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短編集53(過去作品)

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 正直、朝井は自分の演出に酔っていた。
――今夜のイベントへのプロローグとしては最高ではないだろうか――
 朝井の考えは的中した。
 席に座った二人は、あまり会話はなく、一言二言会話を交わせばすぐに大パノラマに顔を向ける。
 お互いにその日のイベントを意識しているはずなので、会話が少ないのは想像できた。会話が少ないというよりも続かないように思えたからだ。会話一回に対してぎこちなさが生まれ、次第に重苦しい空気に包まれるのではないかという懸念があった。大パノラマは懸念を払拭するには十分な演出だったのだ。
 だが、ぎこちなさから生まれる重苦しい空気が、その日のイベントへの「きっかけ」を作るのかも知れないという考えはあった。
 ぎこちなさが相手を求めているのであれば、お互いに本能が求め合うものである。本能を無下にはできない。
 朝井は本能を信じるタイプである。
 本能があるから理性があり、本能が理性を作っているといっても言いすぎではないとすら感じていた。本能を抑えつけることを愚かだと思っていて、そういう意味ではぎこちなさもエネルギーを溜める一つの要因になっていることを感じていた。
 だが、なぜかその日の朝井は、ぎこちなさや本能を敢えて押し殺しているようだった。
――大人の雰囲気を作りたい。怜奈は大人の雰囲気を欲しているのだ――
 と感じたからだ。
 二人きりになって部屋に入り、いくら紳士淑女を装っていても肌と肌が重なれば、そこからエネルギーをお互いに放出するという欲望が爆発するに違いない。その瞬間の爆発を朝井は望んでいた。
――怜奈も同じ気持ちに違いない――
 この考えも朝井が自分を、
「ナルシストだ」
 と感じさせる要因であった。
 朝井には面白いくせがあった。
 死んだ後の夢を見ることがあったのだ。もちろん夢なので、ハッキリとは覚えていないが、覚めてから背中にはグッショリと汗を掻いていて、
――また見てしまったか――
 と、夢を見てしまったことを後悔してしまう。
 と言っても、自分が見たいと思って見るものでもないので、後悔しても仕方がない。だが、夢というのは潜在意識が見せるものという意識があるため、心のどこかで、
――見てみたい――
 と感じることがあって見てしまうに違いなかった。
 死後の世界がどんなものかというのは、SFやホラー小説などを読んでいて、漠然とイメージしていた。ただ、天国や地獄といったイメージのものではなく、成仏できずにこの世を彷徨っているイメージである。
 あくまでイメージなので、成仏できなかったというより、死んだ後の世の中を見るという意味では、それほど悲しいイメージで見ているわけではない。
 その意味では家族が出てくるわけではなく、まったく知らない社会が広がっている。幸せそうな家族を見て、微笑ましいと思っている自分を感じながら、
――将来はこんな家庭を築きたい――
 という考えたりしている。
 だが、それだけなら自分が死んでしまったと意識できるはずがないのに、どうして死後の世界だと分かるのだろう。夢から覚めるにしたがって、その意識が湧いてくる。夢を見ている時には、よもや自分が死んでいるなどという意識はない。きっとグッショリ掻いた汗に気持ち悪さを感じながら、起きてから見る世界が現実に引き戻されたことで、目の前の世界が狭く感じられるからではないだろうか。自分勝手な想像ではあるが、夢というもの自体がハッキリとしたものではない。
――これは近未来に起こることだったりすると恐ろしい――
 と、起きてから感じることが怖かった。
 そんな夢を見るのは、怜奈と愛し合った日が多かった。
 最初は少しお互いを探りながらであったが、一度身体を重ねてしまうと、お互いに相性のよさを感じていた。怜奈にしても、一度身体を重ねてしまうと、朝井を見つめる目が違ってくる。
 トロンとした視線になると、完全に求めていることが分かる。実に分かりやすい性格の女である。分かりやすい方が朝井にとっては願ったり叶ったりで、それだけ自分のことを信用してくれているからだと思って嬉しくなってくる。ベッドの中では完全に朝井に対し心も身体も開いていて、信用が信頼に変わる瞬間であった。
――まるで相手を征服したような気分になってくるな――
 従順な女性への征服感は、男冥利に尽きるものだと思っている。相手が全幅の信頼を寄せ、身体を求めてくるのが性の営みであることから、決して汚らわしいものには思えない。欲というものが人間の持っている潜在能力を発揮させてくれるのであれば、それはそれで大切なことだ。性の相性も男女の相性の中でかなりのウエイトを占めているに違いない。
「結婚、しようか?」
 プロポーズにしては、あまりにもそっけないものだったかも知れないが、二人の間では元々暗黙の了解のようなところがあった。あまり真剣な会話があるわけでもなく、それでいて会話は頻繁にしていた。すべてがお互いに暗黙の了解があったと思っているからこそうまく付き合ってこれたのだろう。
「ええ」
 短い返事も想像通りだった。そこから先の言葉はいらない。
 これと言った障害もなく、結婚はとんとん拍子に進んだ。お互いの家族への引き合わせもスムーズだったし、相手の両親も朝井を気に入ってくれたようだった。
 朝井の両親も怜奈を気に入ったようで、
「大切にしてあげないといけないよ」
 と言葉少なだった。
 元々朝井の両親は言葉数が多い方ではない。子供を信頼しているというよりも、余計なことを喋らない性格というべきだろうか。大切なことを話す時など特にそうで、あまり余計なことを話して、本当に言いたいことが隠れてしまうのを嫌っているようだ。
 両親とも同じような性格だった。
 子供の頃から不思議に思っていたのだが、同じような性格の男女が結婚したというだけのことなのか、どちらかが言葉少ない性格で、そのことに感銘を受けてもう一人も言葉少ない性格になったのかも知れない。
 だが、朝井とすれば、元々二人とも言葉少ない性格だったように思う。性格はそんな簡単に変えることができないという考え方が一つと、何よりも朝井自身、余計なことを言って、相手を混乱させたくないという同じような考えを持っているからである。まさしく遺伝というべきではないだろうか。
 結婚するまでが一番楽しい時期だったのかも知れない。
 だが、それは後から考えて感じることであって、結婚してしまうまではいろいろな不安点もあった。
 就職活動をしていた頃を思い出す。
 漠然とした社会、そこへ出て行くことの不安、それらを感じながらの就職活動は、半分開き直りがなければ切り抜けることができなかった。後から思い出してまだまだ学生時代の延長だったように思えるのは、不安が拭いきれていなかったからだろう。
 順風満帆に近い結婚だっただけに、後から思い出すと交際期間が実に短かったように思えた。
作品名:短編集53(過去作品) 作家名:森本晃次