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死がもたらす平衡

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 と言われてしまうのは、そんな外に対してのことと内に対してのことへのアンバランスさが引き起こしたものなのかも知れない。そういう意味では、坂口にも内と外とで明らかな二面性があるのだろう。
 茂は、そんな坂口をある程度分かった上で、坂口には頭が上がらない。
「ヘビに睨まれたカエル」
 のごとくではあるが、それ以上に、分かってしまったことが自分への呪縛になってしまったのではないかと思うのだった。
 三すくみになっている状態で、誰が三すくみの何に当たるのかということを、皆一度は考えたことがあるようだ。最初に考えるのを止めたのは、飯田だった。
「考えたってしょうがないか」
 という思いと、自分だったら、ナメクジだろうなという思いがあったからだ。それは自分がナメクジだという発想からではない。坂口にヘビの印象を感じたからだ。
 それは茂も同じことで、自分が明らかにヘビに睨まれるカエルだと思ったからである。そして一番最後まで、さらに今でも考え続けているのが茂である、明らかに坂口がヘビだと思っているくせに、さらにまだ考えようとする。三すくみに関して一番低い位置で見ているから、余計に感じることなのかも知れない。
 坂口は中間であるが、本当は飯田の方に考えは近い。それなのに、飯田よりも考えが深いのは、計算高い性格から来ているものであった。
「何が幸いするか分からない」
 という思いが強いからで、逆に
「何が災いするか分からない」
 という意識は浅い。この意識が三人の中で一番強いのは、茂だった。だが、本当は一番意識が強いのは飯田だと思っているのが茂だった。それは飯田が死んだ今でも変わらない。いや、死んでしまったからこそ、永遠にその思いが変わることはないだろうと思っている。死ぬということは、まわりの人間に、永遠の意識を植え付けることになるのではないだろうか。
 茂は飯田が死んだことで、永遠に何かが分からなくなってしまったような気がして、それが気持ち悪かった。
 学生時代から、飯田が何かを隠しているように思えてならなかったのは、茂だけではなく、坂口も一緒だった。学生時代に、
「あいつの秘密主義には困ったものだ」
 と、坂口が言っていたことから、坂口も飯田が何かを隠しているという気がしていたのだと思ったものだ。
 三人の中で秘密が多かったのは、本当は茂だった。秘密というよりも、自分の考えていることをあまり表に出さなかったという意味であるが、話さなかったからと言って、秘密だったわけではない。他の二人には分かっていたのだ。しかし、茂の根本的なところは二人にも分からなかった。三人の中で一番分かりやすそうで、一番分かりにくいのが、茂だったからだ。
 良枝の存在が微妙に影響していた。良枝を好きだったのは茂だけではなく、飯田もであった。そのことを知っていたのは坂口だけで、茂は気付いていなかった。
「話をしなかっただけで、秘密にしていたわけではない」
 もし、茂が訊ねれば、飯田はそう答えたに違いない。もう、答えることはできないのであるが……。

 吾郎は由美と一緒に帰宅してから、良枝の様子がどこかおかしいと思うようになり、吾郎は気になって仕方がなくなっていた。最初の数日はそれほどでもなかったのだが、一週間もすれば良枝の様子に違和感を感じ、次第に夫婦生活がぎこちなくなってくるのを感じた。
 それまで喧嘩をしても、お互いに言いたいことを言い合って、どんなに長くてもわだかまりは二、三日で解消していたのだ。それが今回は長いだけではなく、次第に思いが深くなってくるような気がして、どうしていいか分からない状態だった。
「俺が一人で気にしすぎているのかな?」
 とも思ったが、あまり楽観的に考えてしまって、取り返しがつかないことになるのが、一番怖かったのだ。
 吾郎は、自分でいうのも何だが、学生時代から、女性に好かれるタイプだと思っていた。
 好かれるというのは、モテるというよりも、好感を持たれると言った方がいいかも知れない。範囲としては広いであろう。いい加減なところも、痘痕にエクボ。範囲が広いというのは、そういう意味であった。
 ただ、女性の誘惑に引っかかりやすいところがあった。しかも、引っかかったとしてもそれは自分が悪いのではないという意識があるだけに、始末に悪い。そのくせ女性から好感を持たれるだけに、自分の判断で、女性を選ぶことが苦手なタイプだと言えよう。
「もし、良枝と知り合っていなかったら、どうなっていただろう?」
 吾郎は時々考える。
 女性は寄ってくるが、モテているわけではない。モテていると思って態度に出すと、男性からだけではなく、女性からも嫌われてしまう。女性から好感を持たれるということはいい面もあるが、逆に身動きが取れないというマイナス面もある。そう思えば、女性に対しては、幸運と不幸が薄い皮のようなもので、背中合わせになっているのではないだろうか。
 寄ってくる女性を自分で取捨選択しなければいけないのに、自分ではできないと思っている。
「せっかく寄って来てくれているのに」
 この思いは、ゴミを捨てることのできない人間の心理に似ているかも知れない。
「後になって後悔したくない」
 という感覚が一番強く、特に相手は女性、感情の起伏の激しさや、気持ちの切り替わりの早さには、ついていけないところがあった。
 吾郎は女性の誘いを断ることができない。それでいて、一緒にいて、急に怖くなることがある。
――この人は俺を利用しようとしているんじゃないだろうか?
 何をどう利用しようとしているのか、すぐに分かるものではないが、自分にモテているという感覚がないため、女性から誘いの言葉を掛けられて断ってしまうと、
「相手に悪い」
 と思ってしまうのだ。
 せっかく誘ってくれたという思いが強いのは、好感を持たれるということが、本当に自分が欲しているものと違っているという考えがあるからなのかも知れない。
 その思いが自分の中での「甘え」になっていることを、吾郎はずっと分かっていなかった。
 吾郎は良枝とほとんど喧嘩したことはなかったが、知り合った頃には良枝から嫌われていた。
――この人は一体何を考えているんだろう?
 良枝から見て、行動パターンが読めない。その頃の吾郎は、女性から好感を持たれるタイプではなかった。それでも、どこか女性から見て気になる何かがオーラとして発散されていたのである。
 他の女性はそれを深く考えることはなかったが、良枝は気になっていた。何を考えているか分からないだけに、知りたいと思うのだ。
 良枝には以前からそういうところがあった。気になる人のことは徹底して理解しないと気が済まない。だが、理解してしまって、やはり何を考えているか分からない相手であれば、その時に、疲れがどっと出るのだった。
 良枝にとって気になる人のほとんどは、疲れさせられる相手で、
「また無駄なことをしちゃったわ」
 と思うことばかりだったのだが、吾郎の場合は違った。
 よく見ていると、気を遣っていないようで、人に気を遣っている。おそらく、人に気を遣うこと、あるいは人から気を遣われることを毛嫌いしている人なのだろう。
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次