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短編集53(過去作品)

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記憶の封印



                 記憶の封印


 その日は朝から頭痛がしていた。
 朝から頭痛がする日が今までにもないわけではないが、そんな日は一日が長く感じられそうで、あまり気持ちのいいものではない。
――頭痛はきっと昼頃には治まるだろう――
 朝から頭痛がする日はいつもそうだった。忘れた頃に頭痛が治まっているのだった。
 頭痛を感じる時は、得てして前の日に何らかの夢を見ている時だった。夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだが、よほどインパクトの強い夢は、そう簡単に忘れられるものではないだろう。
 正治にとっての夢は、本当に短いものである。起きてから思い出そうとしても、簡単に思い出せるものではないのが夢、いつもそう思っていた。
 夢の中に出てくる自分は、自分であって自分でないような気がしている。必ず自分が主人公なのだが、考えている通りに展開する時と、そうでない時の二つがあり、考えた通りの時は、あまり楽しい夢ではないことが多い。
 しかも、悪い夢の方が意外と記憶に残っているもので、目が覚めてすぐには忘れてしまっているものでも、後からふとした時に思い出したりするものだ。
 頭痛がしている時は、あまりいい夢を見ていない。朝起きてすぐだったら覚えているのに、頭痛を感じてしまえば、忘れてしまっている。そういう意味でも頭痛はとても鬱陶しい。
 思い出そうとして頭痛が激しくなることがあったので、無理に思い出そうとはしなかった。そのために、その日に見た夢を夕方までに思い出すことはなかった。
 しかし、さらに翌日に思い出すことがあった。
――同じ夢を見たのかな? それとも続きを見たのかな――
 翌日に目が覚めてから考える。
 考えても完全に思い出せるわけではないので、どこかで夢のことを忘れてしまう。夢のことを考えていると、身体がかなしばりに遭ったように、動くことができないからだ。十分以上も布団の中で考え込んでしまうことなど珍しくもなく、あまりじっと考えていると、本当に身体を動かせなくなってしまうように思えてくるだろう。
 汗を掻いていることがある。
 シーツにグッショリと汗を掻いていて、最初の頃は夜目が覚めて汗を掻いていれば、その都度シャツを着替えていたが、最近ではそれも面倒くさくなった。それほど面倒くさがり屋ではなかったはずなのに、気がつけば面倒くさがり屋になっていたのは、汗を掻いたシャツを着替えなくなってからかも知れない。
 要は気の持ちようであった。
 汗を掻いていても、また布団の中で寝てしまうので、体温で渇いてしまうに違いない。わざわざ着替えるだけ、時間の無駄だと思うようになっていた。夢見心地で目が覚めたのであれば、そのまますぐに眠れるだろう。一旦シャツを着替えたりしていると、完全におきてしまうこともあり、再度寝るまでに時間が掛からないとも限らない。もっとも、一旦起きたとしても再度眠りに就く瞬間の記憶が残っているわけではないのだが……。
 実際に起きる時間になって、汗を掻いていると、布団から出たくないものだ。シーツにもシャツにも汗が沁み込んでいるように思えるので、汗が乾いてから身体を起こそうと考える。
 そんな時に天井を見つめていると、遠近感が取れなくなっているのか、目の前の天井が落ちてきそうな錯覚に陥ることもある。
――どうかしているんだ――
 と思うこともあるのは、身体が寝たままの体勢で宙に浮くような感覚になるからなのかも知れない。
 おかしなことであるが、テレビなどを見ていて、身体が宙に浮くという催眠術やマジックをよく見かけるので、意識の中にイメージが残っているからだろう。
 夢を見ていると感じないものがいくつもある。
――感じるはずがない――
 と思っているからで、夢が別世界であることを意識づけているのだろう。
 夢では色、匂い、痛みは一切感じない。声さえもどんな声だったかすら分からないだろう。知っている人だったら、イメージがあるが、知らない人でも勝手に想像しているはずである。
 小説を読んでいて、読んでいくうちに登場人物のイメージが湧いてくるはずなのに、最初から声のイメージが頭に浮かんでいることがある。きっと、あらすじを読んで本を買うので、最初を読んだだけで登場人物のイメージが自然と湧いてくるからに違いない。
 会話すら想像できるようになると、小説に入りこんでいる証拠だろう。読んでいて、
――この人の話す内容を予知できるな――
 と思うことがあるが、それは決して小説がマンネリ化したものではなく、小説家と自分とのどこかに共通点があるからに違いないと思う。
 かといって、自分に小説が書けるはずもない。書こうと思ったこともあったが、所詮浅はかな思い込みだけでは文章が続くはずもないのだ。最初は情景を書くのが苦手で、セリフは大丈夫だと思ったが、情景が書けるかも知れないと思うようになると、今度はセリフが思い浮かばなくなっていた。
 ついつい辻褄を合わせようと考えるところが一番書けない理由だと思っている。夢を見ている時のように何も考えることなく想像できればきっといい作品が書けるはずだと思うのだが、夢というのが覚めた時には忘れてしまっているというのは、何とも皮肉なことである。だからこそ、夢には不思議な魔力があるのだと、正治は感じていた。
 感じている時間が現実の世界とはまったく違っていることが、一番の大きな違いなのだろう。
――長いのか短いのか――
 その時々で違っている。夢の種類にしてもそうだろうが、現実の世界でも、一日を長く感じることがあっても、一週間で思い返すとあっという間だったりすることもある。
――どこかで夢と混乱しているのかな――
 という考えが起こったとしても不思議なことではない。
 起きてからの部屋はとても寒く感じられるが、休みの日など、部屋にいると、自然と暑くなってくる。だが、それは、表が暖かくなるよりも一時間か二時間、遅い感覚で、表が暖かいかどうか分からないことが多い。
 それも夢で感じることがある。その日の予感があるということにも繋がるのだが、近い将来のイメージが頭に浮かんでくることが、なぜかしばしばあるのだった。
 目が覚めて頭痛がするのは、今までにも何度かあった。最初は、アルコールがあまり強くないので、前の日に呑み会などがあって酒を呑んで帰った時くらいだった。それも、翌日になって目を覚ました時に、前の日、酒を呑んでいたことを覚えていないのだ。目が覚めてすぐには意識が朦朧としているので、覚えていなくても仕方がないのだろうが、意識がしっかりしてきても、忘れてしまっていた。
――どうして覚えていないんだろうな――
 あまり呑む機会がないというのもその理由であろう。だが、日頃から呑んでいれば、ここまで頭痛を起こすこともないし、ましてや、頭痛に苛まれるのであれば、呑む機会も少ない。
――だから、酒を呑まないんだ――
 簡単な理屈である。
 酒を呑んでいない時の頭痛は気がつけば治っていることが多いのは、きっと精神的な疲労から来ているのではないだろうか。それは自覚があるわけではなく、頭痛を感じた時、夢を思い出そうとして、その時に感じるものでもある。
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次