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死がもたらす平衡

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 逆に、茂は坂口が知らないことを知っていた。飯田が自殺する理由を、何となくではあるが心当たりがあったのだ。坂口には想像もできないことであろうが、飯田には、絵を描くという趣味があったのだが、実際の腕は、相当なものだという一部の人からの評価だった。
 コンクールに応募し、何度か入選も果たしている。だが、大賞となると、どうしても手が届かない。
「ギリギリのところ、あとちょっとというところまで来ているのだから、もう少し頑張ればいいことじゃないか」
 と、坂口はもちろん、まわりの誰もがそう思うことだろう。
 しかし、その思いを何度まで我慢できるかというのも問題だ。何度も同じところで躓いていれば、ここから先へは一生行けないと思うだろう。自分の限界を、現実として思い知らされたと思いこむのも当然のことだからだ。いくら自分に喝を入れても、精神的にもたなければ、そこから先へは行けない。行けなければ、諦めるしかないのだろうが、諦めるだけの気持ちもない。そのうちに悪い方にしか考えられなくなり、自分の人生すべてに限界を感じてしまうだろう。
 そうなったら、今まで考えたこともない「死」が、現実のものとして自分の目の前に立ちはだかってくる。
 茂がもしその場に居合わせていたらどうだっただろう? 飯田の様子がおかしいということで、ずっと監視を続けているだろうか。死んだと聞いて初めて、
「本当に自殺したのかも知れない」
 と感じたが、その場にいたら、まさか死ぬなんて考えるはずもなく、気にはなっても、ずっと監視しているなんて不可能に近いのではないだろうか。それこそ、自分がよそ見をしていることで、危なくなってしまう。
 誰もが、
「お前が悪いんじゃない」
 と言って、落ち込んでいる茂を励ましてくれるだろうが、目の前で知り合いの死という衝撃を見せられて、平気でいられるわけがない。
 本職としてやっていこうと思っているわけではない演劇ではあったが、部長までしたのだから愛着があって当然だ。そんな茂だから、飯田の気持ちが痛いほど分かるというものだ。
 飯田のことは、良枝も知っている。だが、学生時代に少し話をした程度で、茂の側から飯田を見るので、良枝には、
「茂に対して、頭の上がらない人がいるんだ」
 と、不思議な感覚を持っていた。
 茂の側からの見方であって、他のまわりの人の見方がどうなのか、意識もなかった。それだけ茂が飯田に対しての態度には自信を持っていた。
 だが、それは表向きなところで、内部では茂は飯田に敬意を表している。
 飯田の芸術的なセンスには一目置いていて、それだけに羨ましく感じられ、芸術に関しての態度を尊敬していた。
 芸術に関しては、坂口はまったくだった。妻が小説を書いていたこと、茂や良枝がシナリオを書いていたことなどは知っていても、話題にする気にもならない。
 話題にすると、自分だけが蚊帳の外にされるのはたまらなかったからだ。
 自分が蚊帳の外に置かれるのは、たまらない性分だった。いつも自分が中心にいないと気が済まないタイプの坂口が茂と友達として一緒にいる理由の中には、茂が大人しくて、あまり自分を表に出さない性格であるというところを狙ったのだ。
 しかし、そういう人間こそ、まわりから見ると、意識されやすいもので、目立つ存在だったりする。いつも端の方にいる人が、目立って見えることがあるが、それと似ている感覚ではないだろうか。
 坂口は、計算高いところがあるが、肝心なところでミスを犯すことが多い。計算していたことが、いつも計算通りに行かないこともあるというのを、本当の意味で理解できているわけではないのだ。
 だから、ある程度までくると、フッと気を抜いてしまうことがある。それだけ人間らしいとも言えるのだが、人間らしさは、定規で図ることのできるものではないということを証明している。
 計算通りに行かないのが芸術である。坂口は自分がいくら計算してもうまく行かないことで、不確実なものを相手にしないくせがついていた。その典型が芸術であり、芸術を憎悪しているところすらあった。本当は自分の甘さが原因で計算通りに行かないのに、責任転嫁もいいところだ。
「芸術は爆発だ」
 と言った芸術家がいたが、その言葉を坂口と茂や飯田とは違う意味で、解釈していたのだ。

 坂口優子が、以前に良枝に会ったことがあるなど、当事者の誰も知らなかった。もちろん、その時に優子も良枝も、坂口を通して、少なからずの関係があることなど、知る由もなかったからである。
 良枝が新婚として引っ越してきてから、半年が経った頃のことであった。当時、まだ固定の美容室を決めておらず、二、三か所の店に入ったが、どこも気に入った感じではない。下手ではないが、それぞれに、
「帯に短し、たすきに長し」
 と言った感じで、一長一短であった。
 こっちに来てから四軒目の店になるのだが、そこのオーナーがなかなかの腕前で、店の雰囲気も悪くはなかった。
「ここならいいわ」
 と気に入って、二回目に来た時、ちょうどスタッフとして働いていた優子と、話をする機会があったのだ。
「彼女は美容師としてもなかなか優秀なので、僕も安心なんだよ」
 と、オーナーの話。
 オーナーお気に入りの美容師を宛がってもらって嬉しかった。
「坂口優子といいます。どうぞ宜しくお願いします」
「ご丁寧にどうも」
 お互いに笑みを浮かべ、相手の愛想の良さが気に入ったようだ。
 優子は、ストレートでキレいな黒髪が肩まで伸びていて、清潔感を感じさせる女性だった。幼さが少し残っているところが、笑顔を引き立てるのだろう。
 お互いに年齢的にもそれほど違わない。ただ、大学は美容学校ではなく、普通の短大を出ているようで、知り合いのつてを頼って、この店にスタッフとして入り、後は仕事をしながら美容学校に通い、やっと美容師の資格を手に入れたとのことだ。
「ご苦労なさったんですね」
「いえ、学生時代に何になりたいかを最初から決めておかなかったから、苦労しましたけど、今は頑張ってきてよかったと思っています」
 そう言って、ニッコリと笑ったが、改めて笑顔の似合う女性であることが分かった。
 笑顔には、いくつか種類がある。もちろん、笑顔をもたらす人間にもよるのだが、表情の違いも千差万別。それでもいくつかの笑顔には、共通性があり、優子の笑顔と、良枝の笑顔には、同じものが感じられた。それをお互いに分かっていることから、仲良くなるまでに時間が掛かるはずもなかったのである。
 身体の一部、しかも女性にとっては、昔は「命」とも言われた髪の毛を弄らせるのだから、それだけ信頼していないとできないことだろう。しかもお金を払っているという意識もある。せっかくなら気持ちよくなりたいものだ。
 それは誰もが思っている願望、男性でもカットだけで美容室に行く人もいるが、それは散髪屋で男に髪を触られるよりも、女性から触られる方が、気持ちいいに決まっている。それに似た感覚なのだが、やはりそこには、
「お金を払っている」
 という感覚があって当たり前のことだった。
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次