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「発展性のない」真実

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 自分から距離を置こうとするのだから、そんな相手に歩み寄ろうと言うような殊勝な人はいるはずもないと思っていた。
 確かに、自分から距離を置いていると、相手の自分に対しての見方がどんなものか、分かってきたようだ。冷めた目で見ているが、視線は決して合わせようとはしない。こちらが相手をしようと思わない限り、相手も目を合わそうとしないのも当たり前のことだ。
 馴染みの店だけは、持ちたいと思うようになり、社会人になってから、家の近くの喫茶店を探してみた。飲み屋にすると、どうしても、愚痴などを聞かされる機会が多くなり、不快な思いをしてしまうだろうから、喫茶店の方が、いいと思った。
 さらに、コーヒーのおいしい店は、いるだけで落ち着くし、雑誌や新聞を見ているだけでも、自分の時間が持てることで、馴染みのお店を持つことの意義を感じることができる。
 歩いて、五分ほどのところにちょうどいい喫茶店があった。通勤路とは少し離れたところだったので、最初から探すつもりでないと、まず見つけることはなかっただろう。表通りに面しているわけではなく、どちらかというと住宅街に近いところにある。開店直後のモーニングの時間帯、昼下がり、さらには、会社が終わってからの帰宅時間、それぞれ覗いたことがあったが、それぞれに客層も違い、面白かった。
 二十歳過ぎの頃というと、まだまだ近くにある商店街も賑わいがあった。今でこそ商店街はほとんどの店がシャッターを閉めていて、以前の賑わいの影も見当たらない状態だが、その時は、そろそろ影が見えてきそうな傾向にはあったが、まだ、商店街は健在だった。
 常連客の中には、商店街に店を構える店長さんも結構いて、店長さんたちの溜まり場でもあった。最初、弘樹は、
「馴染めないな」
 と、自分がサラリーマンであることを、さらに痛感させられそうで、あまりいい気分はしなかった。
 だが、商店街の店長さんたちは、思っていたよりも優しかった。愚痴をこぼしていることもあったが、サラリーマンが口にしている愚痴のようなものではない。愚痴の一言一言に重みのようなものはあるが、却って軽率ではない。
 サラリーマンの愚痴のほとんどは、自分の悪いところを棚に上げて、勝手に好き放題言っているだけだ。同じような人とただ管をまいているだけなので、これほど、見苦しいものはない。重みのない愚痴ほど聞いていて、不愉快になるものはないと思ったのは、父親の影響があったのかも知れない。
 厳格で、融通の利かない父親だったが、少なくとも間違ったことを言っているわけではない。それを見てきているだけに、サラリーマンの自分勝手な愚痴は、聞くに堪えないものがあるのだ。
 馴染みの喫茶店で、仲良くなったのは、商店街の店長さんたちが最初だった。
 なるべく、愚痴は聞き耳を立てないようにしていたつもりだったが、ある日、
「すまないね。サラリーマンの人には、俺たちの愚痴は分からないだろうから、不愉快な思いをしていたら、悪いと思ってね」
 と、声を掛けてくれた。
「いえ」
 ビックリしながら、声のする方を振り向くと、三人の店長さんたちがこちらを見て、微笑んでいる。その表情に他意はないようだった。素直な笑顔に、こちらも思わず笑顔を見せる。若干引きつっていたかも知れないが、それでもこちらが笑顔を見せたことに、大層喜んでくれたようだ。
「よかった。本当にすまないね」
 三人のうちの一番年上の人がそう言って、頭を下げてくれる。
――この人たちは、本当にいい人たちなんだ――
 今まで、自分が孤独だと思っていたのが、ウソのように心が晴れた気がした。普段の変わらない生活とは別に、新しい生活が芽生えたのだと思うと、気が楽にもなった。
 それでも、この喫茶店を一歩出ると、相変わらずであった。それでも、少しは違ってきたのは、間違いないことだった。
 溜まったストレスを、いかに発散させようかと思っている時、助言してくれたのが、店長さんの一人だった。
「お兄さんは、釣りをするかい?」
「えっ?」
 いきなり声を掛けられた時は、ビックリした。この人は、確か商店街では惣菜屋さんの店長さんだったと思った。少し白髪が混じっていて、苦労されているのだと見受けられたが、その表情には余裕すら感じられ、まるで恵比須顔のようだった。
「いえ、したことはないですね」
「お兄さんのような人がすると、いいかも知れないよ」
「どうしてですか?」
「釣りというのは、短気な人がするのがいいらしいんだ」
 何と、何回かしか話をしたことがなく、自分から、あまり話題を提供したことのない弘樹の性格を、いとも簡単に見破ったかのようで、思わずポカンと開けてしまった口を閉じるのを忘れてしまったほどだった。それにしても、釣りというのが、短気な人に似合うというのは、意外なことだった。
「気の長い人は、あまり考えなくても、その状況を受け入れるのだけど、短気な人は、その状況を何とかしようとする気持ちがあるらしく、釣りのように、単純だけど、どうすれば釣れるかという探求心を必要とするものには、気が短い人間のように、状況を打破しようとする気持ちを持っている人の方が向いていると思うんだ」
「なるほどですね」
 確かにその人のいう通りだった。確かに気が短い人は、いろいろ考えようとする。だが、それが弘樹にそのまま通用するとは思えない。気が短いくせに、人生を投げやりに生きているような最悪の性格だからである。騙されたつもりで、釣りをしてみるのも面白いかも知れないと思ったのも、そのせいだった。
 何をやっても面白くない。いろいろ試してみようと思ったが、やってみると、すぐに、
「自分には向いていない」
 と、考えるようになるのだ。
 ずっと続けている趣味としては、旅行に出ることくらいであろうか。旅行に出かけるのは、趣味としては受動的で、自分から何かをするというものではない。それでも、何もしないよりもマシだと思うくらい、自分からする趣味に関しては、長続きした試しはなかった。
 釣りは、旅行に出かけたそのついでにできるものだ。最初から釣りができるところを選んで出かければいいわけで、最初は、釣りについて何も知識もなく出かけたものだ。
 旅に出れば、そこで知り合いというのはできるもので、普段であれば、話もしないであろう相手であったとしても、話しかけてしまうのが、旅の楽しみというものだ。釣りができるところに出かければ、集まってくる人も釣り道具持参である。最初は釣り道具すらまともに持っていなかった弘樹だったので、釣りをしている人を後ろから漠然と見ているだけだったが、
「お兄さんは、釣りはしないのかい?」
 と、声を掛けてきた。
「釣りをしたいと思って出かけてはきたんですけど、釣りに対しての知識はまったくない状態で出かけてきましたので、どうしていいか分からない状態ですよ」
 と言いながら、苦笑いした。
 本当は調べるのも面倒だったというのもある。人から、
「期の短い人には釣りが似合う」
 と言われて出てきただけなので、実際に、釣りがどのようなもので、どれほど奥の深さがあるかなど、分かってはいなかった。ただ、
「気が短い人が似合う」
 と、言われた時、すぐに感じたのは、
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次