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死がもたらす平衡

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 初めて寄ったはずなのに、前に見たことがある光景だと思った。完全に錯覚なのだが、何か原因があって、錯覚を起こさせたのだろうと思って、本を読みながらじっと考えていたが、
「なるほど」
 と、思わせるものがあった。
 部屋の奥に飾られている絵が、どこかで見たことのある光景に似ていたからだ。一か所が似ているだけで全部が似ているように感じるのも、心理的な錯覚としてはポピュラーなものなのかも知れない。
 そう思いながら部屋を見渡すと、次第に部屋が狭くなってくるのを感じた。
「錯覚ではない?」
 明らかに狭くなってくる。錯覚ではないとすれば、これは夢なのだ。
 夢だと思うと、今度は、さっきの絵が違うものに変わってしまっていた。今度の絵は、まったく見たことがないはずなのに、見ていると引き込まれそうになってきた。鄙びた小屋が一軒建っているだけで、人が住んでいる気配もない。
 次第に自分が子供の頃に返っていくのを感じた。
「ああ、あの時の」
 思い出したくない記憶の断片が、まるでメッキのように記憶の奥を剥がしていく。よく見るとそこには男が二人、中に入って行った。
「子供?」
 高校生か大学生だと思っていたが、子供だった。それもまだ低学年くらいだろうか。
 何か嫌な予感がする。
「逃げなさい」
 思わず心の中で叫んだ。中にいる女の子が危ないと思ったのだ。好奇心も手伝って中に入ると、怯えに身体を動かすことのできない女の子が震えていて、男の子二人の厭らしい息遣いに不気味な笑い声が聞こえる。
「これが子供の笑い声?」
 まるで悪魔が笑っているような声だ。
 すると女の子が自分に気付いた。こちらを見つめている。引きつって表情を変えることのできない自分も金縛りに遭っていた。
「そうだ。あの時の光景だ」
 まさしく自分のトラウマの原点に、夢を通してなのか帰ってきたのだ。声を出そうとしても声にならないばかりか、女の子の表情は、この世の者とは思えない顔に変わっていた。あの時に自分が何を感じたか思い出した。
「そうだ、相手に自分の顔を想像したんだった」
 と思うと、急に恐ろしさが違う方に向いてしまった。
――違う時間の同じ人間が遭遇するというのは、許されないことだ。時間のパラドックスは夢でなら許されるというのか?
 一時期心理学やSFに凝っていたこともあって、時空の穴や、次元のポケットなどの話には興味があった。今から思えば、それは子供の頃の記憶が興味を起こさせたのかも知れないと感じたが、本当にもう一度夢を通して同じ感覚を味わうことになろうとは、思いもしなかった。
 その時に、相手の男の子の顔をハッキリと見た。
「この子は」
 見覚えがあった。同じ学校ではなかったが、近くの公園で遊んでいると、時々やってきて、近くで遊んでいる子たちだった。
 何をして遊んでいても、楽しそうには見えなかったので、気になっていたが、時々自分を見る視線に気持ち悪さを感じることから、なるべく近寄らないようにしていたのだった。もちろん、話をしたこともない。ただ、近くにいるのを感じるだけだった。
 仲のいい三人でいつも遊んでいた良枝たちに、因縁をつけてきた男の子がいた。遊び場でのちょっとしたトラブルだったのだが、その男の子に対して、良枝を意識している男の子たちが敢然と立ち向かい、撃退してくれたことがあった。
 最初はありがたかったが、次第に怖くなってくる。気持ち悪さを含んだ怖さなので、近寄らないでほしいと言う思いを強く持っていた。
 その時に撃退してくれた男の子たちが、自分と思しき女の子を蹂躙している。
「こんなことって」
 理不尽であった。
 助けてくれたのは、自分のものに他の奴らが手を出そうとしたことへの報復で、いずれは自分たちが蹂躙するためだったのだ。そう思うと、自分の立場が微妙で、存在すら、疑問に思えてくるのだった。
 喫茶店で見た絵は、今から思えば、まったく違った絵だったのかも知れない。だが、あの忌まわしい小屋の絵に見えてしまったのも、何か彷彿とさせるものが店の中にあったからなのかも知れない。
 その中の一人の男の子、今思い出そうとするとやけに影が薄い。
「もうこの世にいないからなのかも知れない」
 と思うと、最初に感じたのが、
「封印が解けたら、もう二度と封印されることはない。このまま永遠に私は悩ませ続けられるんだわ」
 という思いだった。
 今度思い出したら、封印する術はない。なぜなら、当事者でありながら、封印させることのできる唯一の人間が、すでにこの世の者ではない気がするからだ。
「当たらずとも遠からじ」
 良枝には、その人の死が、事故か自殺のどちらかであろうと感じていた。
「彼なら、自殺であってほしい」
 なぜか、良枝はそう感じたのだ。
 その相手というのが、飯田だったのだ。
 大学生になった頃の飯田は、すでに子供の頃とは違っていて、大人になっていた。もし普通に出会っていたとすれば、飯田だとは誰も気づかないだろう。
 子供の頃の飯田は、本当に気が弱い男の子だった。良枝が感じた気持ち悪さは、気が弱い中で、女の子を蹂躙するのは本当に嫌だという思いがあった。だが、本性がどこにあるか分からない子供としては、衝撃的な悪戯が欲求に繋がって、忘れることのできない快感が湧いてくることになるなど、想像もしていなかっただろう。
 やらされていたという感覚が、快感によって打ち消され、自分の本能の赴くままに女の子を蹂躙したのだという罪悪感が支配していた。
 さらには、相手からやらされていたという感覚も嫌であった。
「嫌なことなのに、しかも、やらされているなんて、どうして断ることができなかったんだ?」
 という思いが自分を苛める。
「やらされていたわけではない」
 という気持ちになるためには、していたことを正当化するか、自分が嫌でしていたのではないという思いに駆られない限り、ずっと苛まれることになったであろう。
 それが大学生になる頃には、完全に吹っ切れていた。その理由は一緒にいた人との絶縁が一番の原因だ。
 相手が、飯田を見限ったのだ。
 他に自分の「手下」になるような人を見つけた。その人は飯田のような中途半端な気持ちではなく、相手に完全に尽くす人だった。
「こんな人もいるんだ」
 と思ってみたが、そう思うと余計に、離れることができて本当によかったと思った。
「これを機会に、すべて忘れなさい」
 その人は、そう言った。忘れなさいということは、想い出したら、どうなるか分からないという言葉の裏返しでもある。
 その頃になると、良枝も呪縛から解け、普通に人を好きになることもできるようになった。茂がいて、吾郎がいる。そんな学生生活を送ることが、今までの人生に後れを感じさせない本当の自分の人生であることを悟ったのだ。
 飯田は、自分を見限った相手のことを忘れるつもりだが、なかなか忘れることができない。
「あの人はどういう人だったのだろう?」
 いろいろと考えてみた。
 それにしても、どうしてあの時の男の子が飯田だって分かったのだろう?
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次