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短編集53(過去作品)

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 だが、それでもしばらくは身体に大きな変化はなかった。まだまだ子供の身体だったかも知れない。
 高校二年生になって、背が伸び始めた。元々伸び初めが遅かったので、一気に伸びたとしても伸びは知れているが、それでも、
「高校生になって、そこまで伸びるかね」
 と周りから言われて、
「今まで伸びなかった分だよ」
 と話したが、悪い気はしなかった。少しであっても自分の身体に成長という変化が訪れたことは嬉しかった。
 身体は相変わらず白く、女性ホルモンの多さを感じたのも仕方がない。精神的にはオトコなのに、身体の線は女性っぽい。悩んだ時期もあったりした。
 歩くことは嫌いではない。水泳と言っても泳ぐことは目的ではない。
――無理のない運動――
 これが目的だった。
 だが、プールでは恥ずかしかった。最近では営業に出かけているので、少し日焼けするようにはなったが、次の日には日焼けが戻っている。やはり女性ホルモンが強いのだろう。
 週に三回、時間にして二時間ほどプールにいる。ほとんど歩いているようなものだが、これが却ってきつかったりする。
 週に三回というのは、他の日は営業の仕事で来れないというのが事情だが、一日置くとちょうど回復するからというのが本音である。別に筋肉を鍛えることが目的ではないので、疲れを溜めないようにするのが一番である。
 プールに来るといつも使うロッカーがある。
 番号は十七番を使っている。縁起を担いでいるのだが、最初の発想としては偶数は嫌だった。奇数にしたいという思いがあり、バランス的に二桁の数字がよかった。十一番はゾロ目で並んでいるのでバランスがいい。偶数を気に入らない理由は、二で割り切れるところである。二で割り切れる数字にはバランスのよさを感じる。だからバランスのいい十一番は敬遠した。十三番は西洋では不吉な番号とされている。これも嫌だった。十五番、十九番さ、最初に来た時にどちらも埋まっていた。目に付いたのが十七番だったのだ。
 数字で書いてみれば案外とバランスが取れている。しかも、三浦が来る時にはなぜか必ず十七番が空いている。自然と自分の指定席のようになっていた。
 ロッカーは縦に八段あるので、ちょうど参列目の一番上に当たっている。そのことからも最初に選んだ原因でもあった。
――意外と皆、自分の番号というのを持っているんだろうな――
 ここは一般の客も来るが、基本的には会員制のスポーツクラブである。会社の人がりようしているかどうかは輪からなったが、会うことはなかった。
 プールは温水プールで、五十メートルプールを、泳いでいる人もいれば、端の方では、歩けるようにもなっていて、歩いている人も少なくはない。インストラクターも数人いて、泳ぐ人はインストラクターの指導を受けている。
 三浦は、基本的に歩くだけである。ゆっくり歩いては上がって休憩し、また歩く。その繰り返しなのだが、結構な運動にはなる。
 一度軽く泳いでみたが、なかなか難しいようで次の日にはかなりの筋肉痛だった。
 さすがにその日は帰って寝ている間に、身体がジワジワと熱を持ってきたような感覚に襲われて何度も目を覚ました。夢を見たようだが、バスケットをしていた頃の夢だった。まだまだ自分の身体が動いているという石井だったが、夢の終わりごろには、自分で考えているよりも動かない身体を感じていた。まるで水中を必死で走っているような感覚だった。
――やっぱり、水泳って全身運動なんだ――
 と思い知らされた。目を覚ました瞬間は分からなかったが、起きようとして身体を動かすが、痛くて動けなかった。
――かなしばりに遭ったみたいだ――
 前の日の水泳が影響していることに違いないが、最初前の日に水泳をしたことすら忘れていた。なぜ身体が痛いのか分からなかったのだ。だが、身体の痛さはバスケットをしていた頃の筋肉痛とは少し違っていた。それだけ長い間運動をしていなかった証拠であった。
 水泳の影響はその日一日続いた。
――週に三回にしておいてよかったな――
 会社に着いて、営業に出かける時間になると、歩く筋肉はかなりほぐされていた。確かに運動はずっとしていなかったが、歩くことに関しては嫌でも毎日のことである。無意識だが地道な運動が、功を奏していた。
 歩いていて、身体が慣れてくると、不思議ときつくなくなっていた。呼吸法が少しずつ身についているようである。汗もそれほど掻かなくなっていたし、息切れも少なくなってきた。少しずつ効果が現れているのだろう。
 翌日、仕事が終わって、またプールへと向う。
 入れるロッカーはまた十七番、いつものように空いている。
 その日、ロッカーに忘れ物があった。コロンが置いてある。匂いは柑橘系で、三浦が嫌いな匂いではなく、むしろ好きな香りだった。ただ、自分でコロンを使うことのない三浦にとって、どんな人が使っているのか、興味もあった。
「すみません。これ、ロッカーの中にあったんですが、昨日の人の忘れ物じゃないかと思います」
 とフロントに持っていくと、
「ありがとうございます。ではさっそく探してみますね」
 と、女性事務員が返答してくれた。
 次回に来た時、フロント係の人が、
「この間のコロン、持ち主に返しておきました。ありがとうございました」
 と、お礼を言われた。久しぶりにいいことをしたという些細な満足感に満ち溢れていた時、
「ありがとうございます」
 と、その日の水泳が終わって、表に出た時に、一人の女性に声を掛けられた。後ろを振り向くと、そこには背が低くて可愛らしい女性が立っていた。何についてのお礼なのか分からずにボッと立っていると、
「コロンを届けてくださいまして、ありがとうございます」
「ああ、あれですか。いえいえ、いつも使う自分のロッカーにあったものですからね。前の日に使った人の忘れ物だと思ったんですよ」
「そうでございましたか。ところでつかぬことを伺いますが、そのロッカーの番号というのは、もしや十七番ではございませんか?」
「ええ、そうですが」
 おかしなことを聞いてくる女性だ。だが、元々男性更衣室の忘れ物である男性用コロンと、話しかけてきた女性とを結びつけるものは何であろうか。それがそもそもの疑問である。
 普通考えれば、彼氏か旦那か父親の忘れ物のうちのどれかであろう。女性を見ていると、年齢としては二十代前半、彼氏か夫ということになるように思えた。
「すみません、実は私が十七番が好きなんですよ。そしてあの人もきっと十七番を使うと思っていました」
「あの人というのは?」
「彼だった人のことです。今はもう関係ない人なんですけどね」
 少し訳ありという感じであった。あまり詮索してはいけないのだろう。そう思うと自然と表情が、訝しくなってくるのではないかと感じた。
 彼女の前であまり訝しい表情はしたくない。会話が何となく噛み合っていないのは分かっているが、彼女のあどけない表情を見ていると、少々のことは許せてしまう雰囲気を感じる。
「どうやら、彼の心の中に私はいないようなんですよ。このコロンも実は私が以前にプレゼントしたもので、プールに行く時は必ず持っていってくれていたんですけど、ついに忘れてくるようになったんですね」
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次