死がもたらす平衡
飯田は由美の性格を分かりきっていることで、逆らえなかったのだが、頼子に対しての気持ちと由美に対しての気持ちの狭間で揺れ動いた中での死だった。
本当に死にたいとまで飯田は思っていなかったであろう。死を目前にして、立ち止まるはずだったのに、そのまま突っ切ってしまった。ただ、後悔はない。
由美の中に飯田が死んだことで、吹っ切れたもの。虫の知らせを受けた人間は何人かいたが、虫の知らせによって、吹っ切れたのは、由美だけだった。頼子は吹っ切ることができない。その間に由美は自分の意志を超越して、普段なら思いつかないようなことまで企てる。しかも迅速に行動したのだ。
結婚までもが「企て」の一つだった。
飯田は、死んでから考える相手は頼子のことだけだった。由美はそれでいいと思った。死んだ人間にまで自分の影響力を強めようとは思わない。
ただ、死んでしまったことで永遠に果たせないことがあったのも事実だ。それが未練とはならないところが由美のすごいところだろう。
すべては飯田の死によって、由美が企んだことで、まわりがいかに考え、いかに動いたか。この物語は主題があるわけではないが、それぞれで揺れ動く心理を、それぞれの目を通して見た架空のお話である。
誰が主人公というわけではなく、途中から現れた登場人物もある。人間ドラマと心理が微妙に絡み合ったお話として見ていただければ幸いである。
――人間の死と企み――
人間の死が永遠のテーマであることを信じ、由美の企みを制御できる人がいるとすれば、それは頼子なのか、良枝なのか、女性でないとできないことではないだろうか。なぜなら、制御できるはずの飯田が死んでしまったからである。飯田がいてこその頼子の由美への影響力である。タガが外れたとしても、頼子を思い続ける飯田が彷徨い続けている間、違う意味での平衡感覚が生まれているのだ。第三局の平衡感覚が生まれるとすれば、そこに良枝も絡んでくるのかも知れない。それを知っているとすれば、飯田だけなのだ。何とも皮肉なお話であろうか。
飯田の成仏と、第三局の平衡感覚を嘆願し、作者は筆をおくことにしよう。
あらためて言っておくが、あくまでも、このお話は架空の物語である。なぜなら、ここまで偶然と心理の調和が重なることなど、ありえないからだ……。
( 完 )
1