか、想像もつかなかった。
――一冊の本ができるくらいのお話が生まれるかも知れないわ――
と、隆子は期待と不安を感じたが、当たらずとも遠からじ、期待と不安、どちらが大きいかと言われると、
「どちらとも言えない」
としか、答えられない。
「お姉ちゃん、今度私が付き合っている人を連れてきていいかしら?」
と、由美が隆子と洋子を目の前にしてそう言ったのは、一週間前だった。由美に今付き合っている人がいるということにもビックリしたが、まさかこの時期にその人を引き合わせようとは、想像もしていなかった。
「えっ、あんた今誰か付き合っている人がいるの?」
隆子が口を開こうとした瞬間、一瞬先に洋子が口を挟んだ。驚きが大きかったのは、隆子よりも洋子の方だったのだ。
「ええ、私だってこれでもモテるのよ」
と、おどけた調子で話していたが、その様子を隆子は冷静に見ていたが、洋子は逆に冷静に見るkとはできなかった。
「あんた、幼馴染の子じゃないんでしょう?」
「ええ、違うわ。でも、お姉ちゃん私が幼馴染と付き合っていたのを、よく知っていたわね」
離れて暮らしているのだから、知っているはずはないと思っていた。もし知っているとすれば、話は母親から漏れたとしか思えない。家にいる頃は結構オープンで、母親に彼のことを紹介したこともあったくらいだった。
作品名:隆子の三姉妹(前編) 作家名:森本晃次