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死がもたらす平衡

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 ただ、この二人の関係が、遠い過去へと遡る時、二人を取り巻く環境が、糸となって繋がっているのは見えてくる。繋がった糸は、ほつれないように強く結ばれ、そのせいか、誰かが動くと、その時点から、絡まってしまう。絡まった糸の先が見えるわけではないので、絡まった相手が誰と誰なのか分からない。そんな状態に、今包まれているようだった。輪の中心にいるのは由美であり、目立たないようにしているつもりだったが、絡まった糸の先の相手は、必ず由美を意識する。
 それは女性であっても同じこと、特に直接被害を受けた良枝は、記憶が定かでない中で、由美の存在が自分にとって大きなものであり、さらに自分の夫に食指が動いているなど知る由もない。ただ、食指が動いているとはいえ、本当に吾郎が由美に靡くとは思えなかった。吾郎にとって、一番嫌いなタイプの女性だと思っていたからだ。
 良枝の危惧はそれだけではなかった。良枝自身も由美という女性が、自分にとってどんな存在なのか少しずつ分かりかけてきた気がしたからだ。由美と廊下などですれ違った時に感じた視線は、身体に震えを感じさせ、ひどい時は、そのまま嘔吐を催すことさえあったのだ。
 ただ、それが子供の頃の記憶に直結していることまでは良枝にも分からなかった。由美にもまさか、自分が悪戯したことのある相手だなどという意識もなく、視線を強く送っているのは、
「吾郎の妻としての、ライバル心」
 からであった。
 ただ、そこに嫉妬が絡んでいるわけではなかった。由美という女は負けん気が強く、他の女性に対し、嫉妬心を感じるようなことなどないと、自覚していたのだ。
 嫉妬心は自分の負けを示していると思っていた。負けることは自分には許されないと思っている。それは相手が男であっても女であっても同じで、子供の頃から変わっていない。女の子に悪戯したのは、後にも先にもあの時だけで、どうしてあんなことをしたのか分からなかったが、自分の中で、
「何かに負けたくない」
 という意識があったはずなのだが、その何かとは、思い出すことができない。由美にとっても悪戯してしまったことは、
「忌まわしい過去」
 であり、忘れ去ってしまいたい記憶の中の汚点だったのだ。
 由美の視線を感じた良枝は、自分がそのまま倒れてしまうのではないかと思いながら、どうしてそんなに恐れるのかを考えてみた。
 子供の頃の記憶が影響していることは何となく分かったが、悪戯された記憶では、
「男の子二人」
 が相手だったと疑う余地はなかったので、今のままでは思い出すことはできない。何かのきっかけが必要なのだろうが、それを教えてくれたのは茂だった。
 茂が飯田の死のことを話の中でぽつりと話した。飯田とは直接的に話をしたことは二、三度しかなかったが、あの時も嘔吐を催した記憶があった。奇しくも同じような嘔吐を催す相手が今近くに存在している。どこかで繋がっている因縁が、良枝に襲い掛かってくるのではないかという言い知れぬ不安に苛まれるのであった。
 飯田が悪戯をしたのは、由美に対して逆らえないという気持ちがあったからだ。それが大人になってから茂に感じた、逆らえないという気持ちとは少し違っていたかも知れない。その時、自分は坂口に対して逆のイメージを持っていたからだ。
 坂口は飯田に対して、どうして逆らうことができないのか分からないでいた。本人が分からないのに、相手が分かるわけもない。ただ、逆らえないという意識だけは自分にも持っているので、分からないでもないが、逆らえないことが子供の頃と違った感覚であるように、人それぞれ違って当たり前である。
――一体この中で、誰が主導権を握っているのだろう?
 この思いは、それぞれの人間が持っていた。
 一番強く感じているのが由美であり、その次は良枝かも知れない。
 ある意味巻き込まれた感の強い頼子だが、彼女の果たしている立場は微妙で、大きな影響があるのは間違いない。頼子は接点が少ないが、それでも大きな影響があるのだ。
 それは吾郎にも言えることで、吾郎も由美と関係さえ持ってしまわなければ、蚊帳の外だったかも知れないが、関係を持った時点で大きく関わることになる。
 ただ、これも由美の計算だった。
 吾郎を蚊帳の外に置いておくことを嫌った由美が、納得ずくで吾郎を誘惑した。吾郎も由美に誘惑されたことを当然のように受け止めているのは、大きな渦の中に巻き込まれることを快感のように思ったのかも知れない。
 ただ、良枝が自分の悪戯した相手であるということは、最初から分かっていたのかは、疑問である。これは本当に偶然だったのだろう。ここまでの繋がりができあがるには、一つくらい偶然があってもいいのではないかと思うが、それも何かの力が働いていると思うのも無理のないことだ。
 由美と飯田が深く関わってできあがったこの関係。ただ、飯田はすでに死んでいるのだ。飯田の気持ちを誰が分かるというのか、由美は考えてみた。
「やはり、頼子さんしかいない」
 由美は頼子に対して尊敬の念を持っていた。そして、自分の中で勝手に。
「頼子さんには逆らえない」
 と思ったのである。
 頼子と由美は、それほど親しいわけではない。飯田が一度頼子に由美を紹介し、由美はあまり頼子と親しいつもりではなかったが。頼子の方が慕ってきたのだ。
 だが、そのうちに立場が逆転してきた。頼子が慕ってきているはずなのに、由美が頼子に対して次第に頼るようになっていった。
 頼るだけではなく、そのうちに逆らえない自分を感じるようになった。弟の飯田に対しては絶対服従のような気持ちを表しているのに、姉に対しては逆らえない。飯田が頼子に逆らえない気持ちでいるのだから三すくみではない。
 だが、実は頼子自身は、飯田に逆らえない部分があった全部ではないが、この姉弟は、お互いに逆らえない部分を要していて、それぞれに違うところで慕う関係だったのだ。そのことを飯田はいつ頃から意識し始めたのだろう。悩みに思うようになっていた。
 頼子は悩むことをしなかった。
「これが姉弟の本当の姿なのかも知れないわ」
 と感じていたので、弟が悩んでいることなど、まったく分からなかったのだ。
 頼子と飯田と由美の関係は、それぞれに立場が明確だった。
 頼子は飯田に対して強いものを感じ、由美は頼子に強いものを感じていた。そして飯田は、自分では分からなかったが、きっと姉に対して強かったのだろう。
 由美は頼子とは性格も雰囲気も正反対なので、お互いに惹き合う共通した部分はない。どちらかがどちらかに委ね、慕う関係であった。
「こんな関係って、本当に薄っぺらいものなのかも知れないわ」
 そう感じたことで、由美にとって頼子は悩みの種になってしまった。由美と頼子はそれぞれで違うところに悩みを抱えていたのだ。共通する性格ではないというのも分かると言うものだ。
 由美は頼子に対して、自分優位の立場を作りたかった。これからの自分が、まわりの人に対する影響を深めていくことが自分にとってどれほどいいことなのかと思ったからだ。
 由美の自分勝手な性格を誘発したのは、飯田の死によるものだった。
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次