小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集53(過去作品)

INDEX|6ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 アルバイトの女の子がお冷を持ってきて、注文を聞きに来た。若い人もいてホッとした気分になれたというのが本音である。
「モーニングをホットで」
 お盆を胸に抱えた恰好もいかにもレトロだった。この恰好はテレビを見ていて喫茶店の雰囲気がでてきた時の決まったポーズの一つだが、それがウエイトレスとしての決まった作法なのか、それとも、ウエイトレスになれば誰もが無意識にしてしまう恰好なのか、はっきりとは分からない。
 学生の頃、体育の授業であったソフトボール。打席に入る時に、バットを肩に担いで、ゆっくりとピッチャーの側にバットを差し出すような素振りは、よく野球中継などで見かける。
 自分も同じような行動を取ったが、プロ野球の選手の真似をしている意識はあったが、やってみると何となくしっくりくる。そのことからいつの間にかくせになってしまっていて、やらないと、何となく中途半端な気分になってしまう。
 ウエイトレスの行動も同じものではないだろうか、半分意識の中で行われたことだが、知らず知らずのうちにシックリきてしまっている。しかも、短期間で取得するくせであった。
 ウエイトレスの女の子は、三浦を見つめる目が他の客とは少し違っているように思えた。視線に厚みを感じるのだが、それだけに他の人に注文を聞きに行く時の雰囲気が気になってしまう。
 他の人に注文を聞いている時の彼女の横顔は、正面から三浦の相手をしている表情とは若干違っているが、気にならないわけにはいかなかった。
 実に嬉しそうな表情は、三浦の心中穏やかではない。まるで嫉妬しているような感覚だった。
――嫉妬?
 バカバカしい。別に自分の彼女というわけでもないのに、まるで他の男性に取られるような憤りを感じてしまっていた。その憤りの矛先を誰に向けていいのか分からずに、悶々とした気分に陥るのはいつも店を出た後だった。
 これが馴染みの喫茶店でのいつもの朝の出来事だった。
 会社に行って仕事を始めると、その思いは忘れてしまっている。朝だけのちょっと抑揚を感じるひとときである。
 彼女の名前を聞いたのは、初めて行ってからどれくらい経ってからだっただろう。かなり時間が掛かったように思えたが、三回目の来店くらいだったかのように思う。
 最初に入った日から、ほとんど毎日行っている。一日一日の感覚は、その前の日が長く感じたか短く感じたかで違うはずなのに、いつも同じ感覚である。
 三浦はそれを、この喫茶店に寄るようになってからだと思っているが、何ら根拠のあるものではない。
 彼女の名前は留美子、苗字までは聞いていないが、名前を聞いて最初に、
「留美子ちゃん」
 と言ってしまってから、ちゃん付けで呼ぶようになった。中にはちゃん付けをされることに恥ずかしさをあらわにする人もいるが留美子はそんなことはなかった。それが三浦には嬉しく、余計にちゃん付けで呼ぶことに喜びを感じる。まるで妹ができたような気持ちである。
 妹と思ってしまっては、恋愛対象にはなかなかなりにくい。留美子も妹意識で見てもらっているから、親しみやすいのかも知れない。ちゃん付けをするようになってから、他の人への彼女の視線が気にならなくなっていた。三浦にとっていいことなのか悪いことなのか、自問自答を投げかけていた。
 スポーツクラブ近くの喫茶店、ここはまた朝寄る喫茶店とはまた違っている。
 街灯だけの明かりの中でも白壁の喫茶店は、そこだけ映えて見える。鮮やかと言える色ではないが、シックな中での精一杯目立っている雰囲気である。
 店の中にはウエイトレスの女の子はいるが、留美子とは雰囲気が違い、清楚さは感じるが、どこか事務的な雰囲気があるため、自分から話しかけることはしなかった。
 店の客に常連もいるようだが、自分の中で常連という意識があるだろうか。三浦にしても朝立ち寄る喫茶店には明らかな常連としての意識があるが、この店には感じない。ただ夕食を摂るのに立ち寄っているというだけだった。
 もちろん、誰かと一緒に来たことなど一度もない。店の中ではあまりまわりを見渡すこともなく、新聞を取ってきて、出来上がってくるメニューを待っているだけだった。
 朝の店でも同じなのだが、必ずモーニングセットができあがるまでに留美子と話になってしまう。そのほとんどが留美子が話しかけてくれるのだが、たまに三浦が話しかけると、留美子は何とも言えないような嬉しそうな表情になった。
――話しかけられるのを楽しみに待っているのかも知れない――
 だが、毎回三浦の方から話しかけると、そこまで屈託のない喜びを顔全体で表現してくれないような気がしたので、三浦は意地悪かと思ったが、話しかけるタイミングを計っていたのだ。
 スポーツクラブ近くの店では、まず無口だった。メニューを注文する時以外には口を聞くこともない。下手に注文以外の話題を口にすれば、相手がキョトンとしてしまうイメージが浮かび上がってくる。
 そんな表情をされてしまっては、どうしていいか分からない。きっと話しかけたことを後悔するに違いない。それが一番虚しかった。その手の後悔は、なるべくしたくないという心境である。
 店に入ってしばらくは新聞を読んでいた。まわりからはおいしそうな匂いが漂ってきて、食欲をそそられる。さすがに運動した後の心地よいだるさに、空腹感はあまり長く持続できるものではない。精神的に苛立ちを覚えるようになるからだ。
 新聞を読んでいれば少し緩和される。それはいつものことで、緩和されるというわけではないのだろうが、苛立ちのはけ口の一環として、新聞を読む時間がある。
 新聞は朝も読んでいる。だが、朝読む新聞とは違い、あくまでも苛立ちのはけ口に近かった。だが、それでも苛立ちが爆発しないのは、その日一日を有意義に過ごせたという自負があるからだ。逆にその日一日に違和感があれば、新聞を読むことなく、静かにメニューがくるのを待っているに違いない。
 テーブル席が空いているのに、この店ではカウンターに座ることが多い。この店はカウンターが禁煙席になっていて、テーブルの奥の方が喫煙席である。タバコを吸わない三浦にとっては、テーブル席がありがたかった。
 その時に視線を感じたような気がした。一人の女性が入り口から入ってきて、こちらを見ながら歩いてくる。
 にこやかに微笑む彼女が隣の席に座った。
「そこ、いつも私が座っている席ですわ」
 いきなり失礼に感じたので、席を譲る気にはなれなかった。
「ごめんなさいね。意地悪を言ったつもりではなく、私と同じ感性の人もいるんだなって思っただけなんですよ」
 そう言われて思い返してみると、確かに無意識にこの席を選んだ気がしていたが、実は奥から三つ目の席を選んでいた。偶数が好きになれない三浦は、端の席も好きではないので、必然的に三つ目の席を選んでしまう。
「無意識のつもりだったんですが、ごめんなさい」
 失礼とは思いながら、なぜ謝ってしまったのか、自分でも分からない。きっと、彼女に皮肉が感じられなかったからだろう。
「奇数が縁起がいいというよりも、偶数が不吉な感じを受けるんですよ」
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次