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死がもたらす平衡

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 お付き合いした人もいたが、こちらも自然消滅だった、
「新鮮なのは最初だけ」
 結局、冷めてしまうのだ。
 見合い結婚も同じようなもののはずなのに、どうして急に結婚しようと思ったのだろう。相性が合うと相手が思ってくれたのなら、茂自身相性を合わせる自信があるというのだろうか。
 女性には結婚したくて仕方がない時がある。それは女性に結婚適齢期というものがあり、それを意識するあまり、相手に関わらず、結婚というもの自体してしまいたいと思うのだ。茂も結婚したくてたまらない時期に、ちょうどお見合いパーティが気になっていた。焦りがないと言えばウソになる。まるで女性の適齢期を感じているかのようだった。
「この期を逃すと一生結婚できないかも知れない」
 とまで感じてしまうのではないだろうか。
 茂には過去の経験から、被害妄想の感覚もある。思い切り人恋しい時と、人がそばに寄るだけで吐き気を催す時と両極端だ。躁鬱症に似たモノなのかも知れないが、どちらも辛いことであるだけ、ある意味躁鬱症よりもタチが悪い。ただ躁鬱症と同じなのは、それぞれの状態を抜ける時が分かるということだ。由美に自分の性格を話した時、由美も、
「それなら私も躁鬱症の気があるのよ。あなたが知らないだけで、結構まわりの人には躁鬱症の人が多いわ。石を投げれば、躁鬱症の人に当たるんじゃないかしら」
 と言っていたほどだ。もちろん、その言葉の裏に、
「程度の差はあるだろうけど」
 というのがあったはずだ。だから、
「被害妄想だとしても、あまり思い詰めることなんてないのよ」
 と言いたかったのだろう。
「でも、被害妄想には何かの原因があるんでしょうね。躁鬱症の場合は生まれつきだったりするので、どうしようもないけど、被害妄想は、その原因を断ってしまえば、治ることだってあるかも知れないわね」
 とも話していた。
 確かにその通りだ。被害妄想には被害にあったことで、自分がまたひどい目にあってしまうという発想である。被害が何であるか、そして妄想がどこから来るのかが分かれば、対応のしようもあるというものだろう。
 親から受けた言い知れぬプレッシャー、
「生まれてこなければよかった?」
 とまで子供心に考えたあの時、確実に茂の中に鬱積したものが残ったはずである。
 茂の神経質な性格は、妻には理解できないところがあるようだと思っていた。時々、茂を冷たい目で見ているが、急に暖かい言葉を掛けてくれたりする。言葉の掛け方が絶妙で、「僕にはできた妻だ」
 と思っていた。
 それだけに、少々のわがままは許していた。
「今度、友達と一緒に呑みに行くんだけど、いいかしら?」
 と、言われたら、
「構わないよ。ゆっくりしてくればいいからね。でも、気を付けていくんだぞ」
 なるべく優しく、そして、さりげなく釘も差しているつもりだったが、由美には分かっただろうか?
「ありがとう」
 由美は、結婚生活をどう思っているのだろう? 楽しいと思っているのだろうか?
 茂は神経質でもなければ、新婚生活を満喫できていただろう。逆に言えば、神経質な性格がすべてを台無しにしている。
 良枝とのわだかまりが消えたことは嬉しかったが、いくら偶然とはいえ、隣に昔好きだった相手が引っ越してきたというのは、バツが悪い。というよりも、神経質なところに、プレッシャーすら感じる。それは、由美に対してのプレッシャー、そして良枝に対してのプレッシャー、下手をすれば、わだかまりがあった方が、まだ精神的には楽だったかも知れない。わだかまりが解けたことで、良枝がどのように気持ちを変化させるか分からないからだ。
 自分からわだかまりを解きに行ったわけではなく、相手から解いてきたのだ。もし、自分からわだかまりを解いたのであれば、ここまで神経質にはならないだろう。もっとも、自分からわだかまりを解けるくらいなら、神経質になどなるはずもないからだ。
 茂はまわりに自分が神経質だというイメージを無意識に振りまくことが、自己防衛に繋がるのだと思っている。まるで動物が外敵から自分を守るために、保護色を使ったりするのと似ているのかも知れない。
 だが、自己防衛はまわりを引きつけないことになり、却って何かあっても、誰も助けてくれないことになるのを分かっていない。一種の意固地と同じだという意識はないのだった。
 そんな中でも茂は自分がまともなのだと思っている。すべてが神経質な性格が邪魔しているだけのことなのだと……。

 茂はしばらくして、また坂口に呼び出された。
 坂口は、茂が結婚してから、頻繁に連絡を取ってくる。会おうと言ってくるので、理由を訊ねると、
「友達が会うのに理由なんかいるのかい?」
 と言われて、本当に疲れている時は、苛ついてしまい、
「こっちの事情も考えてくれ」
 と言って、断ったこともあった。
 しかし、そう何度も断るわけにもいかず、何度かに一度会うようになったが、会ってからの話の内容は、要領を得るものではなかった。
 内容としては世間話から入るのだが、そのうちに次第に結婚生活の話に移行する。気が付けば、茂夫婦や、隣の夫婦のことまで茂の知っていることを話していた。坂口の切り出し方がうまいのか、別に隠すことでもないだろうから気にしてはいないが、どうやら、自分のまわりの環境を知りたいと言うのが目的のようだった。
 茂はうまく利用されているかのようだったが、それでも疲れていない時、坂口に会うのはいい気分転換になった。今までが、間が悪いというべきか、精神的に疲れている時ばかり坂口が誘い掛けてきたからだ。
 だが、坂口の誘いがあったからか、苛立ってはいたが、坂口の存在を意識することで、精神的な疲れが少しは早く解消された気がした。何とも皮肉なものであった。
 そういう意味で、茂は坂口に後ろめたさを感じた。後ろめたさが逆に坂口に対して誘いがあった時、
「いの一番で答えなければいけない」
 という気持ちになり、それが、
「早く誘ってくれないだろうか」
 という思いにも繋がった。
 茂から坂口を誘うという選択肢はなかった。なぜなら、一度感じた後ろめたさは、そう簡単に拭うことができない性格だからであった。
 後ろめたさと、話をしたいという気持ちの強さから、聞かれたことはすべて答えてしまう。大きな影響がないと思っているからだったが、それが間違いであったことに気付くのは、しばらくしてからのことだった。
「やっぱり、見合いでも新婚生活って結構いいよな」
 と、坂口は切り出した。坂口の話では、奥さんは大人しい人らしく、
「俺の理想の女性に出会ったような気がするんだ」
 と言っていた。だが、茂は自分の結婚をそこまで考えることはできなかった。
「そうだね。でも、新鮮なのは最初だけじゃないかって、最近は思うようになったんだよ」
 と茂は少し考えながら話した。これでも言葉は選びながら話しているつもりだが、言葉を選ぼうとすると、最初に考えた言葉に戻ってしまう。それなら、最初からそのまま言えばいいのだろうが、それができないのも神経質な性格が邪魔していたからだ。
「どうしてだい? 奥さんの嫌なところが見えてきた?」
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次