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死がもたらす平衡

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 茂の考えていることは、なぜか学生時代からよく分かった。手に取るようにという言葉があるが、まさにその通りだった。そのくせ他の人のことはまったく分からない。だから、要領が悪いとか、融通が利かないなどと言われることがあるのだ。
 他の人からいろいろ言われるのは構わないが、茂にだけは言われたくない。ライバルのような意識がある中で、茂に負けている気がしないのは、茂の考えていることが分かるからに違いない。
 人の気持ちが分からないと、ここまで要領が悪くなるとは思わなかった。
「考えすぎるからなのか?」
 と思うこともあった。余計なことばかり考えてしまい、理屈っぽくなってしまう。茂に対してはあれだけ講釈を垂れることができるのに、他の人の前では萎縮して何も言えなくなってしまう。
「あいつは何を考えているのか、さっぱり分からない」
 と言われることもあった。
 それだけ自分が他の人を見上げて生活していることにコンプレックスを感じているのかも知れない。
「人との関係にシークレットブーツのようなアイテムがあれば、少々高くても買うかも知れないな」
 と思うほどで、数に限りがあれば、取り合いになるくらい、同じことで悩んでいる人も少なくないだろう。
 坂口にとって茂は、ある意味生命線であった。
――茂がいてくれなかったらどうなっていたか?
 それを思うとゾッとする。
 まわりからは、
「どん臭いやつだ」
 と罵られ、自己嫌悪に陥り、躁鬱症も併発してしまっていただろう。まわり全員が敵に見えてきて、孤独感に苛まれていたに違いない。そうなってしまった時、自分がどうしていいかも分からず、頼る人は誰もいない。そんな時に現れたのが、茂だったのだ。
 茂は坂口の考えている通りに行動していた。まるで自分で操っているのではないかと思うほどの感覚だ。茂も坂口に自分の行動パターンを読まれていることが分かっているに違いないだろう。そう思うと、その時何を置いても、茂だけが自分の頼りであることに間違いなかった。
 生命線といえば大げさだが、茂がいなければ、本当にどうなっているか分からない。憂鬱な毎日を過ごし、人生の悲哀を悲惨さとして感じながら、前を見ていても、下を向いてばかりで顔を上げることなどできない。そんな毎日が生命線一つで変わるのだ。
 まわりから罵られることにはある程度慣れていた。それだけに、自分で怖かった。小学生時代に苛められっこだったからだ。
 耐えられないことはないだろう。だがそれは一時的なもので、下手に慣れてしまっていることで、耐えることはできても、どうしていいかという根本的な解決は何も分かっていない。一度苦しみを知っているだけに、二度と味わいたくないという思いも当然あり、耐えられなくなるのも時間の問題だからだ。
 そんな思いだけを抱いて毎日を暮していくのはもう嫌だった。子供の頃であればまだしも、先を見ることができる年齢になってくると、先が見えない苦しみほど苦痛なものなどないからである。
 こうやって書いてくると、坂口が実に捻くれた性格であることがよく分かる。要領が悪く見られることで必要以上に被害妄想を抱いてしまい、茂が抱いている以上に被害妄想が強いことで、茂の気持ちも分かるのだろう。だが、他の人から被害妄想の話をされると、きっと気分が悪くなって嘔吐してしまうかも知れないほどなのに、茂からであれば、的確なアドバイスもできる。それほど茂に対して優位性を持っていて、さらに坂口の中にも二面性を持っていることの証明になっているのだった。
 茂は、坂口を
「要領の悪いやつだ」
 と思いながらも頭が上がらない。だが、そんな茂に対して、今度は同じように頭が上がらない友達も学生時代にはいた。そいつに対して、坂口は本当に頭が上がらなかった。元々まわりに対して頭が上がらない中で、特にその男にだけは頭が上がらなかったのは、これといって理由はないが、不思議な感覚だった。
 他の人から見れば、この三人は「三すくみ」の関係である。
「ヘビ、カエル、ナメクジ」
 坂口、茂、そしてもう一人の友達、それを三人ともが意識していたわけではなく、意識できていたのは、坂口だけだったのだ。
 この三人は、学生時代、ずっと一緒にいた三人だ。坂口は目に見えない糸で、三人は縛られていたように思えた。結ばれていたというような生易しいものではない。縛られていたのだという、もっと深い関係だった。
 だが、その友達、名前を飯田卓司と言ったが、彼は卒業後、しばらくしてこの世を去った。大っぴらには公表されていないが、彼は自殺だった。電車に飛び込んだのだが、どう見ても自殺にしか見えない状況だったが、坂口と茂は信じられなかった。
「あいつに限って自殺する理由などないはずだ」
 警察の見解としては、会社で好きになった女性に裏切られての悲観が原因だということだったが彼の性格で、一人の女性に裏切られたくらいで自殺するなど、信じられるものではなかった。それを強く信じていたのは茂で、坂口は茂の気持ちに感化されたのが事実だった。
 飯田という男は、自分たち三人の中で、何事にも決断が一番早かった。早とちりをすることもあったが、それでも決断が早いわりには、間違った決断は少なかったのである。
「下手に考えると余計に迷いを生じるものさ。いろいろ考えることもしてみたけど、結局最後は最初に考えたことに戻ってくるのさ。それならば、最初から何も考えない方がいい。そう思えば即決に限るというものだろう?」
 飯田の意見はもっともだった。だが、一番考え込んでしまうことが多かった坂口は、飯田の考えを羨ましいと思いながらも、それが自分にないものを持っている人間への敬意なのだろうと思うのだった。そういう意味で坂口は飯田に頭が上がらなかったのだ。
 そんな飯田が死んだという知らせを聞いて一番驚いたのが坂口だった。
「あいつに限って自殺なんて」
 と言ってしばらく落ち込んでいた。敬意を表していた相手が死んでしまうと、かなりのショックなのだろう。
「もし、坂口が死んだら、僕はどうなるだろう?」
 ということを茂が考えたことがあるなど、坂口は知る由もなかった。それだけ茂が坂口を見ている証拠なのだろうが、坂口からすれば、その見る相手が飯田だったのだろう。見つめていく相手に死なれてしまっては、拍子抜けしてしまうのも仕方がないことだろう。
 飯田は、良枝に密かな恋心を抱いていた。それを知っていたのは、坂口だけだった。
「あいつには言わない方がいい」
 と、茂には話さないように諭したのは、坂口だった。良枝と茂のことを考えると、良枝に後ろめたさを持っている茂にとって、まるで追い打ちを掛けるのと同じだからだ。
 後ろめたさを感じているということは、それだけまだ茂は、良枝に対して恋心が消えていないということだからだ。
 茂と今後もずっと付き合って行こうと思っている坂口には、茂の精神状態があまり不安定では心もとない。親友と言っていながらも、何かあれば、利用できるところは利用しようと言うしたたかな気持ちがあるからである。
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次