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短編集53(過去作品)

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 彼とはどんな人なのか、三浦は必死で想像していた。
 女性と話をすることなどあまりなかった三浦だったので、想像も難しかった。想像ができないと、どうしても相手の男性が好青年にしか思えない。きっといつも冷静に物事を考えるような人で、まわりからも慕われていて、もちろん彼女から一番慕われているのだろうが、そんな彼だからこそ、彼女も不安な面が多いに違いない。そんな二人の関係をおぼろげに想像していた。
 男として三浦は、想像している男性が自分と照らし合わせているのを感じていた。普段であれば、鏡を見ないと分からない自分の姿だが、彼女の話を聞いていておぼろげに見えてくる男性の雰囲気は、三浦自身にしか思えなかった。少し華奢で、色が白く、ひ弱な雰囲気があるのに、どこか筋肉質な雰囲気が漲っている。コロンが似合うのは、きっと自分と違って彼女がいるからだろう。三浦も彼女ができればきっとコロンの似合うに違いないと感じていた。
「その人も水泳が好きなんですか?」
「ええ、最初は歩くために来ていたんですが、最近では泳ぐようになったんです。歩いているだけでもいいのに、一度泳いでみると、次第に病みつきになったようですね」
 確かにこの間泳いだ時、歩くだけでは感じられない何かを感じた。
 まわりに注目されている感覚である。ほとんど平泳ぎで泳いでいるのだが、顔を水から上げた時にまわりを見る余裕がある。それだけゆっくりと息継ぎをしながら泳いでいるのだが、広いプールの中で、泳いでいるのは数人である。完全に占領しているような作家うに陥るのだが、五十メートルのプールが、大海原に思えてくるからなのかも知れない。
 海で泳いだ経験は、中学一年生の時の臨海学校が最初で最後だった。
 海はさすがに海水、しっかり浮いている感覚があり、穏やかとは言えさすがに海、波も感じることができた。
 身体に当たる水の抵抗が心地よかった。それに何よりも大海原というのが気に入った。砂浜からこちらを見ている人がよく見える。砂浜から泳いでいる人への意識は自分にはなかったが、泳いでいるとその感覚が湧いてくる。やはり実行してみないと分からないことも多い。
 ステージに上がる感覚も同じであろう。高校では週に一度講堂での朝礼があったが、クラスから毎回当番で、司会進行が任される。一度だけステージに上がって司会をしたことがあったが、まわり全体から見つめられる感覚は、下から見ている時には気付かないものが一杯あった。
――誰もあまり注目していないと思っていたのに、実際はこんなに視線が熱いなんて――
 自分が思っていたよりも視線の熱さに、最初から最後まで上がってしまって、ちゃんと喋れたかどうか自信がない。
「大丈夫、ちゃんと喋ってたさ」
 顔色が違っていたのだろう。先生が察してくれて声を掛けてくれた。どうやら先生の言うとおり、何とかなっていたようだ。そのことが自分にとって軽い自信に繋がったのは言うまでもない。
 プールの真ん中を一人で占領したかのように泳いでいるのは快感だった。別にノルマがあるわけでもなくゆっくり泳いでいるだけだからこそ感じられるものである。ある意味自分にはスター性はないことの裏返しでもある。
「やっぱり皆に見つめられていると、結構シュートも決まるものさ」
 中学時代の先輩が言っていた。どちらかというと目立ちたがり屋で、スポーツマンには不可欠な部分でもあるのだろう。先輩は、受験の時にバスケットの強い学校を選んでその学校に進んだ。しっかりとしたビジョンを持っての進学だったので、勉強も苦にならないと言っていた。あの先輩なら、きっと高校でも目立ったことだろう。バスケットをやめてしまった三浦には分からないことではあったが……。
――俺の中にも目立ちたがり屋なところがあるのだろうか――
 絶対にないとは言い切れないが、少なくともあまり表に性格が出てくるタイプではない。無意識に押し殺している何かがあるのかも知れない。
 彼女を見ていると、放ってはおけない気分にさせられた。さすがにその日はそれ以上何もできなかったが、それだけで終わるような気がしなかったのは、縁起の数字の成せる業なのかも知れない。
 それからちょうど一週間後のことだった。同じようにプールで二時間過ごした後、その日の夕食は近くの喫茶店で摂ることにした。そこの喫茶店で夕食を摂るのは初めてではなく、今までにも何度かあった。店の人と顔見知りとまではいかないが、ひょっとすれば、店の人は常連さんと思ってくれているかも知れない。
 三浦には常連と呼べる店がいくつかあった。
 大学時代から馴染みの店を見つけるのが好きで、地味な店を捜し歩いたことがあった。派手で目立つ店ではなかなか常連という雰囲気にはなれないだろうし、三浦自身、あまり目立つ店は好きではなかった。
 だが、垢抜けた店という意味では次元が違う。地味でシックな店でも垢抜けている店はたくさんある。そんな店を探すのが好きだった。
 会社の近くの喫茶店、今一番の馴染みといえば、その店になる。
 オフィス街の近くにありながら、少し奥まった位置に店を構えているため、なかなか集客には結びつかない。それでも店は二十年以上も続いているようで、その秘訣は常連客の多いことだった。
 一見、アンティークショップではないかと思わせるような佇まい。窓枠は木でできていて、中に入ると、カウンターの前にあるサイフォンがいつも湯気を立てている。
 木の香りがコーヒーの香ばしさを引き立てるのか、香りが篭っているように感じる。実にシックでレトロな雰囲気だ。
 いつも店内ではクラシックが流れている。店はマスター一人に、早朝からランチタイムが終わるくらいの時間まで、大学生の女の子がバイトで入っている。
 三浦が最初にこの店を発見したのがちょうど一年前になるだろうか。いつも駅近くのバーガーショップで朝食を食べてくるのだが、年に数度しかない休みの日があり、とりあえず会社の近くまで行って、コンビニでパンでも買って、会社で食べようかと思っていた時だった。
 コンビニの場所も少し奥まったところにひとつあるのを知っているだけだったので、裏道に初めて入って、偶然見つけたのだ。
 レトロでシックな佇まいであるが、最初見た時は、明るい店に感じた。中に入ってしまってからは、一度も感じることのなかった思いだったが、なぜ最初に明るい雰囲気を感じたのか、それ以降まったく分からなかった。
 モーニングサービスも実にシンプルなもので、他の店も同じようなメニューにも関わらず、この店だとさらにシンプルに感じる。それだけ新鮮で、興味をそそられたのだった。
 中に入ると客はまばらだったが、それぞれ自分の空間を持っているように思えてならない。
 常連さんであることはすぐに分かった。新聞を読んでいる人、自分で文庫本持参の人さまざまで、客層もサラリーマンの朝食、すでに定年を超えてしまって、朝の散歩としゃれ込んでいるような人もいた。
 あまり若い人がいないのも、彼らが常連客であるという気持ちにさせた要因である。明らかに客の中では自分が一番若かった。
「いらっしゃいませ」
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次