死がもたらす平衡
これも霊感が働くからなのか、自分に危険になりそうなことには敏感に反応し、話題を察知する力があるようだ。これも予知する力とあいまって、由美が人には言えないことでもあったのだ。
だが、世の中には同じような人は案外といるもので、しかも特殊に近い能力を持っている人は、近寄ってくるのかも知れない。クラスメイトに似たような女の子がいたのだ。
それに気付いたのは、大学の講義で、いつも近くの席に座る人がいたからで、なるべく人を避けていた時期だけに、自分に寄ってくる人がいるなど、想像もしていなかった。
――どうしてなんだろう?
それまでにはそんなことはなかった。類は友を呼ぶとはそのことなのか。しかも、声を掛けてきたのは、向こうからだった。
「いつも近くの席ですね」
「ええ、でも私を意識していたんですか?」
「はい、同じ気配を感じたからですね」
「気配?」
「あなたはすでに分かっているはずですよ」
そう言われて、少し背筋に寒気を感じ、ゾクッとした。分かってはいるが、何と言えばいいのだろう?
彼女とは、さすがに友達にはなれない。相手も友達として話しかけてきたわけではないようだ。同じような能力のある人がいることを知っただけで満足のようで、きっと自分のような人間の存在を、自分で納得させたかったからなのかも知れない。由美はそこまで考えたことはなかったが、彼女の存在がそれを証明してくれたことは、由美にとってもありがたいことであった。
友達ではなかったが、お互いに助け合うことはあった。お互いに自分たちでしか分からないこともあり、それを納得させてくれるのも相手の存在。それを分かっているだけに話をしなくても分かり合える人がいるだけで嬉しかった。
卒業してから連絡を取ったことはないが、いずれどこかで出会えるような気がした。出会ってからどんな話になるか、少し興味もあったが、結婚していないような気がして仕方がなかった。もし彼女が由美の結婚したことを知ったらどうなるだろう? そう思うと、複雑な心境だった。
由美は、またミステリーを書いてみたいという衝動に駆られていた。主人公は自分になるのか彼女になるのか。それは結婚したことで、心境の変化があり、ひょっとして書いたものが現実になるのではないかと思ったからだ。
実際に現実になりかかっている。それを知っているのは自分だけで、まわりは誰も知らない。自分の書き方次第で、いくらでも変化する。大いに醍醐味を感じるが、恐ろしい気もする。縁もゆかりもないと思っている人たちを巻き込むことになるからだ。
「でも、もっと書いてみたい」
自分の好奇心には勝てない。何よりも自分が書いたことが現実となるのだ。ただ、それは自分自身で実際に着色しないといけないことに気付いていない。結局は、自分の書いたものが現実になるのではなく、運命に翻弄されていることに気付かないのだ。やはり気持ちは好奇心なのであろう。
手始めは、誘惑だった。
隣の旦那を誘惑している自分を描いてみたが、実際に誘惑してみると、
「何かが違う」
と感じた。
誘惑ではなく、相手に少し警戒心も与えたかも知れない。ただ、それはストーリーを先に進めるための通らなければいけない道であり、由美にとってこれからが難しいところであった。
「登場人物は多い方がいい?」
いろいろ考えているうちに、話が混乱してきていた。
由美は、想像力は豊かな方ではない。予知はするが、想像できないのが、却って現実を引き寄せるのかも知れない。
登場人物をあまり増やしすぎると収拾がつかなくなるのは分かっていたが、偶然を引きつけることになるとは思わなかった。茂と良枝の関係などまったく知る由もない。しかも吾郎が茂のことは知らないが、茂は吾郎を知っていることなど、知らなかった。茂は知らないふりをしたが、学生時代から良枝を意識してきたのだから当たり前である。鈍感な吾郎が茂の視線を分からないのも無理はない。しかも、吾郎は人の顔を覚えるのが苦手だったからだ。
偶然を引きつけたのが由美の小説だとは誰も思っていないが、引きつけたわけではなく、予知能力なのかも知れないとは、後になって由美が感じたことだ。予知能力があっても、結末までは分からない。それは夢の感覚に似ているからだった。
「夢って肝心なところで目を覚ますものですよね」
学生時代に由美に近づいてきた女性が話していたことだ。彼女は小説を書くことまではしなかったが、その代わり、思ったことを口にした。予知能力を持っている人は、自分が感じた予知を表に出さなければ気が済まない。彼女の場合は口に出して話すことで、由美の場合は小説に書くことだった。同じ小説を書くにしても、吾郎とは目的が違う。良枝のシナリオともまた違っている。同じモノを書くことに造詣の深い三人であるが、それぞれまったく違う趣旨があるというのも面白いものだ。しかも、皆そのことを意識していない、もっともプロでもない限り、文章を書くのにいちいちその目的を考えている人も少ないだろう。
由美は、今までに男性を好きになったことはなかった。異性への興味を抱くはずの思春期に、男性を好きになったことがなかったからだ。ただ、なぜか女性にはモテた。ラブレターを貰ったこともあるくらいで、由美に対して、男性的な憧れを持った女性が少なくとも数人いたのは事実だった。
だが、レズビアンに走ることはなかった。女性から慕われるのは悪い気はしなかったし、慕ってくれば受け入れはした。それは精神的なものだけで、身体を求めてきた相手に対しては、冷たくあしらっていたが、それが相手の目を覚まさせることに繋がったことで、由美が恨まれることはなかった。ある意味得な性格だったのかも知れない。
由美に冷たくあしらわれた女性は、すぐに彼氏ができた。元々女性としてのオーラは十分で、女性にしか興味を示さなかっただけだったので、その気持ちが少し瓦解すれば、男性が放っておくはずもない。
彼女たちは、男性にとって
「可愛い」
と思わせるような女性ばかりで、しかも、尽くすタイプだったのも共通していたので、彼氏ができるのは、時間の問題だった。
それでも長続きするかは、相手の男性に因ること子が大きかった。どちらかというと、フラフラしたイメージに見える彼女たちなので、男性には頼りなく見えただろう。それだけに男性がしっかりしていないと、糸の切れた凧のように、勝手にどこかに飛んで行ってしまう。繋ぎとめられるだけの器量を持った男性さえいれば、そのカップルは結構長続きするはずである。結婚相手としてはどうなのか難しいところだろうが、意外とうまくいきのではないかと思う。
「お互いに足りないところを補えるような仲が、結婚相手には一番いいのかも知れないよ」
という話を由美は先輩から聞いていた。
それだけに由美も自分に足りないところを補える相手を探してみたが、なかなか自分で探すと見つからないものだ。
実際に自分に足りないところというのが漠然としていて、ハッキリしない。自分が分からないのだから、まわりにも分かるはずがないという思い込みも、由美にとってはマイナスだった。その思い込みが、マイナス要素になるからである。