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短編集53(過去作品)

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「ああ、それぞれ人によって克服方法も違うだろうな。俺の場合は、休みの日にはまったく歩かないという完全な休息法を取ったんだけど、それも短い時期だった。気分転換にはなったよ。おかげで今は休日に散歩するのが日課になったんだけどな」
 先輩の話を聞いて目からウロコが落ちた。
――自分独自の克服法、それは必ず見つかるはずだ――
 先輩の方法はオーソドックスに見えるが斬新な方法である。では逆に斬新に見えるが、オーソドックスな方法はないかと模索した。だが、結局自分の中で一番オーソドックスに感じる方法を選んだ。それが水泳教室だったのだ。
 スポーツクラブの中にあるプールで、まずは軽い運動。そこから始めることにした。水泳など、高校の時以来である。しかも、嫌いだったというイメージしか残っていない。
 水自体、あまり好きではなかった。いくら暑い季節だとはいえ、上がってくると寒さを感じる。むしろ夏は汗を掻いて、時折吹いてくる風に涼しさを感じる方がよかった。自ら上がると感じる寒さは、時折吹いてくる風のためだった。
 ただ、バスケットの練習で水泳は取り入れられていた。泳ぐというよりも水に身体を慣らせると言った方が正解かも知れない。バスケットは全身運動で、上半身と下半身のバランスが要求される。
 短いコートの中で一つのボールを追いかけて縦横無尽に動き回る。そのため、瞬発力が要求される。クイックターンの練習など頻繁で、何回もダッシュとターンの反復練習をしたものだ。
 だが、持続力もともなっていないと、試合にはついていけない。マラソンランナーにそのあたりは似ているだろう。
「ある程度までは身体が慣れているからいいのだけど、途中からきつくなってくる。呼吸法を忘れてしまう時があるんだ。この時に一度楽になりたいと思う」
「最初の山ですよね」
「そうだ。そして、その後に今度は急に楽になれる時がある。身体の余計な力が抜けてきて、これなら最後まで戦い続けられるっていう時間帯があるんだよね」
「身体が宙に浮いている感覚で、まるで自分の身体ではないように思える時ですよね」
「その瞬間を味わいたくてマラソンをしているようなものだからね。まわりが結構見えるんだ。風に色がついて見える時だってあるんだぜ」
「風に色が?」
「ああ、風の流れが分かるようにするためなのか、それとも風の流れが分かるから色がついているように見えるのか、とにかく風の流れが分かるんだ。だから呼吸法も安定しているんだろうね」
 風に色がついている発想は面白かった。幻影の一種なのだろうが、自分の限界に挑戦している時というのは、身体が反応する。それがどんな反応なのか人によって違うだろうが、超常現象とも思えることを感じる人もいるだろう。風に色を感じるくらいは、当たり前なのかも知れない。
「風の抵抗を心地よく感じている時はいいのですが、それを超えると、またきつくなるんですよね」
「そうそう、今度は自分の限界との戦いなんだ。まわりの人はもう目に入らなくなってくる。ここからが一番辛い瞬間だね」
「僕の場合は、団体競技なので、身体が軽い時になるべくまわりの人を感じるようにしています。そうすれば最後の辛く苦しい時間帯も何とかなりそうな気がしてくるんですよ」
「スポーツってまったく違う筋肉を使っていろいろな競技があるけど、少なくとも持続力を必要とする競技にはすべて今の話に共通するところがあるよね。ある意味スポーツに限らない。人生そのものもこの気持ちに通じることがあるようだ」
「さすがによく知ってますね」
「俺のは本の受け売りだからね」
 と言って笑っていたが、本を読むということは、それだけ自分の信念を信じているのだろう。自信があるから本を読んで確認したくなる。気持ちはよく分かる。
 学生時代に短い間ではあったが、バスケットをしていたことは、三浦にとって思ったよりも大きなことだった。
 何しろ中学時代、あれからいろいろなことがあった。思い出すのも遠い過去である。
 中学時代のことを思い出すと、まるで昨日のことのように思い出せることがある。高校時代の方が遥か昔だったような錯覚である。
 中学時代は自分にとって暗い時代であった。
 三浦が女の子を意識するようになったのは遅かった。高校時代になってからだった。中学時代はバスケットに打ち込んでいたのもその原因であるが、女の子への意識がなかったのは、女性ホルモンが強かったからなのかも知れない。
 小柄で華奢な身体つきだった三浦は、声変わりも遅く、まわりが成長しているにも関わらず、精神的に子供であることを意識していた。
 成長が著しいまわりの男子のほとんどは不良に見えていた。思い切り偏見なのだろうが、学生服の着こなしもだらしなく、表情にもいやらしさが感じられる。
――あんな不潔なやつらとは違うんだ――
 心の底で感じていた。男性ホルモンの強さからか、彼らの顔はニキビ面で脂ぎっている。そんな顔になりたいなど、まったく思わなかった。
 バスケットをしていて、自分だけが浮いていた。暑い中、表での練習でも一人日に焼けていない。まわりは真っ黒で野生的なのに対し、三浦だけが白い肌だったのだ。
 そんな三浦に最初先輩はいろいろ卑猥なことを教えてくる。知りたいとは思ってもいないが、先輩には逆らえない。当然先輩たちも面白半分で、三浦の反応を見て面白がっているに違いない。
 女の身体、そして男の性、いやらしいことを耳元で囁いてくる。練習が終わって一息ついている時間帯なので、身体はまだ興奮している。
 三浦が普段冷静で、あまり興奮することがないとはいえ、さすがに練習が終わってすぐの身体や精神状態では、頭が一番活性化されている時間帯なので、身体は反応してしまう。
――どうして反応するのだろう。いやらしい身体になってきているのかな――
 いまだ彼女がほしいとかいう感覚にならない三浦だったが、勝手に反応する身体に戸惑っていた。
 身体と精神のアンバランスが、変に心地いい。だが、納得が行かないのは精神的には気持ちのいいものではない。戸惑いが、そのうちに自分を無意識に否定してしまう性格を作り上げていた。
 暗い時代だったと中学時代を振り返る要因はそこにあったのだ。
 高校に入ってバスケットを止めると、
――彼女がほしい――
 という願望が強くなった。
 彼女がほしいという初めて感じた瞬間を意識している人がどれだけいるだろう。三浦の中でははっきりとしたものがあった。
 クラスの男の子が、同じクラスの女の子と待ち合わせをしているところを偶然見てしまった。二人とも制服姿で、その時の二人の表情は、学校で見せる表情とは違っていたのだ。
 二人ともいつも無表情で、目立たないタイプだったが、待ち合わせている時の顔は、今までに見たことのないような笑顔だった。
――羨ましい――
 二人に対して同時に感じた思いだった。
 相手の男に自分を重ね合わせ、女性の表情を正面から見ているような感覚になる。想像力が豊かだということに気付いたのもその時が初めてで、もう想像だけでは我慢できなくなっている自分がいることにも気づいた。
 その時に初めて女性を意識したのだった。そして自分の中にあるオトコとしての部分を……。
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次