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死がもたらす平衡

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 時間的には、二、三分ほどのことだったのに、十分くらい一緒にいたような気がした。奥さんに見とれていたわけではないと思うのだが、なぜか目が離せなかったのだ。奥さんが良枝と話をしているはずなのに、チラチラと自分の方を見ているのではないかと思ったからだった。
 確かに、二人を相手に話しをしているのだから、二人に対して交互に視線を向けることもあるかも知れないが、奥さんの視線は間違いなく、良枝にしか向いていなかったはずなのだ。それなのに、自分を見ているような気になって、思わず奥さんに向かってニッコリと微笑んでしまったのは、滑稽なことである。良枝の背中に目があったら、何と言われるだろう。恥かしさから、二人が帰った後も、良枝の顔をまともに見れないくらいだった。
 その日から、隣を意識しなければならず、今まで広いと思っていた部屋が、少し狭く感じられるようだった。だが、今まで隣に誰もいなかったのが幸運だっただけで、誰が入ってきても不思議のない状態だった。それを思うと、贅沢を言えない。少し狭く思えるくらいの部屋の方が、却っていいかも知れない。
「掃除する時、気が楽だわ」
 と、良枝がボソッと呟いた。きっと吾郎と同じ気持ちだったからに違いない。
「行ってきます」
 午前六時半、いつものように吾郎が、家を出て行く。まだ少し表は暗いが、次第に昇ってくる日が早くなってくるのを感じていると、ゴールデンウイーク明けの今くらいが、一番気持ちよく出勤できる時期であると感じた。
 隣の部屋の換気扇から、おいしそうな匂いがしてくるのを感じた。
「スクランブルエッグかな?」
 朝食の卵料理にもいろいろあるのに、なぜスクランブルエッグが浮かんできたのかというと、良枝はいつも目玉焼きだからである。黄身をあまり硬くしないような焼き具合は嬉しいが、たまにはスクランブルエッグも食べてみたいと思うこともあり、匂いだけで勝手な想像をしてしまった。
 良枝は一途で、吾郎が、
「おいしい」
 と言えば、いつまでも同じ料理を続けるところがある。一見、非の打ちどころのない良枝を見ているつもりだったが、いつどこかで綻びを見えることがあるとすれば、一途な性格が見えた時、感じるのではないかと、時々感じている吾郎だった。
 隣の夫婦は、新婚ではあるが、旦那は出張がちだった。食品メーカーの営業の仕事をしているようで、広域にフォローする必要があり、月のうち半分近くは、ビジネスホテルで暮らしているらしい。
 よく見ると、ガッチリした身体をしている。学生時代には何かスポーツでもしていたのだろう。小柄で華奢な奥さんとは似合っていないように見えるが、
「却って、アンバランスに見える方が、相性はいいのかも知れないわね」
 と、良枝がたまにカップルを見ては言っている言葉を思い出した。
「そういえば、僕たちもそう見えるかも知れないよね」
 体格は別にして、性格的には完全にアンバランスな二人、まわりから、どう見えているのだろうか?
 吾郎は、どちらかといえば、大雑把な性格で、よく言えば細かいところにこだわらない性格で、悪く言えば、いい加減なところがある。良枝は逆に、几帳面な性格で、よく言えば、一途で大きな間違いをしない性格であるが、悪く言えば、融通の利かない、堅物と言えるだろう。そんなアンバランスな二人であるが、一年経っても、まだ新婚気分の中にいる。良枝がアンバランスな二人ほど相性がいいと言いたい気分も分からなくはない。
 良枝と吾郎が知り合った時、二人とも最初から、お互いに性格が違っていることに気付いていた。
「一番、相性が合わないとすれば、私たちのようなタイプなのかも知れないわね」
 と、最初から冷静だった良枝が言った言葉だった。二人が結婚するなど、その時にはまったく考えていなかったことだろう。
 隣に新婚夫婦が引っ越してきた数日前、二人は結婚一周年を迎えた。その時のサプライズを思い出して、時々ほくそ笑んでしまう良枝だったが、何が一番の楽しいだったかというと、普段から表情をあまり変えることのない吾郎が、良枝の考えたサプライズでどんな表情になるかが、楽しみだったのだ。
 吾郎はさほど表情を変えなかった。
「やっぱり」
 がっかりしなかったと言えばウソになるが、それが吾郎の性格なのだから、良枝はいつもの吾郎であったことが平凡な生活を変えることなく、これからも歩んでいけるという確信を持てただけでも、安心だった。
 喜びは薄かったが、その代わり安心を得ることができたのだから、どっちが良かったのかと言えば、微妙なところであった。
 この間のサプライズで、初めて良枝がスクランブルエッグを作ってくれた。
「これは?」
 と言って、スクランブルエッグを指差すと、
「少しアンバランスでしょう?」
 確かに、ローストチキンや、洋風サラダの近くに、一皿、スクランブルエッグがあるのは不自然な感じがした。
「どうして?」
「スクランブルエッグ。今まで作ったことがなかったのを思い出して作ってみたのよ」
 なぜスクランブルエッグなのか分からなかったが、後で隣の部屋の卵の匂いを嗅いだ時にスクランブルエッグを思い浮かべた理由の一つには、これがあったからかも知れない。この日から、吾郎の中でスクランブルエッグは、キーワードになっていたのだった。
 吾郎は、好きな食べ物は、少々続けられても、あまり気にならない方だった。三日続くと飽きるというが、吾郎は好きな食べ物であれば、一か月でも大丈夫だ。
 良枝のシナリオには、いつも朝食のシーンがあった。ほとんどは和食の世界で、ごはんに味噌汁、生タマゴ、吾郎にとってはビジネスホテルの朝食のイメージだ。
 吾郎はたまに出張に行くことがあるが、ビジネスホテルに泊まると、和食が多かった。普段はトーストにハムエッグ、そしてコーヒー。そこにちょっとしたバリエーションが加わるくらいで、さほど朝食メニューに変化など見られない。
 それは、どこの家庭も同じではないだろうか、特に朝食を食べずに会社に行く人が多いが、理由の一つとしては、
「目が覚めてすぐには、食べられない」
 という思いがあるだろう。
 だがそれ以上に、
「いつも同じようなメニューでは飽きる」
 という理由で食べない人も決して少なくないように思える。
「朝食を食べないと、力が出ない」
 と言って、和食ばかりの人がいるが、良枝も吾郎も、朝からの和食は苦手だった。
 特に良枝の場合は、毎朝のように決まった和食のメニュー、朝食を食べることができなくなった時期があるくらい、身体が受け付けない時期があった。誰にも相談できずに、朝食を食べないでいると、結構まわりにも理由はどうあれ、朝食を食べずに学校に来る人が多いことを知ると、気が楽になって、洋食なら食べれるようになった。
 いくら好きなものは飽きないタイプの吾郎でも、毎朝だと気が滅入ってしまう。一旦嫌いになると、とことんまで好きになれない吾郎の性格は、まわりからは、堅物に見えるだろう。堅物というわけではないが、吾郎は性格的に、自分で納得したり、触って感じたものでなければ絶対に信じないという性格でもあった。
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次