小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

死がもたらす平衡

INDEX|42ページ/45ページ|

次のページ前のページ
 

(姉さんは、僕のことをどう思っているんだろう? 死ぬことで何か分かるかも知れないと思って死んでみたけど、結局何も分からない。僕は墓前からしか前を見ることができず、しかも、見えている視界は一方向しかない。身動きができず、ないのだから当たり前だが、首を振ることができない)
 飯田は、死んでしまった自分を回想していた。
(でも、姉さんのことを思うと、どこにでも現れることができるんだ。どうやら死の世界とはいえ、行動パターンは限られている。死の世界といっても、ここは成仏できずに彷徨っている場所。生きている人間の世界のように、彷徨っていても自由に行動できるわけではなさそうだ)
(僕がどうして死んだって?)
(皆、疑問に思っているようだな。事故だと思っている人がほとんどで、後は自殺。そんなイメージしか生前の僕にはなかったんだろうな)
(僕は死ぬのが、怖いわけではなかった。痛かったり苦しかったりするのは怖いけど、死んだ後のことを考えたこともなかったし、考えるのも怖かった。とにかく怖がりだったんだなと今さらのように思ってしまう。でも、今は怖がりではない。怖いという感覚がマヒはしているが、怖いものは生前であっても、死んでからも同じなんだ)
(好きなものも同じで、姉さんに対しての特別な思いは、好きだというのとは少し違う。精神的にも肉体的にも比較ができない感覚が好きだということではないかと生前思っていたが、実際に死んでしまって肉体を感じ合えるのは不可能になったが、姉は死んだ人の悲しみがそこにあることをどれだけ分かってくれているだろう。死を選択してしまったことを後悔するとすれば、姉に対して好きだという感覚を持った時。それ以外はたとえ相手が姉であっても後悔することはない)
(本当に不思議な感覚だな。死んだから感じることであって、死ぬ前には精神と身体は別だと思っていたくせに、どこか比較してしまっていた自分がいた。その比較で感じる気持ちが好きだという気持ちに直結していると思ったからだ)
(だけど、僕は姉さんばかりが好きだったわけじゃない。他にも好きな女の子がいっぱいいた。女の子をいっぱい好きになるのが僕の性格で、それが悪いと面と向かって言われたことはなかったけど、自己嫌悪には陥った。それに他の人からの目が、まるで戒めるような目だったような気がして、何も悪いことをしているわけではないのに、そんな目をされてしまった僕はどうすればよかったんだ)
(好きになった女の子の中には、前によからぬ感情を抱いて、行動に出てしまった女の子を彷彿させる娘もいたな。同じ人だったとすればすごい偶然だけど、ありえないことではない。僕が悪戯をしたあの子は、一体今どうしているんだろう?)
(でも一緒に悪戯をしたあいつもすごいよな。どうしてあんなことができるんだ? 僕はあいつにそそのかされなければ、あんなことはせずに済んだ。トラウマが残ることもなかったんだ。悪魔の囁きとはよく言ったもので、甘い蜜を振りまいていた相手に逆らうことができないでいたのだ)
(あいつには罪悪感なんてものはないかも知れない。今どうしているんだろう? 普通に暮らしているのかな? でも、あいつに似たやつを最近僕は知っている。まるで再会を誰かが望んでいて、見えない力に操られるように出会ったのだとすれば、偶然という言葉で言い表せるものではない。そいつは、天使なのか悪魔なのか、決めるのは僕自身だ。天使も悪魔も僕の中では、僕の言いなりでしかないのだ)
(姉さんも、あいつのことは知らない。だけど、こうやって死んでしまうと、今まで見えなかったものが見えてくる。自由の効きにくい世界であるが、現世で見えていなかったものが見えてくるという感覚を今、僕は味わっている。あいつが一体何者なのか、今僕がいる世界からだと見ることができる。現世では絶対に感じることのできなかった感覚は、年齢、性別を超越したものだ)
(そうだ、年齢、性別を超越しないと理解できないものが現世にはあった。不可思議な出来事やオカルトチックなことであっても、理解しようとしてできるものではない。それは年齢、性別にこだわりがあるからだ)
(あの時の僕はまだ少年だったが、一緒に悪戯をしたあいつは、「少女」ではなかった。悪魔のような「女」だった。少女だと思うから、男女の違いを意識することもなく、悪戯心があるのだろうと思ったが。女であるとするならば、少女に悪戯したいという感覚は、また違ったものである。もちろん、子供の頃にレズビアンなんて存在を知っているわけではないし、もし存在を知っていたとしても、どこが悪いのかなど、分かるはずもないのである)
(死んでしまった僕には、悪戯をした張本人である女と、そして悪戯をされた女が会っていることを知っている。しかも二人が親密になったのは、僕が自殺をしたちょうどその時だった。これは偶然で片づけていいのだろうか? こっちの世界でいろいろ見えてくるにも関わらず、このことに関しては、偶然だとしか表現できない。
(偶然というのは、現世で感じるのと、こっちの世界で感じるのと、さほど違いはないのだが、少し考えてみると、これほど大きな違いもないだろう。それだけ偶然のもたらす力が、現世でもこちらの世界でも大きなものであることに違いないということだ)
(あの時、僕が断っていればどうしただろう? 他の人を探しただろうか? いや、探すくらいなら一人でしたかも知れないと思うが、それは想像ができなかった。でも、僕がいて、ちょうど苛めの対象になる女の子がいた。そこで生まれた悲劇、これは偶然なのか、それとも何かの力が働いているのか、この僕にも分からない)
(僕はこのまま年を取らずにここにいることになるのだろう。このまま退屈な毎日を過ごすことになると思うとゾッとするが、これも僕が選んだこと。本当は、次の世界が待っているのに、ここでとどまっているのは、いわゆるこの世に未練があるからであろう。何が未練なのかと言われると、今頭に浮かぶのは姉さんのことだ。何かを伝えなければいけないと思っていながら、それが分からないままに死んでしまった。自殺する前に気持ちの整理はつけたはずなのに、どうしてもどこか投げやりな気持ちになってしまうことで、中途半端な場所にとどまってしまうことになってしまったのだろう)
(自殺のことは、かなり前から考えていた。死んでしまいたいという思いが強かったはずなのに、死のうと決意した時。不思議と死にたいとは思わなくなっていた。しかし、死が怖いわけではない。生きていても仕方がないという思いの方が、死ぬことを思い止まるよりも強かったからだ。死ぬことへの恐怖は、何かと比較できるものであり、そう思うと、死ぬことの怖さというのは、それほど深いものではないように思えてきた)
(僕は生前、人が死んだところを目の当たりにしたことがあった。まったく縁もゆかりもない人だったが、バイク事故で、それはそれは見るに堪えないほど、ぐしゃぐしゃになっていて、グロテスクなどという言葉で簡単に片づけられない気がした。それは、僕がその人に感情移入してしまったからだろう)
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次